James Setouchi
2026.7.25再掲(一部修正して再掲)
*あの戦争関連の本(小説を含む)
半藤一利「ノモンハンの夏」1939年(昭和14年)のノモンハン事件を扱う。
半藤一利「ソ連が満洲に侵攻した夏」文春文庫・・1945年8月8,9日以降・・!
藤原てい「流れる星は生きている」偕成社文庫・・敗戦後朝鮮半島を、子ども3人を連れて逃避行で南下。
夫(新田次郎)は気象台に勤務していたが捕まった。次男が藤原正彦(お茶大教授)。
高杉一郎「極光のかげで」岩波文庫・・シベリア抑留の経験。ソ連にも人間的な人と教条主義的な人がいる、という記述が印象的だった。
共同通信社社会部「沈黙のファイル」新潮文庫・・瀬島龍三について。瀬島は陸軍の参謀。
森村誠一「悪魔の飽食」全3巻 角川文庫(カッパブックスではない)・・731部隊! 石井中将は細菌戦の研究を極秘裏に行い、人体実験もしたという。東条英機が激怒したとか。だがそのデータをアメリカが欲し、石井中将は戦犯として処刑されなかったとか。カッパブックスで一度写真の誤用があり、その後調べ直して角川文庫から出した。
常石敬一「医学者たちの組織犯罪」朝日文庫1999年・・こんなのもありますよ。
安岡章太郎「遁走(とんそう)」・・小説。満州で兵役につくが、兵隊としては不合格だった。大病で入院する羽目に。その直後部隊は南方へ送られ全滅。安岡は奇跡的に助かったのだ。
宇佐美まこと「羊は安らかに草を食(は)み」・・小説。満蒙エリアから敗戦後南下して帰国。
「南京大虐殺否定論13のウソ」柏書房・・「南京大虐殺はなかった、と言うのはウソだ」という本。
偕行社「南京戦史」・・皆行社は陸軍ほかの親睦会。
本多勝一「南京への道」朝日文庫
石川達三「生きている兵隊」・・小説。伏せ字だらけ。あの「南京事件」直後に石川達三は南京に行った。
竹山道雄「ビルマの竪琴」新潮文庫・・小説。敗戦後ビルマで。水島は、日本の軍隊の効率・成果至上主義を批判し、ビルマの仏教僧たちの魂を大事にする生き方に共感する。大江健三郎の「魂のことをする」という言葉が想起される。なお奥泉光は本作からは「戦争の主体である国家の姿と植民地支配の歴史」が抹消され「慰安とイノセンスに満ちた結末となって」いると批判する。(朝日新聞2025.8.13(水)11面インタビュー)それはそうかもしれない。イギリス人が日本人をも慰霊してくれているとの記述はあるが、水島はビルマに残って日本人だけでなくイギリス人・ビルマ人すべての慰霊をしてもいいはずだがその要素は弱い。同胞というナショナルな気分が勝っている。ただし、戦後の再建にあたって、効率・成果至上主義ではダメで「魂のことをする」ことが大切だと示した点は素晴らしいと私は考える。
ノーマン・メイラー「裸者と死者」・・小説。アメリカ軍側から見た太平洋戦争。戦争も軍隊も結局悲惨だ。
大岡昇平「野火(のび)」新潮文庫・・小説。太平洋の島では飢えていた・・
大岡昇平「レイテ戦記」・・高名な将軍の戦史ではなく、日本軍無名戦士の記録。アメリカの資料なども駆使して書いている。
大岡昇平「俘虜記(ふりょき)」新潮文庫・・小説。アメリカ兵と遭遇したとき、なぜ自分は撃たなかったのか? から始まる。敗戦後収容所で。
今日出海(こんひでみ)「山中放浪」・・小説。敗走する日本軍兵とともにフィリピンの山中を放浪し猛烈な空襲の下餓えて彷徨う。奇跡的に脱出して辛うじて日本へ。
吉田満「戦艦大和ノ最期」講談社文芸文庫・・戦艦大和の壮絶な最期。3000人中9割が死に、生き残った者にも監視がついた。
早坂暁(はやさかあきら)「戦艦大和日記」勉誠出版・・早坂暁は昭和一ケタ世代。
「きけわだつみのこえ」岩波文庫・・学徒出陣した大学生の手記。
城山三郎「指揮官たちの特攻」・・カミカゼ1号・関行男と、最後の特攻・中都留(なかつる)達雄。中都留はただ命令を受けて動くだけの機械ではなく、自分の判断でアメリカキャンプへの突入を回避した、と城山は評価する。
