James Setouchi
2025.6.28
トルーマン・カポーティ『ティファニーで朝食を』新潮文庫 村上春樹・訳
Truman Capote “Breakfast at Tiffany’s ” アメリカ文学
1 トルーマン・カポーティ 1924~1984年
本名トルーマン・ストレクファス・パーソンズ。ニューオーリンズ生まれ。幼くして両親が離婚。カポーティは養父の名前。高校卒業後自活し、様々な職業を経験、21歳の時短編『ミリアム』でオー・ヘンリー賞受賞。『遠い声、遠い部屋』(1948)が絶賛される。戯曲や映画のシナリオも書いた。『ティファニーで朝食を』(1958)はオードリー・ヘップバーン主演の映画となり大ヒットした(注1)。『冷血』(1966)は実在の事件に材を取り、詳しく調査したのちノンフィクション・ノベルとして提示したもの。これもベストセラーとなり映画化された。また「ニュー・ジャーナリズム」流行の先駆けとなった。他に『叶えられた祈り』など。1957年には来日し三島由紀夫とも会った。晩年はアルコール中毒に苦しんだ。(集英社世界文学事典の宮本陽吉の解説を参考にした。)(この集英社世界文学事典は私どものような初心者には有益である。(高価だが)一冊常備しておくといいかもしれない。各図書館にはあるとは思うが・・) (注1):『ティファニーで朝食を』は映画と原作では随分違う。
2 『ティファニーで朝食を』村上春樹・訳 新潮文庫2008年
同名の新潮文庫にはいくつかの中編・短編が入っている。その中の中編『ティファニーに朝食を』。「訳者あとがき」も有益。同名の映画(1961年公開)は有名で、主役のホリーをオードリー・ヘプバーンがつとめた。村上春樹は「トルーマン・カポーティはヘップバーンが映画に主演すると聞いて、少なからず不快感を表したと伝えられている。おそらくホリーの持っている型破りの奔放さや、性的開放性、潔いいかがわしさみたいなところが、この女優には本来備わっていないと思ったのだろう。」と記す。ではどんな女優ならホリーにふさわしいか、読者は考えて欲しいと村上春樹は述べている。私自身読みながらどうしてもヘップバーンの姿がちらついてしまった。意識的にヘップバーンじゃないんだぞと自分に言い聞かせがら読むことになる。語り手の「僕」の方も、映画のジョージ・ペパードのようなハンサムではなく、ホリーは「少年の面影を残した田舎出身の、センシティブなーそしていくぶん屈託のあるー青年の中に、中性的な要素や、落ち着きどころのない孤立性を認めるからこそ、それなりに心を許した友人となるのであって、・・」と記しており、なるほどと思った。
1943~44年ころのニューヨークが舞台。当時は第1次大戦中でその記述が少し出てくるが、日本で1943~44年というと戦争で大変な時代なので、同じ時期にアメリカではこんなことをやっていたのかと思うと改めてアメリカと日本の違いを思い知らされる。語り手「僕」はまた駆け出しの若手作家の卵。ホリーという不思議な女性と出会い、一連の騒動が起きる。ホリーがいなくなって、「僕」もNYを去り、随分歳月が経った。あるとき昔の知人と会い、ホリーがアフリカで生きているらしいという未確認情報を伝えられる。そこから、ホリーがいた昔の日々を回想して語り起こしていく、という設定になっている。本書の出版は1958年なので、「僕」の語りの現在が1958年頃とすれば、1943年から15年経過したということになる。
(登場人物)1943年頃の時点での状況(なるべくネタバレしないように)
僕:語り手。作家志望の若者。狭い町の窮屈な暮らしから抜け出し(117頁)NYのイーストサイドの72丁目のブラウンストーンのアパートに住む。ホリーは「僕」のことを「フレッド」と呼ぶ。古川文望「ホリー・ゴライトリーと鳥籠」(Zephyr 32 41-55, 2020-06-10京都大学大学院英文学研究会)では、「僕」は同性愛者との考察がある。すると、窮屈な世界から飛び出したかったのは、ホリーだけでなく、語り手自身でもあったのではないか?との思索が生まれてくる。→(4)「その他」の第2・3点も参照。
