したがって、政治に対しても、各人が、よりよい社会の実現をめざして、個人のもつ政治観に基づき、個人の責任において行動していくのが、本来の姿といえます』
追い打ちをかけるように、質問が続いた。
『それならば、どうして日本では、政界に学会員を送り、さらに、公明党を結成するに至ったのでしょうか』
『核心』を突く質問であった。
伸一の回答にも、一段と力がこもった。
『それには、幾つかの日本独自の理由があります。
その一つが、日本の再軍備という問題でした。日本は、戦後、戦争放棄を掲げてスタートしましたが、アメリカの要請で警察予備隊を新設し、それが保安隊となり、1954年(昭和29年)には自衛隊が発足しました。国をどう守るかということは、極めて大事な問題ですが、この急速な再軍備の流れを、私の恩師である戸田城聖第2代会長は深く憂慮していました。
かつて日本は、アジアを侵略したにもかかわらず、本当の意味での、反省もない。それで、軍備に力を入れればどうなるのか。軍事大国化し、間違った方向に進みはしないか、という懸念でした。
また、戸田会長は、東西の冷戦のなかで、深刻化する核の脅威に対し、日本は世界最初の被爆国として、反核を訴え、世界平和の発信国となる責任があると考えておりました。
そして、日本が、そうなっていくには、戸田会長が提唱していた地球民族主義、つまり、地球共同体という人類意識に立った政治家の存在が不可欠であると、痛感されていました。
しかし、日本の政界には、東西冷戦の対立の構図が、そのまま持ち込まれていたんです。
各政党の政策も、政治家たちの主張も、イデオロギー色が濃厚であり、人類意識、真実の平和主義に立脚した政治家はいませんでした』
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