出目表生成プログラムを作りました。

僅か10行のプログラムですので自分で使えばいいやと思ったのですが、私がメインで行っているヒルトンのセブンラックで興味を持って見る人も居た事からその人なりに何か使えるならば公開しようかな・・・・と思ってサーバーにアップしました。

ルーレットとタイサイとバカラに使えそうです。


特にバカラの出目生成にはバンカーとプレイヤーの出目はなるべく自然の出現にするようにしました。バカラは確率的にバンカーが出やすい性質があるので、バンカーに賭けがちになるのですが、それを防ぎバランスよくバンカーとプレイヤーに掛けるように出来るかと思います。


http://www.ookawa.com/casino/blackred.html
http://www.ookawa.com/casino/line.html
http://www.ookawa.com/casino/straight.html
http://www.ookawa.com/casino/s0_straight.html
http://www.ookawa.com/casino/baccarat.html

13000回のくじ引きを行いそれを表にしていますので、結構表示に時間が掛かります。なので40秒ほどパソコンが固まりますのでご了承ください。

菊陽病院デイナイトケアで何があったのか。

とりあえず大概要としてHPを作りました。職員は実名での公開です。理由は当該仕事の時間に当該仕事の一環として行われた事。そもそも責任ある行動を行うのが当たり前の状況での行動であるからです。


今後は概要、詳細と書き進みます。


一ヶ月もしたら「菊陽病院」と検索を掛ければトップページに引っかかり、菊陽病院を調べようとした人全員が見る事になるでしょう。


http://www.ookawa.com/kikuyobyoin/

↑精神科、菊陽病院、デイナイトケアの問題 副題:キチガイは作られる
を是非ごらんください。

前回、京都へ行った時に、川原町の商店街の中にある神社とお寺のツアー客にピタリと付いていき、盗み説明を受けていた。


その時にガイドさんが「仏像は撮影するものではありません。」と私に注意をしてきた。


 私は仏師の立場を考えるならば、撮影して欲しい気持ちもあるのでは・・・・と思った。クリエイターとは自分の表現に共感してくれる人を求めるものである。その共感の行動としての撮影は私は有りだと思う。


 仏教はそもそも宗教のタブーを破った。仏像がそのタブーなのだ。神や仏を人間が想像できる存在にしてしまった。その想像はクリエイターの表現そのものだ。だから仏教は美術の側面がある。その美しさに人々は魅了される。そして、それが仏様なので人々は手を合わせる。何かの力を感じるのである。


ぶす犬くーちゃん-1



ぶす犬くーちゃん-2


ソウル駅でくまモンを発見!!!

よくよく見ると旅行会社の旅行案内でした。旅行先に熊本がありません・・・・くまモンは韓国では熊本ではなく日本を代表するキャラクターになっていました。うれしいような・・・・悲しいような・・・・

美しく精密なものを作り続けたい


ぶす犬くーちゃん

渋谷のストリップ劇場、道頓堀劇場へ行ってきた、出演者に「ゆの」が居たので観たかったのだ。ゆのの表現は常にテーマがあり、それを如何に裸で表現をするのかを観るのが楽しみなのだ。今回は古代の日本だった。やはりストリップはゆののような表現であって欲しい、裸でエロを表現するような安直な事はやって欲しくない。単にエロだけならば素人興行のほうが100倍面白い。


話ははじめからそれてしまったが、出演者の中に小沢アリスがいた。美人で有名な人気AV女優なのだが、それが舞台では激太りしていた。それなりにかわいいのだが、痩せていた時に比べたら無残と言っても良いくらいだった。


女は痩せているほうが良いとは言わないが、痩せていた綺麗でかわいい時を知っているのでショックだ。だが、太っていてもかわいいし、太っている時しか知らないならば良いイメージしか残らない。


人間は勝手なものである。


でも小沢アリスを見て、自分の体型、自分の事を反省した。私も痩せないと・・・・もっと健康にならないと・・・・・

 先日、通おうとしていたA型作業所から不採用の通知を受けた。この作業所は障害者の絵を展示販売し、企業に対して「小さな美術館プロジェクト」として観葉植物の入れ替えのように、毎回絵を取り替えている。


 この作業所の体験に参加した。その前に見学をしたのだが、写真からトレーシングペーパーで線で写し取り絵を仕上げている人が居た。その時は「へー、こんな方法を取るんだ・・・・」くらいだったのだが、後日の体験で朝礼の後にインターネットから引っ張ってきた写真を整理する事から始まった。写真をやっている私としてはかなり違和感を感じた瞬間だった。


