吹雪の日が、続いている。何時もは穏やかな白銀の世界も真っ白な地獄の様だ。こんな日は近所の海も荒れているに違いない。私は荒れる空を眺めつつ友人、長崎が訪れるのを待った。間も無く長崎が息を切らしてやって来た。
「済まん、高里、遅れた。」
「いいや、大丈夫だ。それより怪我は無かったか?」
長崎は肩に積った雪を払った。
「ああ、ピンピンしているよ。それにしても酷い天気だな...神様でも怒らせたのか?」
まさか、と私は笑った。
「ははは、まあそうか。それで私が此処に呼ばれた訳を教えてくれないか?こんな日に呼び出すってことはそれなりの理由があるんだろうな?」
私は長崎に呼び出した理由、即ち昨日の晩の出来事を話した。
風が強く吹き付ける晩、私は布団に入った。すると何処からか女の押し殺すような泣き声が聞こえて来るのだ。
不気味に思った私は慌てて布団の中に潜ったがその泣き声が余りにも切なく、胸が苦しくなってきたのでそっと体を起こし辺りを見回してみた。人影は何処にも見当たらない。只々風の様な泣き声が響くだけである。
「どうした、何か悲しい事でもあったのか。私で良ければ話してみなさい。」
私は泣き声に負けぬよう声をはった。すると泣き声の中に微かに声が聞こえたのだ。
「私は...結婚しなければなりません...然し何方も私の元へ来てはくれぬのです...もう、どうすれば良いのか......」
泣き声は次第に大きくなっていった。
「何故結婚を焦るのだ。其れに誰も来ないならば見合いをすれば良いではないか。」
「見合いは出来ません...どうしても...どうしても夫となる方に此方に来て貰わねばならぬのです...」
「そうか、然し顔も素性もわからぬ相手の夫となる物好きは少ないと思うぞ。」
そう言うと突如戸が開き、強風と共に大量の雪が舞い込んで来た。
それっきり女の泣き声は止んでしまった。
ほほう、と長崎は顎を摩りながら言った。
「其奴は雪女じゃないかな。」
「矢張り人では無かったのか。一体どうすれば良いのだろうか...」
私は頭を抱えた。女が雪女だとすれば近頃の猛吹雪はこれが原因だろう。だとすれば天候を元に戻すには誰かが雪女の夫とならなくてはならない。そんな物好きは恐らく何処にもいないだろう。誰だって命は惜しい。
「私に会いに来たのなら、私が行くのが条理にあっているのだろうが...」
「高里、お前には結婚すべき相手がいるだろう。お前が行く必要はないよ。」
長崎は顔を歪めて笑った。
「然し、それでは何時迄も晴れの日は訪れないではないか。」
私が困惑した表情を浮かべると長崎はそうか、と呟き暫く悩み込んだ後、真剣な眼差しで私を見た。
長崎が口を開こうとする...
嫌な予感がした。
「言うな、長崎。予想は付いている。お前を行かせる訳にはいかん。」
「何故だ。私にはお前の様に愛する人はいない。結婚の目星もたってはいない。ならば良い見合い話ではないか。そう思わないか?」
「然し......」
「物は試しだ。雪女はべっぴんだと言うではないか。」
「遭難した男を喰うと言う話もあるぞ。」
「旦那を喰う女はそうそう居ないよ。」
長崎はけらけらと笑った。然し私にはその笑顔の裏に何かが隠れている様に思えてならなかった。