どんな世界、どんな場面にも、ミスというものはあります。
人間が関わる以上、必ずミスは起きるものですし、逆に言うと、人間、誰しも必ずミスをおかすものです。

要するに、いろんなところで、いろんな人が、いろんなミスをやってるってことです。
見えないミス、目立たないミス、見逃されてるミス、そういうミスもあるし、決定的なミス、と言われるものもあります。

野球で言うと、タイムリーエラー、と言われるものは、極めて目立つ、決定的なミス、です。
あのエラーで点が入った。
そういうミス。

そういう時、エラーをした選手が、責められたりします。

でもそれは、そのエラーが、たまたま得点に絡んでしまっただけで、試合中に起きた、たくさんのミスの中の、その中の1つ、にすぎません。
数多ある中の、ほんの一つです。

例えばその試合が、その時の得点が決勝点となって、0-1で負けたとしましょう。

野球は、得点を相手よりも多く取る競技だから、0点では勝てるはずがありません。
得点できなかったバッターすべてに、負けの原因があります。
3打数ノーヒットだとしたら、3度もチャンスがありながら、3度とも、ミスったってことです。

ミスは、あります。
ミスは、誰もやります。
誰もやってます。みんなやってます。
そういうものです。

だから、その前提で考える必要があるということです。

ミスはある。だからどうするか。

ミスを責めるのではなく、ミスを前提として、どう対応していくか。

結果が大事、なのではなく、結果への対応、が大事なんです。


以上でーす。
週末恒例の

今週の気になったことをツラツラと

今週もいきます!
今週はふたつです。

▼ 年子が批判される?

大谷翔平選手のご家庭に、第二子が生まれたんだそうですね。
おめでたいことです。喜ばしいことです。
本当に、おめでとうございます。

でもなんですか?
このことに関して、SNSなどでは、批判の声が上がってるのだとか?

なんで批判の声なのか、僕には全く理解できなかったし、理解しようとも思わないので、どういう批判が上がってるのか調べてはないのですけど、なんとなく、こういうことなんだろうなということは分かりました。

要するに、WHOですか?そういう国際機関が推奨するのは、母体のことなどを考えると、2年くらい空けたほうが良い、みたいなことになってるんでしょ。
それで、年子ってのは、そういう国際機関の推奨に反してるから、どうなん?
ってことなんでしょ。

なんですかね。
言葉を選ばずに言うと、

余計なお世話

じゃないっすか?

て言うか、僕の周囲にも、年子って、かなりいますけどね。

まあ、批判したい人はすれば良いですけどね。

僕は、

おめでとうございます!

です。


▼ 皇室典範の改正って急がなきゃ!でしょ?

皇室典範の改正が、議論されています。
でも思うんですけどね。
皇室典範の改正にまで、与党とか野党とか、政府とか野党とか、そういうのってどうなんっすかね。

新聞によると、

この点は野党に配慮した

とかいう記事がありますけど…

皇室をこれからどうするのかって、そういう問題じゃないんだと思うんですけどね。

愛子様だって、佳子様だって、悠仁様だって、もういつ結婚してもおかしくない年齢です。

そんな悠長に、議論してていいんですかね。

なんて思うんですけどね。

そんなこんなで、今週の気になったことをツラツラと、でした。

以上でーす。

彼を見てて、また、彼女たちを見てて、改めてそんなことを思うんですよね。

そうなんだよね。
人の人生って、本来は、とってもとっても、自由なんだよね。

でもなぜか、なんだか、人生のモデルケース、みたいなものが広く認識されていって、多くの人が、なんとなく、そのモデルケースに沿った人生を目標にして、実際に、そういう人生をたどって、送って、それが、幸せ、であり、人生の成功だということになってて…


▼ 自由でいいんだよね

僕もそうだし、多くの人もそうなんだと思うけど、学校行って、就職して、結婚して、子供ができて、家を買って、と、そういうのが、なんと言うか、普通の人生であり、そういうのがモデルケースと言うか、みんなそうだよね、みたいな感じで、だからそうやって生きて来てる。
それが決して悪いわけじゃない。
僕も、学校行って、就職して、結婚して、子供ができて、家はまだ僕は買ってないけど、普通の、一般的な、人生をこれまで送って来ました。
そのことにまったく後悔はないし、むしろ、自分のこれまでの人生には、そういう人生を送ることができていることに、感謝すらしています。

でも彼や彼女たちを見てると、

そうだよなぁ
人生って、もっと好きに生きていいんだよなぁ

って、そう思うんです。

自分のやりたいことがあって、とにかく今は、そのことを、とことん突き詰めたくて、だから今はそれをやる。

それでなんになるの?
それで食っていけるの?

