英語圏の多くはキリスト教社会であるので関連語をしっておいて損はない。
牧師 priest/ clergyman/ pastor/ parson/ minister/ ministry/ reverend/ rector/
司祭 priest/ pastor/ rector/ chaplain/ dean
司教 bishop
大司教 archbishop/ patriarch
枢機卿 the Prince of the Church/ cardinal
教皇 pope/ holy/ father
宣教師 missionary
修道院 monastery convent
修道士 monk/ friar
騎士団 the knighthood
聖人 saint
司教の地位 see

sexの体位の一つに「正常位」があるが、動物の繁殖をみてわかるとおり本来「正常」なのは
「後背位」(バック)であるべきである。これは我々は動物とは異なるのだから、人間らしい
sexをするべきであるとして、宣教師が決めたことに基づいている。よって「正常位」を英語で
は'missionary position'(宣教師の体位)とよんでいるのである。

大輔はだいちゃん、山口はグッサン、吉田はヨッシー。
ニックネームというのは大体相場が決まっているものだ。
髪の毛が薄ければハゲ、授業中にうんこにいけばウンコマン。
これらのニックネームは必然性があるようにみえる。

しかし、英語圏の人々がもちいるそれは、なかなか理解しがたく感じてしまう。以下、いくつか例をあげる。

Michael → Mike
Susan  → Sue
James  → Jim

これらは納得できる。特に違和感はないだろう。
William → Bill
Robert  → Bob
Theodore → Teddy

ここら辺は多少 無理し始めている気もする。音が変わってしまっているところが原因だろうか。
Richard → Dick
Margaret → Peggy

ここへ来るともう理解できない。
とりあえず、親しみやすい、または省略された名前になれば成立するのだろうか。
たしかにDickという単語は親しみやすいものかもしれない。男ならだれでも持っているのだから。
日本語を使っていてふと不思議に感じることは多々ある。
そのなかに「うそこけ」と「ばかをいえ」の使い方がある。
「うそこけ」は「嘘をつくな」という意味だし、「ばかをいえ」
も同様である。まったく逆のことをいうのはなぜだろうか。

もうひとつ、「良い迷惑」という表現がある。これも「良い」の
使い方に多少違和感を覚えるが、これは「良い」を「すごい」と
いう意味の形容詞として使っているように思える。
英語の 'good' にも似たような表現があった。
たとえば、
Two miles are good distance to cover on foot.
(2マイルは歩いて行くには「良い」(=「すごい」、「なかなかの」)距離だよね。)
という具合である。

また、'great'は「良い」にも「すごい」にも訳せることが
多い。