James Setouchi

2025.7.22 参院選(2025.7.20)の結果から その1

 

 予めお断りします。私はいわゆる「支持政党無し」の「無党派」層です。また政治や経済や国際関係の専門家ではありません。ここでは素人なりに気付いたことを書きますが、賢明なる読者諸氏はそれぞれに勉強を深めていってください。

 

1 参院は3年ごとに半数改選、任期は6年。今回は定数248人のうち半数の124人(欠員8を含む)改選。当選者125人。

 

2 結果は、当選者は、

自民 立憲 国民 公明 維新 参政 共産 れいわ 社民 保守 みらい 無所属

39 22 17  8  7 14  3  3   1  2  1   8

 

(1)このうち比例区の当選者は(単位 人)

 12 7  7  4  4  7  2  3   1  2  1   8

 これの裏打ちになる比例区(全国区)の得票数(政党名+個人名)は(概数。単位 万票)

1281  740   762     522   438   743    286    388     122    298    152        *

 この得票率は(単位 %)

  22    13    13       9      7    13       5       7       2        5      3        *

 ・・・→比例区の当選者の割合と得票率とはほぼ正比例している。党によっては若干損をしたり得をしたりしているが。

 

(2)次に、選挙区の当選者は(単位 人)

自民 立憲 国民 公明 維新 参政 共産 れいわ 社民 保守 諸派 無所属

27 15 10  4  3  7  1  0   0  0  0   8

 各選挙区の各党の得票数を全国で集計すると(概数。単位 万票)

1447    912  718    318   345   926    283      188        30        65        290           392

 この得票率は(単位 %)

 25     15     12       5     6   16      5      3        1       1       5      7

  ・・・→自民は得票率25%で27人当選していて少し得をした。参政は得票率16%で7人当選していて大きく損をした。共産は得票率5%で当選者1人だからこれも大きく損をした。れいわ、保守、諸派(みらい、N党、再生等を含む)も一定以上の得票率があるが、当選者数は0人になってしまった。つまり各選挙区に候補者を立てて一定の票をとったものの、その選挙区で落選した、ということだ。無所属の人はその選挙区でしっかり得票して自分も当選した、ということだろうか。衆院のように小選挙区だともっと「歪んだ鏡」になるが、今回は各都道府県別くらいの選挙区だったので少し「歪んだ鏡」だった、と言えよう

 但し無所属の人は選挙区でそこそこ当選している。無所属の人は比例には出られない。当選するためには自分で政党を作るしかないのか。それで当選するのは、よほど名の売れたタレントかすごく実績・人気のある政治家か。

 

(1)の補足:比例区の落選者の浜田さん(N党)は個人名で335462票を取ったが落選。N党名で33万票しかなく、合わせても66万票。比例区の当選者で個人名で33万票以上取っているのはわずか6人。他の人は全員33万票以下。当選者9位に安野さん(みらい)24万票がいるがこれは「みらい」の政党名で126万票以上取って合計150万票とったため当選したのだろう。

 

(3)非改選部分を合計して、参院での新勢力は(単位 人)

自民  立憲 国民 公明 維新 参政 共産 れいわ 社民 保守 諸派 無所属

101 38 22 21 19 15  7  6   2  2  2  13

そこで、

与党(自民と公明)が122人、与党以外(諸派・無所属を含め)が126人

となり、「与党(自公)で過半数割れ」となったことは、マスコミが言っているとおりである。

・・・→が、ことはそう簡単ではない。以下は私見を交えて書いていく。

 

(4)私見・・あくまでも私見ですよ。皆さんはどうお考えになりますか?

 

・石破さんの進退をあれこれ言う人があるが、石破さんはやめなくていいし、やめてはいけない。自民党の中で、石破さんは衆院の少数与党という現状の中で、野党と懸命に対話し、有効な提案は取り入れてきた。非常に優れたいい政治家だと私は認識している。民主国家というのはこうであるべきで、いつかの誰かさんのように何でも(国家の基本方針に至るまでをも)閣議決定で決めてしまい国会審議すら経ない、などというのに較べたら、ずいぶんいい首相なのだ。戦後の政治史において少数与党、保革伯仲、保革逆転は結構あった。その中で野党も責任を持っていい提案をし、与党もこれと対話しながら、取り入れるべき提案・政策を取り入れていくのは、当たり前だ。石破さんはそれができる人だからいいと私は思っているのだ。

 自民党の中にはT一教会やウラ金まみれの大物もいる。超保守反動で国民を兵士にして使い捨てようとしている人もいる。「ナチスに学んだらどうかね」と言った人もいる。アメリカの、ではなく厳密にはアメリカの一部財界の、エージェントのような人もいる。(誰のことかおわかりですか?)それらに対して、石破さんは「国民の生活を守る」と約束し、困っている人・弱っている人を念頭に置いた予算を組もうとしていた。特に地方の苦しみへの理解があった(と私は思う)。幹事長の森山さんもそうだ。コメ問題で「値段を安くしろ安くしろ」の大合唱に対して、「安ければいいというものではない。生産者が安心して生産できるようにもしないといけない」とあえて勇気をふるって言われた。それ以来各党も「生産者の方も安心して生産できるように」と討論会などで言い始めた。そもそも自給率、供給システムを考えると、「価格破壊しさえすればいい」というのは誤りだ。偉そうに都会で威張っている人は、田舎でコメを作ってみればいい。見えない苦労が沢山あるのだ。(だから米価を高くして売ればいい、と言っているのではない。そうすると大勢の低所得者が困る。)今や備蓄米をどんどん放出して今や米倉にどれほど備蓄が残っているのか? 全国民の食べる2~3年分くらいは備蓄してもいいのではないか? 今年(2025年)の秋はコメが取れるのか? コメ問題だけではない。対米貿易関税問題。その他その他。苦労して作った予算、それなりに意味があって作っている。それを着実に執行していかないといけない。継続的にやっていくべきことがあるのだ。

 

 それに! 今やめられたらまた総裁選になって長いこと政治空白が生まれます。これは国民全体が非常に困ります。経済界も困るし東アジア全体が不安定化するのでは?