って聞かれると、確かに、それをとことんやったからって、なんにもならないのかもしれません。
確かに、食っていけないのかもしれません。

そんな、なんにもならないことしなくても、普通に、一般的に、モデルケースを送れば良いじゃん。
そんな、食っていけないことしなくても、普通に、一般的に、就職すれば良いじゃん。
って、そういうことなのかもしれないです。

でもなんかさ。
なんにもならないかもしれないけど、それだけでは食っていけないかもしれないけど、

やりたいことをとことん突き詰めてみる

ってのも、それも良いんじゃないかなって、思うんだよね。
今だけを見て、今やりたいことをやるってのも、いいと思うんだよね。

普通、一般的、スタンダード、モデルケース。
それはそれで、良い人生だし、幸せな人生なんだと思います。
と言うか、僕はそっちの生き方だし、それで後悔してないし、良い人生だと思ってます。

でも、彼、彼女たちを見てると

あぁ
人生って、もともと、もっと自由なもんなんだよなぁ

って、そんなふうに思って、もし、生まれ変わってもう一回人生をやり直せるなら、彼、彼女たちのような人生を、送ってみたいなぁって、なんかそんなことを、思うのです。

なんて…
僕も、歳とったかな…


以上でーす。
野球少年が、

僕の夢はプロ野球選手になることです!

と言うと、それを聞いた周りの大人はたいてい、

そうか!頑張れ!

とその少年を励ます声をかけることでしょう。

夢を語る子どもに向かって、「無理だよ」などと言う大人は、おそらく、いません。

では、それが中学生になったらどうでしょうか。
そしてそれが、高校生になったらどうでしょうか。
大学生になったらどうでしょうか。
さらに、社会人になってもなお、

プロ野球選手になる!

と言い続けていたらどうでしょうか…

周りの反応は、確実に少しずつ変わっていきます。

現実を見た方がいい
そろそろ次を考えた方がいい

そんな言葉が増えていくはずです。

さらにそれが、女子だったらどうでしょう。

女子には男子のようなプロ野球の世界はありません。
社会人になると、平日は仕事をして、休みの日は野球をするわけです。

野球がお金になるわけではありません。
それでも野球を続ける…

なぜ続けるの?
いつまで続けるの?

そんな目で見られることもあります。


▼ 我が家の息子と娘

僕には野球を続けている息子と娘がいます。
二人とも二十歳を超え、もう立派な社会人です。

はっきり言って、二人とも野球の実績があるわけではありません。
全国大会で活躍したわけでもないし、誰もが認める才能があるわけでもないです。

周囲から見れば、

まだやってるの?

と思われても不思議ではない存在だと思います。

実際、

そろそろ現実を教えないと

そんな言葉を僕は、何度も何度も聞いてきました。

でも僕はずっとこれまで

もうこれ以上、野球は上手くならないな

そう自分で思うまで、思う存分続けなさい、と言ってきました。


▼ 外野が決めることではない

僕は、本人が本気でやりたいと思っていることを、周りが止める必要はないと思っています。

もちろん、生活は大事です。
仕事も大事です。
社会人としての責任もあります。
でも、それらを果たしながら夢を追っている若者に対して、

もうやめろ

と言う権利が、他人にあるのでしょうか。

最近は特に、挑戦している人よりも、挑戦している人を評価する人の声の方が大きくなっているように思います。
そしてその声は、間違いなく、本人にも聞こえているはずです。