 私は「売りたい絵」では無く、「売れる絵と自分が描きたい絵が重なった絵」を描きたかった。最近は仏像ガールなどのユニットもあり、空前の仏像ブームである。博物館でも仏像の展覧会を行えば大盛況である。仏像はそれだけでストーリーを持っている。仏像の役目、誰がどんな思いで作ったか。その当時の歴史背景。それらが凝縮されている。しればしるほど、深みにはまるのが仏教美術である。そして、仏教は宗教のタブーを犯した。「神は人間が想像する事が出来ない存在である。」との事でほとんどの宗教では神の姿は描かず、描かれるのはもっぱら神の言葉を預かった立場の人間、キリスト教ならばイエスだし、イスラム教ならばムハンマドである。しかし仏教は元々は実在した釈迦の悟りを表した為かその釈迦の姿を表そうとして仏像が作られた。仏像が釈迦如来だけの東南アジアなどで信仰されている上座部仏教ならば人々の信仰感覚はキリスト教やイスラム教と変わりは無いが、日本のような大乗仏教は役割事に仏像が作られ何でもありのようになってしまった。「如来、菩薩、明王、天」として、会社組織のような役割と階級に分担されて、それに仏教が入る以前の七福神は仏教を見守る神になってしまった。それでしその結果余りにも種類が多くなり、覚えるにも苦労をしてしまう事からしまいにはどうでもよくなり、仏様の価値は暴落し、今の日本の無宗教感につながる結果となってしまった。


だから、私は大乗仏教の仏さまの役割を整理整頓して紹介しながら描きたかったのだが・・・・不採用となりそれも今は出来なくなった。


この作業所の最大の問題点は写真から上手に模写してしまっている点である。絵の人はカメラの事を軽く考えている傾向がある。実際に写真の人もカメラのメカの部分を知っている人は少ないので絵ならばなおさらだろう。私の目の前でうぐいすが木に止まっている絵を精密画で描いている人がいた。写真は完全に開放で撮影した背面と手前をぼかしウグイスにピントがあった作品である。人間の目で捕らえたならばありえない絵を描いている。ここの作品の多くが写真からの写しだと判る作品が沢山ある。それを展示販売する分けだから完全に著作権法違反である。そしてここは法人なので罰金は一億円が適用されてしまう。法人は個人よりも社会的な信用を得ている。それだけ知らなかったじゃ済まされないし済まないのである。


ここの理事はそこのところを判っているのだろうか。そもそも、もし美術に詳しい人ならば写真から絵を描かせるだろうか。ここのホームページは面白い事に自分達の作品にはしっかりと著作権の事を明記している。人の著作権は気にせずに、自分達の著作権は主張する。やっている事は人の著作権は気にしないかわりに自分達の著作権も気にしない中国よりも悪い状況だ。


テレビ番組の「ほこたて」この番組は凄いね~~日本の製造業の底力を見せてくれる。バラエティー番組だけど、単なるあー面白かったでは終わらない。そして、勝負だから勝者と敗者に別れるのだが、勝負自体が最頂上対決である事は見ていて判る。勝負で敗れても結果的に両者が大勝利者だ。


似たコンセプトではアジアンエースがある。アジア対日本のエンターテイメント対決番組だ。これも最頂上対決がいい。この番組のむごい所は引き分けが無いところだ。審査員を各大陸から集めて最低6人で判定するべきだろう。引き分けの発生にこだわるのならば8人が最適かもしれない。

キッチンと風呂場の蛇口を交換した。


今まではお湯と水のハンドルが独立していたので、蛇口の閉め忘れが結構あった事とお袋が年でハンドルを回すのが固いと言い出したからだ。


そこで、今の主流のワンタッチレバー式の蛇口に交換した。


そうしたら、湯加減の調整が難しいと言い出した。少し腹がたった。


蛇口の交換は非常に簡単。スパナとウォーターポンプブライヤーがあれば誰でも出来る。女の人でも十分出来る。それくらい簡単だが、少し知識は必要である。壁に埋め込むアームのネジの部分に「水道シール」を撒きつける事。パッキンを忘れない事。作業の前に外に出て水道の元栓を締める事。ただこれだけ。作業時間は蛇口一つに付き15分くらいだった。



ぶす犬くーちゃん-1

ぶす犬くーちゃん-2
交換前



ぶす犬くーちゃん-3

ぶす犬くーちゃん-4
交換後

今日、旭山動物園に行った帰りに宿の近くに競輪の場外車券売り場があったので久しぶりの久しぶりに競輪をやってみた。


結果は4レースすべて外した。1レースにつき1点の3連単しか買わないのでまー当然の結果と言えばそうなのだが、その中で惜しいのがあった


私が買った車券


7-5-9


来たのが


5-7-9


配当87420円


3連複でも27740円の大穴であった。よくばらずに3連複にしたら良かったのだろうか。


ただ、この7-5-9は私にとっては穴ではなくむしろ本命であった。ラインが二分戦に単騎の組み合わせ。なぜこんなラインになったのか。ピンと来た。単騎の選手がそこそこ強いから単騎が突っ込んできた所に4番手の選手がその単騎にの後方に切り替えて捲くる気だと。展開は私の読み通りであった。三着には新聞での本命が来る事は予想していたが、まさか一位と二位が入れ替わるとは・・・・・


しかし、個々の選手の作戦がラインから読めるようになったのは大いに自信が付いた。頭の中で選手でなくオッズが走り出せばもうギャンブラーとしては破綻だ。走るのは選手である。賢い頭脳を持つアスリートである。だからギャンブラーに必要なのは「何故この選手なのか」をキチンと説明できるようにする。もちろん予想なので勘なのは当然なのだが、その勘の根拠を自分自身に説明出来るようになる事が大切である。