飛雪千里・中 | 梟小品・思い出す事など

梟小品・思い出す事など

小品文の集まり。

更新は極めて稀ですが、短い物語など書く積りです。
御気軽にどうぞ。


それから幾日かが経った。相変わらず大雪の日が続いている。長崎はと言うと、雪女との見合いの為近辺の整理を行っていた。

私が長崎の家を訪れると、其処には幾つかの風呂敷包みと鞄、そして数枚の手紙が転がっていた。

「どうだ、捗ってるか。」

「それなりだ。物は少ない方だから直ぐに片付くかと思ったが、物以外の事が色々あってな。中々進まないんだ。」

文机の上に紙を広げ、何やら書き連ねながら長崎は笑った。

「それは?」

「嗚呼、これか。大分昔に嫁いで街に行った妹にな、私が結婚する事を報せておこうと思って。」

「そうか。長崎、お前他に知り合いは居ないのか。」

「居ないな。親父もお袋もとうに死んでるし、友人も今思えばお前しかいない。尚更私が行かなくては、と思うよ。」

「いつ、発つ予定なんだ。」

長崎は筆を置き、俯いた。
こいつが黙るときはろくな事が無い。便所に紙入れを落とした時も黙っていた。私が左右違う履物を履いていた時も黙っていた。そうして今も黙っている。

「いつ、発つんだ。」

私はもう一度、尋ねてみた。
若し答えなければ又聞こう。何度も尋ねてやろう、そう思った。
すると私の力強い思いを感じとったのか長崎が顔を上げた。

「......明日だ。明日、会いにいく。」

「そうか。」

私は適当な返事をしてその場を立ち去った。







明日。明日長崎は見合いをする。
私は初めて、長崎が居なくなってしまう事を実感した。その喪失感とも言える哀しみは私の心に蛇の様に絡みつき、煙の様に纏わり付いて離さないのだった。

雪は降り続ける。風は吹き続ける。家々の灯りは微かに揺れて、それと反比例する様に波は大きく打ち寄せる。この景色は明日には無くなるだろう。其れから暫くすると春が訪れるだろう。今年は大漁になるかもしれない。皆は喜ぶだろう。然し長崎は其処には居ない。長崎は其処には居ない。居ないのだ。






その夜、風と共に咽び泣く女の声が聞こえた。

「そんなに泣くんじゃない。お前さんの見合い相手は決まったよ。私の友人の長崎だ。」

叫ぶと泣き声はぴたりと止み、有り難う御座います、と礼を述べる声が聞こえた。

「礼を言うなら長崎に言え。」

私が言うのと同時に女は紙切れを落とし、去って行った。








夜が明けた。今日は一際風が強い。長崎と私は昨晩雪女が渡した紙切れに書いてあった神社へと向かい、海沿いの道を歩いていた。

「お前はいつ結婚するんだ?」

長崎が尋ねる。何時もと変わらぬ声の調子が妙に私を苛立たせ、私は幼稚な行為に出た。

「なあ、高里、私の結婚を祝ってくれるだろうね?勿論、お前が結婚した際には一番に祝うよ。」

私は歩調を速める。

「此処へ、と書いてあるが神社に着いたら私は一体何をすれば良いのかね。雪女さんが迎えに来てくれるのだろうか。」

立ち止まる音が聞こえた。

「今日も荒れてるな。」

速める足を止め、私は海を見た。白い視界の中からでもはっきりと蠢く波が見える。轟く風の音の中でもはっきりと打ち寄せる波の音が聞こえる。
長崎は只々、海を見ている。

「綺麗だ。」

微かにそう呟く声が聞こえた。長崎の姿は白さに紛れ、朧げとしていた。

「そうだな。」

長崎の姿がはっきりと見えた。
いつの間にか手を伸ばせば届きそうな位置まで歩いていたようだ。私は彼の雪が付いて真白になった肩をがしりと掴む。

「趣きがあるよ。荒れ狂う波と、雪と、其処に佇む一人の青年。良い絵になりそうだ。」

「お前が描くなら良い絵になるさ。だが少々間違いがある。一人の青年では無く、二人の青年だ。」

「一人の方が哀愁が漂って良いではないか。」

「駄目だ。誰が何と言おうと此処には二人居る。」

私達は顔を見合わせ微笑んだ。其れを合図とした様に、再び神社へと歩き始める。

風と波の音だけが始終響いていた。





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