ジョー・ベル:NYのレキシントン街でバーを経営している。「僕」とホリーの共通の知人。気むずかしく小柄な67歳。(その後のホリーの消息を「僕」に伝える。)
ホリー・ゴライトリー:「僕」のアパートのすぐ下の階に住む若い女。20歳くらい。謎が多い。田舎出身で14才で家出してハリウッドにもいたようだ。男出入りが激しい。片付けが出来ない。猫を飼っている。木曜ごとに刑務所に出かけサリー・トマトという老人と面会している。「僕」のことを兄フレッドのようだとして、「フレッド」と呼ぶ。
I・Y・ユニオシ氏:アパートの最上階に住む写真家。カリフォルニア出身の日系人。ホリーがいつも夜中に鍵を借りに行くので怒っている。(のちに1956年にアフリカのトコクルに行き、ホリーの消息をジョー・ベルに伝えることになる。)本文では「ジャップ」と差別的に呼ばれている。
マダム・サファイア・スパネッラ:コロラトゥーラ歌手。アパートの住人。ホリーの家がうるさいと苦情を言う。(スパネッラはその後もこのアパートに住み続ける。)
シド・アーバッグ:ホリーを追ってきた男。ホリーに振られる男の一人。
フレッド:ホリーの話に出てくる、ホリーの兄。軍隊にいるらしい。
サリー・トマト:刑務所にいる老人。木曜ごとにホリーはそこを訪れ天気予報の伝言をする。
オショーネショー:サリー・トマトの弁護士と思われる紳士。
ホリーにお金を送ってくれる。
O・J・バーマン:ハリウッドの俳優エージェント。ホリーを見出し女優に育てようとするが逃げ出される。
ベニー・ポーラン:芸能界の(?)大物。ホリーと結婚したがったが振られた。
ラスティー・トローラー(ラザフォード):億万長者。何度も離婚歴がある。ホリーと交際しているが・・
マグ・ワイルドウッド:身長の高い女性。南部出身。ホリーと同居する。ブラジルの名門のホセと交際している。
ホセ・イバラ=イェーガー:ハンサムなブラジル人。母はドイツ人。政府関係の仕事をしているようだ。マグと交際していたが・・
シルドレッド・グロスマン:「僕」の学校時代のガリ勉の女の子。
(以下、ネタバレを含む)
NYに場違いな五十代の男:ドク・ゴライトリー。テキサスのチューリップの馬医者で百姓。実はホリーの夫。フレッドとホリーが乞食同然だったのを引き取り、妻にして甘やかした。先妻との間に息子、娘がある。逃げ出したホリーを5年間探し続けてNYに来た。ホリーの本名はルラメー・バーンズだと「僕」に明かす。
マッケンドリック一家:不明。「僕」が幼い頃恋心を抱いた、とある。(118頁)
ドクター・ゴールドマン:ホセが伴ってきた医師。
ハニー・タッカー:不明。ホリーが話題にするふしだらな女。女優か。
ローズ・エレン・ウォード:同上。
ベニー・シャクレット:ラジオの脚本書き。ホリーがかつて交際したか。(33頁、128頁、154頁)
太った婦人警官:ホリーを殴って連行する。
クェインタンス・スミス:ホリーの出た部屋に入居した青年。騒々しく、目の周りにあざをこしらえる。
(コメント)完全ネタバレ
(1)時間軸に沿って並べ直そう。
① 謎の女性ホリーは、もと夫のドク・ゴライトリー氏(テキサスの馬医者)の出現で、その正体が明らかになる。不幸な家庭の出身で、言わば路上生活者だったのを、兄のフレッドと共にゴライトリー氏に引き取られる。ゴライトリー氏には息子も娘もあったが14歳のホリーを妻にする。だが、ホリーはまもなく失踪する。その後についてはハリウッドのO・J・バーマン氏の説明がある。田舎娘だったが独特のものがあったので女優の卵として育てた。これから、と言うときにホリーは逃げ出した。こうしてホリーは、NYで、男たちを手玉にとっては貢がせる生活をする女として、「僕」の前に現われる。ホリーは大富豪のラスティ・トローラーをも手玉に取る。木曜だけは刑務所のサリー・トマト老人に会いに行く。
