野球って僕は、人材育成という観点ら見ると、とても良いモノだと思うんです。
実際に、高度成長期時代などには、当時の世の中が求めていた人材を数多く輩出して来た事実もありますしね。
ただ、その当時求められていた人材とは、

言われたとこを、言われたとおりに、黙って、黙々と、文句を言わずにやる

というもので、まさに野球は、指導者から言われたことを言われたとおりに黙って黙々と文句を言わずにやるという選手が良い選手だったから、時代にマッチした人材を輩出して来たわけです。

でも、今は時代が変わり、世の中が求める人材も変わって来ていたのに、そのことに野球界は気付かず、その後もずっと、言われことを言われたとおりにの人材を、せっせと育成する世界のまま来てしまったから、おかしくなってしまったわけです。
まあ、この手の話は今回は置いといて、僕は、今の時代だからこそ、野球は人材育成にうってつけと思っているので、今回はそのことを書いていこうと思います。


▼ チームで目標を達成する

まず、野球が人材育成になぜ良いのかというと、1番は

チーム競技

というところです。
ここ最近の子供の傾向として、テニスや卓球といった、個人競技が人気なんだそうですが、僕はやっぱり、団体競技が良いと思っています。

社会に出て、会社組織なんかに入ると、やっぱりそこは、チームとして動くことになるわけです。
係みんなで、係の目標を達成していくわけで、その中の係の一員として、いかにして自分が機能していくか、他の係員たちと調和していくかを考えていく必要があるわけです。
ということは、野球をやってると、同じ環境にいる、ということになります。
チームで勝利を目指す。
みんなで勝利のために同じ方向を向く。
チームのために、いかにすれば、自分は機能するかを考える。
そういうことを、自ずと考えています。
また、チームとしてワークするために、チームメイトとも協力、協働していく必要があるし、メンバーみんなが、チームが勝つために、何をやり、どう動くかということを考えて行動する必要があって、そういう行動をみんなが取るようなチームに作り上げていく、ということをやっているわけです。
つまり、チームの動かし方、ということを、身をもって体験しているってことです。
これはとても貴重な体験だと、僕は思うんです。

▼ 試合はどんどん動いていく

また、実際の試合になると、試合はどんどん進行していきます。
ミスをしても、エラーしても、三振しても、試合はどんどん動いていきます。
落ち込んでる暇はないし、クヨクヨしている暇もないわけです。
失敗しても、すぐに次の状況に対応しないといけません。
反省するのは後、起きてしまったことは一旦忘れて、今は、今やるべきことに集中する。
そういう対応を、自ずとすることになるわけだから、これもまた、社会に出て、大事なマインドだし、大事な行動です。

▼ ミスへの対応

加えて、ミスをした時の対応もまた、とても良い体験をしていることになります。

自分がミスをした時、そのミスが、他に波及するとして、最も影響を小さくするにはどうするかを考え、秒で対応する、ということがあります。
例えば、無死ランナー1塁で送りバントを上げてしまった、というミスをしたとします。
上げてしまった場合、ランナーは動けません。
だから、バッターランナーは1塁までとにかく全力疾走です。
送れなかったとしても、最悪でも、一死一塁を作る。
ミスをしても、自分にできる最善の対処をやって、被害を最低限に抑え込む。
そういう行動です。

逆に、チームのメンバーがミスをした時には、そのミスがミスでなくなるようにするには、何かできないかを考える、ということもあります。
例えば、同じような場面で、メンバーがバントを上げてしまった。
相手チームの選手がファインプレーで好捕した。
その時、タッチアップで1塁ランナーが2塁に進塁したとすれば、想定していた一死2塁が作れたわけだから、それはミスがミスでなくなるわけです。
チームメイトがミスをしても、自分にできる最善の対処を考えて、ミスをミスでなくする。
そういう行動です。

そんなこんなで、野球をやることで、チームを動かす、ということを体験するし、ミスに落ち込んでる暇なんかなく今に対応する、という力が身につくし、自分のミスへの対処、メンバーのミスへの対処なんかも身に付きます。

こういう能力を身に付けている人は、今の世の中、かなり良い人材だと思います。

ということで、やっぱり野球は人生育成にうってつけなんだよな。
なんて思うのであります。

以上でーす。
高校野球の7イニング制に関して、反対する意見がかなりあるようです。
強豪校の監督さんなども、かなり強く、反対の意見を主張していました。
この反対する意見について、僕としては、気持ち的には分かるし、そうだよなぁって思うけど、でも一方で、それじゃあダメなんだよなぁって思うところもあるんですよね。

