#037 お父さんの切り札 | おもいでのヤンゴ

#037 お父さんの切り札

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「僕の真面目さは親父譲り」


とは言っても、僕の真面目さとは比べ物にならないほど、親父は真面目で勤勉な人だ。




#037 お父さんの切り札 セピア写真



小学校2年生のころのボクの話です。



お父さんがボクに話しかけるときは、たいてい学校の成績の話とかテストの点数について話すことが多い。


ボクはそんな話なんかしたくないのに。



今日もお父さんが言ってくるのは勉強の話。


なかなか終わらないお父さんの小言に疲れ、ボクはうつむいていた。


黙りこんでうつむくボクを見てバツが悪くなったのだろう、お父さんはこう言うのだった。


「よし、あとで“団子の話”をしてやるぞ」



団子の話は、お父さんの話の中で唯一おもしろい話で、いつ聞いても笑っちゃうような話だった。



この話を聞くときは、決まって就寝時間。


お父さんは、お布団に入った妹のツキとボクに寄りそうように寝ころんだ。


三人並んだその姿は、文字通りの川の字。



$おもいでのヤンゴ-#037 お父さんの切り札 ヘッダー画像


こうして「団子の話」を始めた。



――――――

むかしむかしあるところに与一という少年がいました。


与一は人里離れた村で母親と二人で暮らしていました。

ある日、与一は母親におつかいをたのまれました。

「与一や。町に行っておだんごを買ってきておくれ」

与一は母親からお金を受けとると、買う物を忘れないよう口ずさみながら歩いて行きました。

「だんご、だんご、だんご♪」


山を越え谷を越え、与一はおだんご屋さんを目指しました。

途中、与一の背丈ほどの川にぶつかりました。

まわりを見渡しても橋はありません。

与一は飛び越えられる川幅とみて、たっぷりと助走をとって飛び越えました。

ぴょん!


与一は無事に川を飛び越えることができました。

そして買う物を忘れないようにまた口ずさみながら先を行きました。

「ぴょんご、ぴょんご、ぴょんご♪」


なんということでしょうか。

与一は川をぴょんと飛び越えた拍子に、だんごがぴょんごに入れ替わってしまったのです。

そうとも知らずに与一はぴょんごと歌い続けては町を目指しました。

――――――



「あはははは」


ボクとツキはいつも、川を飛び越えた拍子にぴょんごに入れ替わってしまう場面で笑ってしまっていた。


「だんごなのにぴょんごになっちゃった」


「与一はおバカさんだなぁ」


もう何十回と聞いた話なのに、話の展開はわかっているのに、お父さんの団子の話はいつも面白かった。



お父さんの話は進み、やがて団子の話が終わる頃にはすでにツキは寝てしまっていた。


「母親と仲良く暮らしましたとさ。おしまい」


ボクの方もまぶたが重く、話が終わった事に気付かなかった。


お父さんは立ち上がり、電気を消した。


「おやすみ」


そう言って、部屋を出ていった。



団子の話を聞いた日は、心なしか寝付きが良かった。


団子の話の余韻を残しながらも、ボクもゆっくりと夢の中に入っていった。





うちの親父は話が上手いほうじゃない。


ベラベラ喋る男や軟派男を嫌うタイプで、面白い事を言って笑いを取るタイプとはまったくの真逆だ。


普段はぶっきらぼうな話し方しかしない親父だけど、団子の話をしていた時だけは一生懸命に抑揚をつけて話していたのを覚えている。


それはたぶん、僕や妹の気を引ける唯一ともいえる“切り札”だったからだろう。



大きくなった今、親父の口から童話を聞くことはもうない。


それはつまり、僕と親父の間でこぜり合いがあっても、親父は切り札は使えないということ。


今では切り札を持っていない親父に対して、僕の方から話をさえぎってしまうほどだ。



小さい頃の僕は、どんな話であれ親父の話を真剣に聞いていた。


それはある意味、知らず知らずのうちに親父に花を持たせる形になっていた。



この団子の話、だんごがぴょんごに入れ替わってからはどういった展開だったのかさっぱり思い出せない。


でも、いつか親父にこの話をまた聞かせてくれるよう言ってみたいと思う。



父親に童話をお願いするなんて、正直こそばゆくて仕方がない。



でも、僕が持ちうる唯一の切り札を使おうと思う。



「相手に花を持たせる」というカードを。






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