②ホリーはマグという同居人を見つける。マグはホセというハンサムなブラジル人の外交官(?)(名門らしい)と交際している。だが、気がつくと、ホリーがホセと交際し、マグは大富豪ラスティと結婚していた。そのころホリーの兄フレッドの戦死の報告が入り、ホリーは哀しみに沈む。
③ホリーはホセと結婚してブラジルに行く準備を進めるが、サリー・トマト老人が実はマフィアの親Bンだったことが発覚し、ホリーも逮捕される。同時にホリーはホセの子を流産。ホセはホリーとの破談を伝えブラジルに帰国する。ホリーは破れかぶれとなり、それでもブラジルに行こうとする。飼っていた名無しのネコを捨て、もう一度探そうとするが見つけられず、「私は怖くてしかたないのよ。ついにこんなことになってしまった。いつまでたっても同じことの繰り返し。終わることのない繰り返し。何かを捨てちまってから、それが自分にとってなくてはならないものだったとわかるんだ。・・」ホリーはそう言いながらタクシーに乗り、空港へ向かった。以上が1943年~44年頃に起きたことだ。
④その後は、1945年春にはブラジルからアルゼンチンに移動し金持ちの愛人になったようだ。「僕」は短篇が二つ売れた。ラスティとマグの夫妻は離婚がらみで訴訟。ネコは発見できた。・・それから数年。ホリーはアフリカを二人の男と訪れ、現地の木彫り師のモデルになったようだ。1956年のクリスマスにアフリカを訪れた日系人ユニオシ氏がその木彫りを見つけ、木彫りの顔がホリーそっくりだったので、話を聞き、写真を撮って、NYのジョー・ベルに見せた。ジョー・ベルが「僕」に知らせた。「僕」は今となっては随分昔となったホリーとの日々を思い出してここに記した。
(2)少し注釈を。
ティファニー:高級宝石店。朝食屋さんではない。ティファニーのような上品で優雅な場所でゆったりと朝食を食べてみたい、というのはわかりますか? ホリーは貧しい田舎の出身で、セレブな世界に憧れたのだろう。映画でティファニー宝石店のウインドウを見ながら屋外で軽食をかじるシーンがあるが、本文にあったかしら?
・イーストサイド72丁目:「僕」のアパートのあるところ。セントラルパークの東。高級住宅街とされているが・・? 「僕」は実は金持ちの一族かもしれない。
・レキシントン・アヴェニュー:ジョー・ベルのバーのあるところ。映画『七年目の浮気』(1955年)でマリリン・モンローのスカートが浮き上がるシーンは、レキシントン街と51丁目の角で撮影しようとしたそうだ。(wiki)カポーティがそれを踏まえてこう書いたかどうかは知らない。
・戦争:第2次大戦。日米戦争も含む。「僕」は失職すると兵隊に取られそうだ。日系人のユニオシ氏は日米の挟間で大丈夫だったのだろうか?
・アフリカの東アングリアのトコクル:不明。実在しない地名ではなかろうか。そこにホリーがいた痕跡があった。(なお、本作執筆前の1955年にはアジア・アフリカ会議(バンドン会議)がありアジア・アフリカの独立が加速していった。ユニオシ氏のアフリカ旅行は1956年12月。)
・黒人:ホセにも黒人の血が混じっている。(127頁)ホセと旅をしたハバナのガイドは黒人の血が多い。(97頁)アフリカでは木彫師の黒人と寝床を共にする。(916頁)ホリーには黒人への偏見、差別はない。「ホリーの交際相手に黒人が多いことも,南部時代への反発と捉えることができる」と利根川真紀は言う。(「Capote のBreakfast at Tiffany’s における南部表象 : 映画を補助線として」。法政大学言語・文化センター『Journal for Research in Languages and Cultures / 言語と文化』2021,1,29)他方NYでは黒人の子供たちが「僕」の馬の尻をつつき(136頁)、馬が暴走し、それを止めようとしたホリーは流産してしまう。アメリカにおける黒人差別の難しいところを書き込んでいるとも言える。
・トゥエンティ・ワン:NYの高級レストラン。「僕」は一度親戚に連れられてそこに行った。
・『オクラホマ!』:1943年のブロードウェイのミュージカル。ホリーのお気に入り。
