バンコク日本博2022まであと59日: 精神性を売る | 50才からの起業

50才からの起業

~タイで再スタート このままでは終われない~

あと70日!で始めたカウントダウンのブログはあっという間にあと59日になりました。


先程、こちらの動画がアップされてました。


この動画にもある、「この20年でタイ人が日本の何に関心を持ってくれているのか?今は何に興味を向けているのか?」について。


コロナの前に作った資料が、コロナを経てすごくしっくりくるので、最近多用してます。

↓コチラ


時代と共に推移した日本への関心


1990年代までは「モノ」

ソニーやパナソニック、トヨタやホンダに関心を抱き、憧れと共に日本に目を向けてくれていた時代でした。


1990年後半から2007年までは「コンテンツ(音楽・ドラマ・映画)」

宇多田ヒカルのファーストラブは、タイ人誰もが知っている曲でした。平井堅や中島美嘉などもカラオケでよく歌われていました。この時期は、若年層が日本人気を支えていました。


2008年から2013年は「空白」

この時期、ピタッと今までの音楽やドラマなどの盛り上がりが消えてタイの人たちが日本を見なくなった時代です。理由は新しいモノもコンテンツも積極的にタイに売り込もうとする動きがなく、その傍で韓国が猛烈にタイ人に売り込んでいて、この時代に家電も音楽も、化粧品なども日本から韓国のものへと置き換わりました。


2014年から2019年までは「経験(日本旅行、日本食)」

2週間までビザなしで日本に行けるようになったこと、格安航空会社がスタートしたことで日本への旅行がグイグイ増加、一方、タイ国内での日本食店舗数は、我々が1999年に会社を作ってすぐの頃からスタートしていた「OISHI」という500バーツで食べ放題という、当時はかなり高額な値段設定だったのにも関わらず、僕も3時間並んで入ったことがあります。その頃から日本食への関心は生まれていました。

ですが2014年頃から日本食レストランの進出がさらに増え、空前のブームとなっていました。ちなみに日本食居酒屋の代表格「てっぺん」の一号店ができたのは2013年でした。


2020年から今までは「概念(コンセプト)」

「モノ」→「コンテンツ」→「体験」を経て、コロナの前くらいから「概念」を日本から取り込む動きが見られていました。代表的なものはお寿司屋さんにみる「おまかせ」というメニュー。これには、板前さんとの信頼関係、プロに決めてもらうスタイル、それができる気持ちと金銭的な余裕を持っている自分がいて成り立つわけで、そういう精神性を取り込んでくれているのだと思います。


そして、2022年以降は、モノもコンテンツも経験も、全てはその裏側にある「コンセプト」「ストーリー」「精神性」に惹かれて消費は促され、そこには必ずしも日本人の関与や”日本からのもの”という必要性はなく、取り込まれた時点で無国籍化、またはタイの文化の中に溶け込んでいきます。


それを踏まえて、タイ人の心に訴えかけるイベントがバンコク日本博です。出展者の皆さんが、来場者に本気で向き合っていただくことで、「タイの人たちの心に響くこと」が実現できると思います。


バンコク日本博2022、出展してみてください!


7/31まで出展者募集中です!