函館案内人が残したい函館の大切なもの巡り | 函館・青柳町暮らし

函館・青柳町暮らし

2010年4月、函館暮らしを始めました。
風景、食、イベント、街のあれこれ……、
愛する函館の日常や
季節の移ろいなどをお伝えします。

昨日はもうひとつ楽しみなイベント、

函館ぶら探訪」に参加しました。

中尾仁彦さんが案内を続けて15年目、

この日で通算200回という記念すべき街歩きは、

「ずっと残したい函館の大切なもの」がテーマ。

函館の原風景・街の記憶を一緒にたどります。

 

明治22年、日本人の設計による日本初の水道施設

「元町配水場」。

そんな水が今だにわが家にも供給されていて、

おいしく飲んでいるってすごいことです。

 

明治40年、大正10年、昭和9年……

3度の大火に耐えた奇跡の建物「旧入村質店」。

石川啄木夫人が利用したという質屋で、

現在は、茶房&アンティークショップひし伊。

いろんな意味で貴重すぎます。

 

大正~昭和初期に栄華をきわめた

北日本で最大のカフェー街「銀座通り」。

当時は70棟近くの耐火建築が建ち並び、

今も10数棟が残り、飲食店などにも活用されつつ

レトロモダンな雰囲気を伝えます。

通りまるごと「建築野外博物館」とされるほど。

 

函館に唯一残る、十字街のアーケード。

繁華街の記憶をとどめ、新旧の店が今も営業中。

 

函館市電と旧操車塔(モニュメント)。

函館の街には市電の往来がお似合い、

昭和14年~平成7年、ポイントを切り替えて、

行き交う市電をさばいていました。

 

昭和22年から現在も聞こえる「街頭放送」。

街なかでどこからともなく流れてくる音の広告、

よく見ると、歩行者用信号の上にスピーカーが。

今でも市内に300ほどあるそうです。

 

雪国の消防力を支える「黄色い消火栓」。

大火の多い函館で昭和12年から導入されて、

雪が積もっても埋もれない、目立つ、水勢に優れた

頼れる存在。ただおしゃれなだけではありません。

 

ベイエリアの「上下和洋折衷建物群」

上が洋風、下が和風の函館独特の美しいデザイン、

明治~大正に繁栄した海産商の住宅兼店舗の建物。

雑貨屋や飲食店などに活用されて生きつづけます。

 

函館山のふもとの「教会群と寺の共存する風景」

異なる宗派・宗教が互いを認め合って

狭いエリアに並び建つ様子が、

異国情緒あふれる街並みを形作っています。

函館の特徴が集約されたエリアだと実感。

 

2時間強の街歩きを終えて、

午後から通算200回のお祝いの会を開きました。

私が移住してからずっと、この街歩きで

函館のいろいろな魅力を教えてもらい、

感謝の気持ちでいっぱいです。

街の語り部・中尾さん、おめでとうございます!

 

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