鴻上尚史「不死身の特攻兵」・・特攻という作戦のでたらめさがよくわかる。特に陸軍の特攻はお粗末だ。
裴淵弘「朝鮮人特攻隊」集英社新書2009年
島尾敏雄「魚雷艇学生」・・小説。魚雷艇という特攻もあった。他にも様々な特攻がある。お粗末なやつも。九死に一生どころか十死零生の作戦が特攻だ。人間を兵器の一部にしてしまうのだ。人間は単なる手段として扱うべきではなく、それ自体尊厳なる人格とて尊重すべき(カント)であるのに。大日本帝国の問題点はここだ。帝国自体が自己目的化しており、国民(人間)はそれ自体目的として尊重されない。単なる手段として使い捨てられる。(今の憲法は基本的人権が「神聖不可侵」ですよ。)
映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』・・国家のために死ぬことが愛する家族のためになるわけではない、国家のために特攻で死ぬことと愛する人(妻子)のために生きることとは違うことだ、という問いかけが入っている。
遠藤周作「海と毒薬」新潮文庫・・小説。九州大学での生体実験。
大江健三郎「飼育」・・小説。黒人兵が四国の谷間の村で捕虜に・・
大江健三郎「沖縄ノート」岩波新書
沖縄タイムス社「鉄の暴風」1950年初版
小林照幸「ひめゆり 沖縄からのメッセージ」2010年角川文庫・・ひめゆりの生き残りの語りと「1フィート運動」を軸に20世紀後半の沖縄の政治と社会を振り返り米軍基地問題なども考える。「ひめゆり」を殉国美談にしないでほしい、という生存者たちの思いが伝わる。読み応えのある良書。
曽野綾子「生贄(いけにえ)の島」文春文庫・・沖縄戦没女性徒の記録。
謝花直美「証言 沖縄「集団自決」―慶良間諸島で何が起きたか」岩波新書 2008年・・慶良間(けらま)諸島の「集団自決」の証言を集めている。
大田昌秀「沖縄 戦争と平和」朝日文庫1996年(もと1982年)・・琉球時代から説き起こしている。良書。
井伏鱒二(いぶせますじ)「黒い雨」新潮文庫・・小説。ヒロシマの原爆です。
原民喜(はらたみき)「夏の花」新潮文庫・・小説。同上。
梯(かけはし)久美子「原民喜」岩波新書・・原民喜その人について。
大江健三郎「ヒロシマ・ノート」岩波新書(青)
永井隆「長崎の鐘」「原子雲の下に生きて」中央出版社・・ナガサキの原爆です。先日(2024年8月9日)平和式典を見ていたら、ピカのあとのドンまでにほんのわずかなタイムラグがあり、その間にオルガンの前に臥せたら、助かった、爆心地から3.6キロメートルのところに自宅があった、ということだった。そういう方もおられるんだなと思った。ご自宅の外に遮蔽物でもあったのだろうか。彼は被爆の語り部として貢献しておられる。なお、イスラエルを招待しないからとあちこちの超大国からクレームがついたが、私見では、ガザの人を大量虐殺しているイスラエルを呼びたくないのは当然ではないか? (あくまで私見です。長崎市長は別の理由を言っておられました。)(ハマスのやったことがいいとは思いませんよ、でも。)あまり長崎市長をいじめないでほしい。(長崎は、少子高齢化が進む、自然災害は多い、米軍はいる、中国資本は入る、で大変な所なのに、頑張って市長を買って出ておられるのだ。政策については存じあげませんよ、でも。)(以下放言気味ですが)むしろ、ロシアも中国もイスラエルもインドもパキスタンも北朝鮮も、核兵器を持っていると言われるところは全てご招待して、核兵器の恐ろしさをわかっていただいた方がいいのでは? 岸田さんは、各国の若い人に学んでいただく、と言っていたが、これは良いアイデアだ。但しロシア語や中国語や朝鮮語やヘブライ語などで発信したらいいのでは。(私はできなくて済みません。)
アニメ映画『この世界の片隅に』・・呉(くれ=ヒロシマの隣。軍港の街)で過ごす人々。ヒロシマに原爆が落ちる。
坂口安吾(あんご)「白痴」・・小説。空襲下の東京にて。
野坂昭如「火垂(ほた)るの墓」・・アニメにもなった。神戸、西宮あたりが舞台。