現実を見ろ

という言葉は正しいのかもしれません。

でも、夢を追っている本人だって、現実を見ていないわけではないのです。

誰よりも分かっているのだと思います。

自分がどの位置にいるのか。
どれほど難しい挑戦なのか。

分かっているはずなんです。
でもその上で続けているのです。


▼ それでも僕は応援する

最近、ふと思うようになりました。
僕はいつまで、彼、彼女に

夢を諦めるな

と言い続けるのでしょうか。

子供の頃は簡単でした。
夢を追え!挑戦しろ!諦めるな!
そう言えばよかったですから。
でも年齢を重ね、成長するに従って、どうやって生きていくのか?という現実を考えなきゃいけないようになります。
仕事のことしかり、生活のことしかり、そして、将来のことしかり。
親だからこそ心配になることもあります。

もしかしたら、僕自身の中に今、

もうそろそろなのかな

という気持ちが、芽生えて来ているのかもしれません。
僕自身が、そのことを意識しないようにしているだけなのかもしれません。
強がっているだけなのかもしれません。

でも、目の前には、まだ前を向いている息子と娘がいるんですよね。
諦めていない人が、僕のすぐそばにいるんです。

だったらやっぱり、僕が先に、もうそろそろ、とも思っちゃいけないんだと思うのです。

プロ野球選手になれた人は、プロ野球選手になるまで野球を続けた人です。

これは間違いのない事実です。

もちろん、全員がなれるわけではありません。
でも、途中で諦めた人がなることは、絶対にありません。

だから僕は、これまでどおり見守ろうと思います。

結果がどうなるかではなく、彼、彼女が、自分で納得するところまでやり切れるように、

もうこれ以上上手くならないな

って、自分自身で思うまで、黙って見守ろうと思います。

そして、もうこれ以上上手くならないくらいに、登り詰めたその場所は、どんな場所でしたか?そう尋ねようと思います。


さて、世の親御さんたちはどうなのでしょうか。
お子さんが、

プロ野球選手になる!

という夢を語る時、いつまで

頑張れ!

と言い続けるのでしょうか。

それを決めるのもまた、挑戦している本人なのかもしれないですね。

以上でーす。

なんでいつも、こんななんだろう。
なんでこんなに、うまくいかないんだろう。
なんで俺は、いつもこうなんだろう。

どうにもこうにも、なんか全部が、うまくいかない時って、生きていれば、そんな時って、必ずあります。

そんな時って、もうなんか、お先真っ暗、って感じで、

人生山あり谷ありって言うけど、俺の人生、谷ばっかりやんけ!

って思うし、

雨は必ず上がるって言うけど、俺の人生、雨ばっかりやんけ!

って思います。

もう、神も仏もないんかい!
ってさえ、思います。

でも、そんな時が、大事なんです。
そんな時に、どう振る舞うかが、大事なんです。
そんな時に人は、人を見る目が養われるし、そんな時に人は、人の冷たさを知るし、そんな時に人は、人の温かさを知るし、そんな時に人は、自分の中の本当の自分を知るんです。

離れていく人がいます。
だんだん距離を取り始める人がいます。
マウントを取って来る人がいます。
自分のことを自慢して来る人がいます。
見下してくる人がいます。

でも逆に、これまでと変わらず
支えてくれる人もいます。
励ましてくれる人もいます。
なにもしないけど見守ってくれる人もいます。
厳しいけど叱咤激励してくれる人もいます。

そして自分の中に
「もうダメだよ」と言う自分がいます。
「無理だね」と言う自分がいます。
「どうせ無理」と言う自分がいます。
「もう終わり」と言う自分がいます。

でも逆に
「まだまだ」と言う自分もいます。
「ここからだぜ」と言う自分もいます。
「なにくそっ」と言う自分もいます。

何もかもうまくいかない時って、いろんなことが見える時でもあります。

ネガティブなことばかりが沸いてきて、泣きたくなる時もあります。
そんな時は、泣いてもいいんだと思います。
でも…
泣くのはその日だけにして、明日はまた、違う1日を生きようぜ。

坂本花織選手が言ってましたね。

ここから勝ち上がれたら、自分、カッコよくね?

そうなんだよ。
それを思って、今の屈辱に耐えるんだよ。

今に見とけ。
どえらいことをやってやっから。

夢に向かう熱い魂だけは、絶対に燃やし続けようぜ。

などと思う
この頃なのであります。