乗組員が増えて3人、最後に山形の日本酒を入手し出発

 

マヤさんの旦那さんオススメの楯野川という地酒、この土地の綺麗な水(さかのぼれば雪)とその水で育ったお米で出来ている

 

ここからは福島に向かって下に降り、栃木を抜け、東京に着く予定

 

また雪がチラリチラリと降り始めた、日が暮れる前に雪の降る山道などを抜けて行きたい

 

今のところ道路状態はいいが、見渡す限り白い世界は続く

 

バイパスを走り抜けようやく米沢辺りに方ところで休憩がてら、「道の駅米沢」に寄った

 

米沢は昨晩教わったところによると、自分の苗字の「若月」の名が普及しているらしいので、何か手掛かりとなる物はないか探したところ、家紋シール売り場の我が家の家紋「三柏」があった

 

米澤藩の「島 左近」の家紋らしい

実用性とカッコよさには欠けていたので、購入はしなかったが発見には意味があった

 

それに加え、米沢織りという絹織物や紅花染の製品の実物を見ることができた、村山の道の駅には見られなかったものだ

 

ついでにもう一つ、民泊Fuuの旦那さんに教えてもらった槐(エンジュ)の木という木があって、それはとても硬い木で、昔は木材としてとても高い価値があり、誰しも庭先に植えては一攫千金とも言わないが子孫のための貯金のように育てたという

 

しかし外国から安価な木材が入るようになったり、もう少し柔らかい木材を使う世の中になってからというもの、単に硬くて加工のしにくい木と見なされ、道の駅ではその槐(延寿とも綴る)を使った箸やスプーン、置物などに加工し販売され、昨晩の民泊でも細い幹を輪切りにしたコースターを使用し、少しずつは付加価値を取り戻しているようだが、そこらにただ生える存在となった

 

米沢の町で「若月」の表札でも発見したいところだったが、天候も悪く先を急いだ方がよさそうなので出発

 

道中は、もう一人のオサムの話を沢山聞いた

 

昨日初めて会ったばかりなので、オサムさん、オサムくん、と呼んでいたが、彼の方が年下なのでそのままで呼んでくれと言われたものの、「オサムはさあ、」と話しかけると、一体俺は誰に話しかけているんだと不思議でおかしい気持ちになった

 

彼のバックグラウンドはとても興味深く、九州の熊本と鹿児島にまたがる天草諸島という島で生まれ育ち、去年初めて東京に来て映画の専門学校に入ったものの、期待外れの内容に数ヶ月で学校を辞めた後、縁あってタンザニアのエコビレッジに渡り、3ヶ月も過ごした、というとてもドラマティックな人生を歩んでいる若者だ

 

天草の歴史も深いし、彼の人生というものも中々深いものでここで全ては記せないが、また新しい種の人と出会えて、とても感謝しているし、長距離ドライブには話し相手が沢山いる方が時間を忘れて走れるのでかえってよかった

 

途中、福島の辺りで降雪がひどく高速が通行止めになり下道を走ったが、これもヒヤヒヤ

 

急ぎたい気持ちとは裏腹に低速で走り、会話を続けて平静を保つものの下り坂が多く、内心滑りやしないか全意識を集中させ(もちろん呼吸は深く)駆け抜けた

 

雪も少なくなり高速道路に再び上がった後は、一度郡山のあたりのサービスエリアで休憩、ここは会津に近いので更にルーツの手がかりがあると思いきや、売店も小さくて大した物はなかったが、ここでオサムにギフトをあげた

 

彼はフィクションの世界を映画や書物で表現したいと言っていたので、車にいつも乗せている商売道具の中から、世界の珍しい地図(祖父がどこかの国で手に入れたもの)を表紙に貼り付けたオリジナルノートと気仙沼で大工さんにもらった鉛筆、そしてお香のサンプルとマッチ箱もプレゼントした

 

彼もおじいちゃん子で、おじいちゃんの残してくれたお金でタンザニアに渡ったり、彼の着ている服はおじいちゃんの肩身らしいとのことで、この旅には度々祖先の力が宿されているものと感じた

 

山形でガソリンを入れ忘れて、だいぶ減ってきたのに途中で気付き、栃木の宇都宮市内で降りて給油した

 

休憩のタイミングとしてはよかったが、宇都宮では特に何か発見もなく(今のところは)東京へとアクセルを踏んだ

 

話も沢山し過ぎて出てくる話題も大した内容でなくなった頃、やっと東京に入った

 

東京に来ると、気持ちは東北に行ったようにワクワクはせず、山に帰りたいと思ってしまったのが正直な気持ちで、空気も澱んでいるし、下道に降りると情報量の多さから、いっそ大量の雪でも降って全て白く覆い隠してほしいと思ったくらいだ

 

山形は雪によって情報量が消えていたのもよかったのかもしれない

 

オサムは都内に兄の拠点があり、近くの駅まで送り届けた後は、都内にあるシェアハウス(これも元、祖父母の家)に恋人と行き、今日はひと段落

 

もちやかた以来、何も食べていなかったので、昨日の朝のチャーハンの残りを取り出した

 

チャーハンはずっと寒いところにあったので鮮度も保たれ、ごま油で風味もコーティングされていたので炒め直し二人で分け、即席にスープも作って食べた

 

この旅は、たったの一週間の出来事であったが、体感としてはもっと長く、そして深く「いがたや~」(山形弁で良かった~の意)といった具合であった