・シムノン:ジョージ・シムノン。推理小説作家。
・ピーナッツ・バター:軍隊が糧食として使ったので本土では足りなかったのだろう。
・ローン・レンジャー:有名な西部劇。ラジオドラマ。
・シンシン刑務所:NY州に実在する。NY市の北48キロメートル。
・デヴィッド・O・セルズニック:実在する映画プロデューサー。
・ファーザー・ディヴァイン:1876~1965。アフリカ系アメリカ人の説教師。国際平和ミッション運動の設立者。当時非常に人気があった。
・いやったらしいアカ:ホリーが自己嫌悪に陥るときに感じる色。(65頁、115頁など)その意味はよくわからないが・・宮原千里「Breakfast at Tiffany’s―ホリー・ゴライトリーの色」(神奈川大学人文学会『PLUSi』13号、2017年3月15日)に考察がある。
・『嵐が丘』:イギリスのエミリー・ブロンテの有名な小説。ホリーは映画しか見ていなかったので「僕」との喧嘩のきっかけになる。ホリーは教養がないがプライドは高い。
・テキサスのチューリップ:ドク・ゴライトリーの住む土地。チューリップという地名があるかどうか知らない。
・カラス:テキサス時代にドク・ゴライトリーが飼っていたカラス。ホリーが失踪した後、「ルラメー、ルラメー」(ルラメーはホリーの本名)と叫んだ。・・村上春樹『海辺のカフカ』にカフカ少年の分身のような「カラスと呼ばれる少年」が出てくる。村上はカポーティからヒントを得たのかもしれない。
・ブラジル:ポルトガルの植民地だったが当時はすでに独立し、アメリカ資本が入っている。ヴァルガス大統領の独裁時代。第2次大戦では連合国側で参戦した。(なお変遷を経てヴァルガスは保守派に追い詰められて1954年に自死、本書執筆当時はクビシェッキ政権で新首都ブラジリア建設、外資導入などを行った。)(「世界史の窓」ほかから)
・リンガフォン:語学学習教材。ホリーはリンガフォンでポルトガル語をマスターしようと努力している。ホリーは一面努力家でもある。
・ジャーナル・アメリカン、デイリー・ニュース、デイリー・ミラー:アメリカの新聞。後二者はタブロイド紙。実在する。(wiki)
・スパニッシュ・ハーレム:NYのマンハッタンの北東部にありヒスパニックが多く住むハーレム。高級住宅街のアッパー・イースト・サイドに隣接。
・ネコ:ホリーはネコを飼うが名前をつけない。支配被支配ではなく自由独立対等な関係でいたいからだ。ブラジルに旅立つ日、ネコを逃がすが、ホリーは後悔する(167頁)。あとで「僕」はネコが金持ちに飼われて幸福に暮らしているのを見る。同じようにホリーも幸福でいてほしいと祈る(170頁)。・・村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』でも、妻とネコの失踪がパラレルに描かれる。村上はカポーティからヒントを得たのかもしれない。)
・アルゼンチン:第2次大戦では親枢軸国派と親連合国派が対立、1943~44年頃は政変が続いた。ペロン大佐が政権を握り労働者の権利を認める改革を行った。1945年3月にドイツと日本に宣戦布告。(本書執筆当時は、1955年にペロン政権がクーデターで倒れ暴力と混乱の時代になった。)(「世界史の窓」ほかから。)ホリーに1945年春に「ブラジルはぞっとするようなところだったけど、ブエノスアイレスは最高」と言わせた作者の意図は何だろうか?
(3)自由と束縛
ホリーは束縛が嫌いだ。鳥かごを見ると小鳥の束縛を連想していやになるほどだ。
ホリーは幼少時貧しく放浪し(1930年代後半と思われる。スタインベック『怒りの葡萄』に描かれた時代だ)、ドク・ゴライトリー氏に引き取られるが逃げだし、ハリウッドでバーマン氏の世話になるがまた逃げ出す。ホリーは一つところに定住して暮らすことのない、漂泊の自由人だ。
反面それは寂しく不安な生活でもあるので、ホセとブラジルで結婚生活を始めようとするが、今度は全てを失う。
このような、自由の反面不安定で寂しい暮らしをどう考えるか? あなたは同様にしたいと思うか?