高史明(コ・サミョン)「生きることの意味」ちくま文庫・・「在日」少年の記録。中学生のベストセラーだった。
帚木蓬生(ははきぎほうせい)「三たびの海峡」・・小説。いわゆる「強制連行」を扱う。
朝日新聞社「朝日新聞への手紙 戦争体験」朝日文庫2012年=平成24年。
ここで言っておこう。朝日も読売も戦争はダメと言っているが、朝日の方がよりはっきりしている印象がある。読売は安倍政権ベッタリだった。憲法改正・集団的自衛権などについては、朝日と読売では方向が随分違う。ヒロシマ・サミット(2003年)でG7が並んでいる写真があったが、同じ写真を使っても、朝日と読売では見出しが全く違った。朝日のみ読む人と読売のみ読む人とでは、「常識」が異なってきそうだ。ここで、戦後に朝日が平和・福祉・人権・男女平等などについて熱心に記事を書き、お蔭で国民の良識のレベルが上がり、これらの点で日本社会が少しずつでもよくなってきたことは、否定できない。いくつかの誤報があったので朝日をたたきたがる人がいるが、誤報は誤報として改めるとして(他のマスコミも実は誤報や捏造(ねつぞう)を結構やらかしている。読売も。)、もし戦後社会に朝日がなかったら、日本社会はもっとおかしなものになっていただろう。逆に、「読売の安保法制に対する世論調査は誘導尋問調査だ、安保法制賛成の新聞は両論を載せないから朝日よりも問題だ」と池上彰が言っている(東洋経済ONLINE,2015年9月6日)。戦前はマスコミが戦争を煽(あお)ってしまったので、その反省から、戦後のマスコミは木鐸(ぼくたく)としての自覚を持って頑張っているはずなのだが。
吉田裕「アジア・太平洋戦争」岩波新書2007年
吉田裕「日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実」2017年・・必読。前線での兵隊の実情。
保阪正康「あの戦争は何だったのか」新潮新書2005年
NHK取材班「太平洋戦争 日本の敗因」シリーズ全6巻 角川文庫・・結構面白かった。
色川大吉編「近代日本の戦争」岩波ジュニア新書1998年・・入門書。戦後も押さえている。
田原総一郎「日本の戦争」小学館2000年・・明治維新以降を大きく捉えている。
大内信也「帝国主義日本にNOと言った軍人 水野広徳」雄山閣1997年・・水野広徳(ひろのり)は海軍軍人で、日露戦争に従軍したが、第1次大戦の欧州を視察し、非戦論者に転じた。軍人たちを批判し続けた。特に「打開か破滅か興亡の此一戦」は日米戦の結末を予見したものとして有名。
三國一朗「戦中用語集」岩波新書黄版1985年
*呼び方:勉強している人には当たり前なのだが、
「太平洋戦争」と言うと、1941年12月の真珠湾攻撃からあとのイメージが強くなる。
「第2次世界大戦」と言うと、ドイツ・イタリアのヨーロッパでの戦争も含む。
「十五年戦争」という言い方は、中国大陸での満州事変からの一連の流れの上に対アメリカの戦争もあると見る見方で、私には妥当とも考えられる。
「日中戦争」と言うと1937(昭和12)年の盧溝橋事件からに限定されてしまう。本当はもっと昔からもめていたのだが。
「アジア・太平洋戦争」とは、戦争を行った地域がアジア・太平洋エリアにわたるので言われる呼称。
「大東亜戦争」という呼称にこだわる人もある。
私は「アジア・太平洋十五年戦争」と言ってみたいが、本当は、明治維新以降、恐らくは日清・日露戦争を通じて、軍産官学政複合体ができあがり戦争へと国民を駆り立てていった(国民の多くも愚かなことに熱狂した)ので、「十五年戦争」でもまだスパンが短すぎると感じる。1868年から1945年まで77年間を一体と見て、「東アジア・太平洋八十年戦争」と言ってみたらどうでしょうか? 長い目で見たら(プランタジネット家とヴァロワ家を中心とする断続的な戦争状態がその後「英仏百年戦争」と要約されているのと同様)日本が戦争をやめて平和国家になる前段階の戦争として「東アジア・太平洋八十年戦争」と呼ばれるようになるかも?