読書 「東宝行進曲」より 『青い山脈』誕生秘話 | ゆうべ見た映画

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この「東宝行進曲」は 戦前から約50年に渡り
東宝宣伝部で働かれていた 斎藤忠夫さんのご本です。

その中から
1949年制作の 東宝映画『青い山脈』のお話を。


今井正監督   モノクロ 


この作品は 東宝のプロデューサー藤本真澄さんが立ち上げた
藤本プロダクションの制作で 資金が驚くほど少なかった


「青い山脈」は 朝日新聞に連載され
大人気となった 石坂洋次郎さんの小説の映画化でした

キャスティングは


主役の女子高生・寺沢新子に  杉葉子
若い英語教師・島崎雪子に   原節子

男子高校生・金谷六介に   池部良 
同級生・ガンちゃんに    伊豆肇
(このおふたりは、当時、既に30を過ぎていた)


 杉葉子さん      原節子さん


 池部良さん


とにかく予算が少ないので 
舞台の大半を占める 下田ロケはケチりにケチった

下田~東京間は 「花丸」という、ちっぽけな定期船に
荷物機材類も一緒に積み込み 経済的だったが
そのたびに スタッフ、俳優、全員が 恐ろしい船酔いに苦しんだという

また、ラストの 
主要登場人物6人の サイクリング・シーンも
下田ならぬ、多摩川の土手で撮られたが

このときの、お揃いの新品自転車6台を
大手のM自転車に交渉

映画の中に 会社名とMマークを入れる条件で
無償で借りることが出来た 


それから意外なことには この作品のために創られた


服部良一さん作曲の あの名曲  

 ♪~ 若く明るい 歌声に~ が
今井正監督は 気に入らなかったという

曲が騒々しすぎる、というのと
曲のテンポが 自転車のサイクルリズムに合わないという

結局、藤本プロデューサーの 強引な押しで
この曲に決まったが


あとで服部良一さんに聞くと あの曲は
闇の買い出し客で 超満員列車の中
大阪~東京まで 立ちんぼのままで創ったのだという

♪ チャン、チャン、チャーン、チャン、チャン、チャーン、
  チャ、チャ、チャチャ、チャン、チャン、チャーン、という
 

あの出だしのイントロ部分は

シュッ、シュツ、シュッ、ガタゴト、ガッタン、ターン・・という
列車のリズムだったのだそうで

今井監督の「自転車のリズムと違う」は
正解だったのだ


結果、この映画は 超大ヒットとなつた

そして、映画のヒットのおかげで 一大自転車ブーム到来となり
M自転車も 売れに売れたそうだ

映画も売れた! レコードも売れた! 自転車も売れた!




それでも藤本さんは もっともっと観客を!と

当時大人気だった ラジオ「NHKのど自慢」に
どんどんサクラを送り込んで


鐘はひとつでもいいからと
「4番!青い山脈」 「5番!青い山脈」と歌わせ
映画題名を浸透させた

♪ わーかく、あかるい、うたごえに~、
「カーン! ご苦労様でした」

実際このとき 「青い山脈」を歌った人が 
ずいぶん多かったそうです


昭和24年7月19日

 
渋谷東宝劇場は 立錐の余地のない超満員
当時は冷房も無い館内で 
観客は汗だくだくになりながら 観て、笑い

このとき館外では 一回目に入れなかった人たちが
長い長い列を作っていた

この日の入場者だけでも 一万五千人を突破
戦前戦後、東宝映画開闢(かいびゃく)以来の 出来事だったそうです

 

 今井監督を大いに喜ばせた 綺麗なかたちの雲

 

 

一番上のポスターの隅に 

「前后篇大会」と 書かれてますように

 

この一週間後の7月26日に 『続・青い山脈』が封切られています。