若くて魅力的で金持ちの男を手玉に取る能力があるからできることで、妊娠すれば、また年を取れば、たちまちそんな生活は不可能になる、とは常識的に判断できる。
男性遍歴が盛んで有名な女性に宇野千代(あの梶井基次郎をも手玉に取った)と瀬戸内寂聴(最後は出家した)がある。小野小町はどうだったか? 虚構では西鶴『好色一代女』など。どう考えるか? 女性遍歴が盛んで有名な男は、光源氏、好色一代男=世之介、カサノヴァ、ドン・フアン。実在する男性では、・・実に沢山いて、枚挙にいとまがないほどだ。(まじめで浮気をしない男性や女性もいます。念のため。)
異性遍歴を度外視しても、尾崎豊の歌う主人公は大人の社会の作る束縛がいやで犯行ばかりし15歳の夜にバイクを盗んで走り出したそうだが、是か非か?(犯罪です。この意味では非に決まっているが。)走り出した後にどのような暮らしが待っているのだろうか? 勝海舟の父親の勝小吉は下町の貧乏な御家人だが若い頃に家出をして旅の途中崖から落ちて死にかかったという。その後帰ってきてしがない御家人暮らしに甘んじたが、地元の言わば顔役だったとか。(勝小吉『夢酔独言』、子母沢寛『父子鷹』など。前者は自伝、後者は小説。)坂口安吾も新潟の有力者の家に生まれエリート中学に行くがわざわざドロップ・アウトしてみせた。家庭の安定に縛られたくない、とあちこちで書いている。是か非か。太宰治も実家が地元のだったのがいやだった。宮沢賢治は父親と対立し家出して文京区菊坂(かつて樋口一葉も住んだあたり)で住み込みのバイト生活をしたが妹の看病のために帰郷。家郷を出て自分の理想なり欲求なりの実現を目指して頑張る、しかし完全に人間は自由ではあり得ない、どこかで大人の世界(ルール)と妥協するしかない、その上で力量があれば少しでも社会を改善できる、そういうことか?
(4)その他
・どうして1950年代後半の現在から1943~45年頃の過去を回想する形にしたのだろうか? 「僕」にとって過去を回想することはどういう意味があるのだろうか?(村上春樹の『ノルウェイの森』も現在から過去を回想するスタイル。漱石の『こころ』も現在を語り、過去に遡る。『こころ』の場合、語り手(若い「私」)は過去を再確認することで新しい時代を生きようとしている。
・「出版当時、賛否両論だった作品の政治性をいち早く見抜き、評価したのはイーハブ・H・ハッサン(Ihab H. Hassan)である。ハッサンは、冷戦下の体制順応の時代にあって、「飼いならされることがないゆえに安住の地を見出せない自由への愛("wild and homeless love of freedom")」を具現する新しいヒロインとして小説の主人公ホリー・ゴーライトリーの登場を歓迎している。」村山瑞穂「『ティファニーで朝食を』の映画化にみる冷戦期アメリカの文化イデオロギー : 日系アメリカ人I・Y・ユニオシの改変を中心に」(『愛知県立大学外国語学部紀要 言語・文学編』 愛知県立大学外国語学部 編 (39) 2007)という指摘があり、示唆的だ。
・利根川真紀は「Capote のBreakfast at Tiffany’s における南部表象 : 映画を補助線として」(法政大学言語・文化センター『Journal for Research in Languages and Cultures / 言語と文化』2021,1,29)で次のように言う。「Tison Pughによれば,コード化されて描かれているゲイ男性として,語り手やバーテンダーのJoeBellだけでなく,ホリーのアパートの次の入居者Quaintance Smithがいる(Pugh,“Holly”94-96; Pugh“Capote’s Breakfast”52-53)。 こ の 他,“play house with a nice fatherly truck driver”(Capote 42)とホリーから勧められる Rusty Trawler も この中に加えてもよいだろう(Fahy 105-06)。もともと「ティファニーで朝食を」というフレーズ自体に,ジェンダー観やセクシュアリティの規範からの自由への希求が込められていることにも注目しておきたい。Gerald Clarke が紹介しているエピソードによると,第二次大戦中にニューヨークでゲイの男性同士が満ち足りた朝を迎えた時に,どこでも朝食を食べたい場所を挙げるように言われて,地方出身の男性が答えたのが,“Let’s have breakfast at Tiffany’s”(Clarke 314)だったという。」・・なるほど。
・一度出てくるだけで二度目の登場のない固有名詞が何人か出てくる。なぜ彼や彼女の名前は必要なのだろうか? カポーティは知り合いの名前をもじって遊んでいるのだろうか?
・村上春樹の訳で、村上春樹の世界になっているような気がした。
・NYの都会的な雰囲気が好きな人には嬉しい小説だろう。だが、アメリカには南部もあれば中央部もあれば西海岸もある。アメリカには大都会もあるが田舎もあれば無人の地もある。本作でNYに集う人びとも南部出身や西海岸出身だったりする。
・村上春樹によれば、カポーティは1948年の『遠い声、遠い部屋』で有名になった。1958年の『ティファニーで朝食を』では新しい文体を創出した。その後書くべき内容に苦しみ1965年の『冷血』でノンフィクション・ノヴェルという新境地を開いた。