▼ 問題があるから変えようとしてる

そもそも7イニング制を採用しようということに至ったのは、最近のとんでもない夏の猛暑の中で、野球をやるってのはどうなん?っていう、選手たちの安全を考えてのことでした。
このままだと危険だから、なにか対策を打たないといけないでしょってことですね。
それはごくごく自然なことだと思うし、やらなきゃいけないことだと思います。
それで、だったらどうするかが議論され、高校生の全国大会なんだから、学業の妨げにならないように、夏休み期間中にやるよね、ってことと、これまでの歴史や文化を考えれば、甲子園でやるよねってことを前提として、そうすると、7イニングにして、試合時間を短縮すると、様々な効果が期待できるよねって結論になったんですよね。

要するに、猛暑の中で野球やるのは危険だから、何か対策打たなきゃってことになって、その対策案として考えたのが、7イニング制というわけです。
問題点に対する解決策です。


▼ 反対意見には対案がない

それに対して、強豪校の監督さんなどが反対を唱えているわけです。

ただ、僕が思うのは、反対意見を訴えている人には、対案がないし、明確な理論がないんですよね。

最後の2イニングに多くのものが詰まっている、みたいなことを主張するのですが、僕的には、なんか説得力に欠けるなぁって思うんです。

問題があるから変えようとしていることに対して、問題があるけど今のままが良い、って、ただそう言ってるだけのような感じがするんですよね。
つまり、問題点に対して、なんの解決にもなってないわけです。

7イニング制にして試合時間を短くする、という明確な効果があり、それによって、炎天下に晒される時間を短縮する、とか、あるいは、試合時間が短くなるから午前と夕方からの2部制も組みやすい、とか…

対して、9イニング制を維持するのは…
野球の大事なものが失われる…
選手の出場機会が減る…

う〜ん。分かるけど、問題点に対する対策にはなってないよなぁ。

7イニング制が、正解だとは僕も思いません。
ただ、なにか対策を打たないと、いずれ、いつか、大きな事故を起こしかねない。
現状は、そういう状況になっているんだと思います。

夏休み中にやる。
甲子園でやる。

その前提の中で、どんな対策を打つか。

そこにもう一つ

9イニングでやる。

という前提を加えると、どんなことが考えられるのか。

ということなんだよな。


以上でーす。

なにくそ根性
根性走り

僕が子供の頃や若い頃、よく言われたことです。
要するに、苦しい状況に負けるな!ってことなんだと思います。

それが転じて、と言うか、行き過ぎて、と言うか、曲解されて、と言うか、なにがどうなってなのか分からないけど、そのうち、根性論と言えば

理不尽に耐える

みたいなことになってしまったんですよね。

なんの理論もないけど、ただただ、キツいことをする、辛いことをする、そして、それに耐える。
それが、根性。


▼ 様々な都市伝説

思えば、いろんな根拠の怪しいことが、まことしやかに言われ、信じられていました。
僕の時代だと、

水を飲んだらバテる

とか

プールで泳ぐと肩を壊す

とか

1日休むと取り戻すのに3日かかる

とか…

どれもこれも、なんの根拠もない話で、特に水を飲むな、なんてことは、今なら逆に、とんでもないことなんだけどね。
でも当時はみんな、それこそ、根性出して、水を飲まずに、炎天下で練習やってたわけです。


▼ 根性論は必要

時は流れ、そういう根性論は不要と言うことが言われてきました。
不要と言うよりも、根性論は害悪、という扱いになっています。
そりゃそうです。
なんの根拠もなく、ただたんに、キツいことをやれ!辛いことをやれ!そしてそれに耐えろ!根性だせ!っていうのは、全くもってナンセンス。
不要です。害悪です。

ただ、ちょっとこのところ思うことがあって、例えば、きちんとした理論があって、その理論によると、それなりの量をこなさないと効果が上がらない練習メニューがあったとすると、それは、それをやる選手にとっては、かなりキツい、辛いことをやることになるわけです。
その時にはやっぱり、

根性

って、必要なんじゃないかなぁって思ったりするわけです。

また、例えば、試合で劣勢に立たされていて、その状況を跳ね返そうとするような場面とか、その時にはやっぱり

根性

って、必要なんじゃないかなぁって思ったりするわけです。

その他にも、いろんな場面で、僕は、根性って必要だと思うんです。

追い続けている夢があって、でもなかなか上手くいかない。
そんな時、簡単には折れない強い意思。
やっぱり根性なんだと思う。

やっぱり、根性論って大事だよ。

なんとなく、世の中が全体的に、楽しくやる、ということがいちばんの価値、みたいになっている今、一周回って、根性論って、やっぱり必要で、根性出してやることが、改めて、価値、になるように思います。

なんてことを、なんとなく思うこの頃なのであります。

以上でーす。

リーグ優勝すれば、すなわちそれが、全国への道となる、大学野球の春のリーグ戦。
九州六大学からは、北九州市立大が、その道への切符を掴みました。

東京へ

そこは、大学野球選手にとって、誰もが行きたい場所なのだと思います。
そしてその想いは、東京からの物理的な距離が遠ければ遠いほど、強く、熱くなるのだと思います。


▼ 九州からは遠い地

我が家の息子は、首都リーグに所属している大学で野球をやっていました。(2部リーグがほとんどでしたけど…)
だから試合会場は東京近辺。
1部リーグにいた当時は、東海大や日体大、筑波大などといった、全国大会の常連と言ってもいいくらいのチームと試合をやっていたし、オープン戦では、六大学のチームなどとも試合をしたりしてたので、なんというか、