 

 というわけで、石破さんはやめなくていいし、やめてはいけません。出来もしない人が無責任にやめろやめろと言うべきではありません。(でも私の知らないところでA国のT大統領に変な約束をしてきたらダメですよ。例のあの人はA国の武器を高値で買い付ける約束をしてしまいました。国民の血税なのに。)

 

・参院の新勢力を見ると、依然として自民が最大勢力(101)、公明(21)を足すと、これだけで122あり、過半数にわずか及ばないだけだ。野党のどこが中心になっても過半数の124を越えるのは難しい。最大野党は立憲(38)だが一体どこと足し算すれば過半数になるのか? 立憲が大きく伸びていれば政権交代の可能性もあったが、今回はそうならなかった。自公を中心にどこか他の野党がくっつく手があるが野党にその気がないようだ。オール野党でくっつく気もなさそうだ。すると自公中心でいくことになる。衆院と同様。誰が首相でも少数与党で支持率は低いことに変わりはない。その上で政策ごとに話し合うことになるのでしょうね。それでよいのでは? そういう時代が来たのだ。ドイツやフランスなどでは少数与党から始めるのはよくあることだ。

 

・ある有名な人が、「有権者がT一教会やウラ金問題でお灸を据えた、短期的な問題だ」と理解すべきではない、と言っていた。彼が言うには、「自民党が利権を握って一部の人で分配してきた、それを公明党がなんとか是正しようとしてきた、しかしそのやりかたがついに限界に達した、有権者の怒りは根深いと理解すべきだ」と言っていた。(文言は正確ではないが、おおむねこのような趣旨。)そうかもしれない。つまり石破さんのせいで負けたのではない。問題の根はもっと深い。ということは石破さんはよくやっておられる方で、他の人ではもっと全然ダメ、ということだろう。妙なタカ派右翼やアメリカの一部資本のエージェントやまたまたT一教会議員やウラ金議員が力を持って首相になるよりよほどマシでは? どうですか? 今石破さんを引きずり下ろそうとする人は腹に一物あってそうしているだけで、誰がやってもできないものはできないのですよ。(各地方の県連は敗因を石破さんになすりつけるべきではない。)賢者は忍耐するものです。「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む。」(ロマ書5-3~4)

 

公明党と言えば、ある時NHK日曜討論を見ていたら、「働く人が報われる社会に」などの大合唱の中、「働けない人もいる、そういう人も幸せに」と発言してくれたのは、公明党の政治家だった。他の党の人もその時言わなかっただけで本当は考えてくれているのか、あるいはそもそも眼中にないのか、私は知らないが、少なくとも公明党のその発言は、情愛があって、ちゃんとわかってくれている人もあるんだ、と私は思い、ありがたいと思った。「働く人が報われる」「勤労者のために」「働くパパやママのために」、大いに結構だが、働けない人がいることを忘れてはいけない。病気や障がいだけではない、様々な理由で会社や家族から排除され孤立し引きこもり苦しんでいる人も結構沢山いるのだ。(私自身は長時間働いてきた方ではあるが・・)

 もちろん、まじめに働いているのに報われない、対して「そもそも富裕層の家に生まれて大きな資産があるから利息で生活できる、コンサル顧問料の名目で大金が入る、株や投資の財テクだけしていれば生活できる、危険な目に遭いながら汗を流して働き体を壊し上司や仲間にひどい言葉を投げつけられた経験などない」人がのうのうとリッチな暮らしを楽しんでいる(かのように見える)のはけしからん、炎天下で汗水垂らして真っ黒になって交通整理をする人、重いプロパンガスを交換してくれる人、スーパーのレジで困っているシニアに丁寧に接してくれる人、病院の駐車場で年寄りを安全に誘導してくれる人、中小企業の現場で早出遅番をしながら働いている人、深夜に鉄道の補修をしている人、高所で電線の補修をしている人、その他その他その他、どの人も報われるべきだ。これはよく分かる。

  が、ちょっと待ってください。働けない人もいます。働いていたが傷ついて中途リタイアした人もいます。心身をやられた人も。親の介護のために離職した人も。夫の両親と妻の両親と4人の介護をします。介護疲れで本人や配偶者がうつになったりします。これらの献身で得られる収入は0円です。支出ばかりです。働けないのです。でも他に誰もやってくれないし必要だからやっているのです。そういう経験がおありですか? 公明党のS見氏だったかと思いますが、そこをわかって、暖かい発言をしておられたと思いました。3号保険者を残すべきだという発言です。政治家はGDPばかり見ているうちはダメで、本当に困っている声なき人の声を聞きとるべきです。(私は公明党員でも創価学会員でもありません。念のため。)

 

(とりあえずここまで書いて、続きは後日にします。)