東京が近い

と言うか

全国がそばにある

と言うか、そんな感覚なんじゃないかなと思うんです。

でも、九州で野球をやるとなると、やっぱり東京は距離的にも遠いし、全国大会常連校と試合をすることもあまりなく、本当に、実感として、全国大会、そして東京は

遠い地

という感覚です。

でも、だからこそ、遠い地だからこそ、そこに行く、ということに対して、ものすごく、熱く熱く、たぎる気持ちがあるのだと思います。

▼ 勝つも涙、負けるも涙

その、遠い地、東京をかけての、優勝決定戦を観戦しました。

福岡大と北九州市立大の対戦です。
勝った方が、東京。

試合は、7回に一気呵成の猛攻をかけた北九州市立大が、逆転で福岡大を下しました。

マウンドで歓喜に沸く、北九大ナイン。


※歓喜に沸く北九大ナイン



北九大の全日本大学野球選手権行きは、なんと、21年ぶりなんだそうです。

遠かったんですねぇ。
遠くて遠くて、本当に遠かった。

ひとしきりの歓喜の輪を作った後、選手たちはベンチ前のそこここで、抱き合って、大泣きしていました。
勝って号泣です。

その反対側のベンチ前。
福岡大の選手がひとり…
泣き崩れたまま、まったく動けなくなっていました。
その背中にそっと手を添えるチームメイト。
嗚咽がスタンドにまで聞こえてきそうで、僕ももらい泣きしてしまいました。
負けて涙です。


※あっぱれ!福岡大ナイン!


勝ったチームもみんな大泣き、負けたチームもみんな涙。

血の滲む努力を積んで、真剣に目指した、東京の地。

結果はとても対象的だけど、そこに至るまでは、どちらも同じような道を辿ったんだと思います。

北九大ナインがマウンドで歓喜の輪を作る中、その輪に加わらず、すっと、整列に向かった選手がいました。
負けた瞬間、福岡大ナインが俯き下を向いて動けない中、すっと、ベンチから出てきて、整列に向かった選手がいました。

その2人は、ホームベースを挟んで、固い握手、抱擁を交わしていました。
両チームの、背番号10でした。

九州のチームにとって、全日本大学野球選手権、東京の地は、とんでもなく遠いんですね。

でも遠いからこそ、そこに行く、という意志は、どのチームも、鉄の意志となって、選手たちの中にある。

そんなことを、感じた、とってもとっても、ナイスなゲームでした。

以上でーす。

週末恒例の
今週の気になったことをツラツラと
今週も行きます

今週はひとつ

女性天皇?女系、男系って?


▼ 皇室典範の改正

このままでは、皇族が続かなくなるってことらしくて、皇室典範っていう法律を改正しようって話がにわかにざわついてるようです。

って、そりゃそうです。
だってもう、愛子様だって、悠仁様だって、成人して大人になってるわけだから、すぐにでも結婚って話にもならないとも限らないわけです。
まさに、待ったなし、なんだと思います。

▼ 女性天皇?女系?男系?

女性天皇を認めるかどうかってことも議論になってるみたいだけど、これは、かつても、女性天皇はいたわけだから、問題ないんじゃないですかね。

大事なのは

男系

ってところですよね。

なんだけど、そこがなんか、よく理解されないまま議論されているように、僕的には思うんですけど…
違うのかな…

男系でずぅっと続いているのが今の日本の天皇家であって、そこが世界でも極めて珍しいわけです。
世界にはまだ、いくつか、王様がいるんだけど、男系で続いてる王様っていないそうなんですよね。

じゃ、男系ってなんなん?ってことなんだけど、それは、男側の子孫で続いてるってことです。

例えば、女性が天皇になって、その女性天皇が結婚して、その旦那さんとの間に子供が産まれて、その子が天皇になると、それは、女系、ってことになるわけです。
日本の天皇は、これまでずぅっと、こういうことがなかったわけですね。
常に、男性の天皇がいて、結婚して、子供が産まれて、その子が天皇になる。
それが、男系、っていうことです。
そしてそれは、世界の王室でも、日本だけ。

だから、男女平等とか、そういうことではなくて、これまでずぅっと男系できているという事実があって、それか世界でも唯一無二な在り方な訳でしてして、そこをどうするの?って話なわけです。

というわけで、女性天皇とか、男系とか女系とそ、きちんと整理して、理解して、議論をしないといけないんだなぁと、改めて思う、この頃なのであります。


以上でーす。