James Setouchi

2025.5.18

 

ハロラン芙美子『アメリカ精神の源』中公新書 1998年

 

1        著者 ハロラン芙美子1944年~。長崎県大村市生まれ。京都大文学部史学科卒業、コロンビア大学国際関係学部修士課程卒業。同大学東アジア研究所日本文献資料センター主任、(財)日本国際交流センターのプログラムオフィサー、ジャパン・エコノミック・インスティテュートのシニア・エコノミック・アナリストを経て1984年から作家。1990年からホノルル在住。(本書の著者紹介から)

 

2 『アメリカ精神の源』中公新書 1998年

 批判的なコメントを書きます

 

 昔買った本。藤原聖子『現代アメリカ宗教地図』(2009年)を読んだので、この本を思い出して再読。一応線を引いて読んだ跡があるのだが、どうやら頭に入っていなかった。当時読むのに難渋(なんじゅう)したようだ。今回も難渋したが何とか読み終えた。読み終えて、難渋した理由が少し分かった。文章自体は平易(へいい)な語り口なのだが、内容がやや右寄り(保守派)に偏っていて、プロテスタントにも保守もあればリベラルもある、という座標軸が弱い。(この座標軸は、上記の藤原聖子『現代アメリカ宗教地図』から教えられた。今回たまたま『現代アメリカ宗教地図』を読んでいたので、お蔭で『アメリカ精神の源』の弱点もわかった気がする。初学者の皆さんには、藤原聖子氏の『現代アメリカ宗教地図』をまず読まれることを薦めします。)今日(2025年)、トランプ派と反トランプ派の深刻な対立・分断を目の当たりにしてみると、1998年に書かれたこの本は、アメリカはキリスト教的な国だ、というくくりに安住しており、それ以上の分析が出来ていないように思う。だから、現代アメリカの深刻な問題を見て取るためには、必ずしも十分とは言えない。

 

 著者はカトリック教徒であり、内容がやや護教(ごきょう)的なところがある。一例だが、カトリックのアメリカ人は「単一教会としては総人口の四分の一を占め、アメリカ最大の宗教集団である。」(41頁)と言ってしまう。間違いではないが、プロテスタントも、エピスコパル(聖公会、監督教会)、プレスビテリアン(長老派)などメインラインが25%(97頁)、エヴァンジェリカル(福音主義者)が25%(100頁)なので、カトリック(25%)と拮抗しているし、プロテスタントを合計すれば50%になり、アメリカの総人口の半分は(カトリックでなく)プロテスタントだ。これを、「カトリックが最大」と最初に書いてしまうので、印象が偏(かたよ)ると思った。護教的と言いたくなる所以(ゆえん)である。(念のために付け加えるが、私は日本人の中ではカトリックに好意的な方だ。)

 上記のいくつかの但し書きを踏まえた上で、それでもこの本を読んで悪くはなかったと思える点をいくつか書きつつ、疑問に思う点も書いてみる。本書の要約ではない。

 

本書は、カトリックである著者の、(キリスト教的な)魂の問いを持ったエッセイである。この現代の物質至上主義的な社会の中で、いかに生きるか、出会った人びとはいかなる内面を持って生きているか、を問いつつ著者は各地の教会を訪問する。読者は著者と共に自分の生き方を多少なりとも考えることが出来るだろう。但し斬り込みは非常に深いわけではない。社会的問題意識も弱い、または保守に偏っている。

 

著者は、アメリカ人とアメリカ社会を理解しようとしている。著者は各地の教会やホームレスのためのボランティアセンターを訪れ、そこで奉仕する人びとと語り合う。アメリカ人とアメリカ社会は①表面は世俗的で物質至上主義的だが、②その奥底にはキリスト教、③またスピリチュアルなものが流れている、というのが著者の見立てだ(274~275頁)。私は本書を読み、②アメリカ人は若者から大人まで、各地で、キリスト教精神にもとづき、実に多くのボランティア(奉仕活動)をしている、という印象を改めて強く持った。(著者のたくらみに乗せられているだけかも知れないが。)そこにはキリスト教の「愛」の精神がある。ここはその通りだろう。対して日本では、確かにボランティアもいるが、ここまで日常的ではない。日本の高校生は放課後や土日は部活動をしている。教会(やお寺や神社)でボランティアをしている若者は、いるが、少ない。ボランティアの人数のデータが示されているわけではないので、確かな比較は出来ない。が、上記のような印象を持つ本だった。

 

キリスト教の歴史なども概説してくれている。これは初学者にはいいかもしれない。但し多少知見のある読者には物足りないかもしれない。辞書的な(世界史の用語集で覚えたような)概説だ。

 

・「ファンダメンタリストとは、何かに対して怒っているエヴァンジェリカルのことである」(167頁)とし、その流れでKKKを説明している。(168頁)さらに、プロテスタントの圧倒的大多数は「中道的な信条の持ち主」(170頁)とし、だからこそ共和党は「超保守的、反動的宗教集団をその中に抱え込みながらも、具体的な政治行動ではその少数派をおさえこむ。」(170頁)とある。著者は共和党支持なのかも知れず、彼女が共和党を支持してももちろんいい。が、①プロテスタントは中道だけでなく保守もリベラルもいる②2025年の今日から見て、「超保守」「反動」が政治的に強く行動している。これらの点で本書は現代(2025年)に合わない。

 

アメリカのユダヤ教の説明は、私のよく知らない分野だったので、紹介してもらって、よかった。「オーソドックス」200万人、「リフォームド」130万人、「コンサーヴァティヴ」200万人(190頁)だそうだ。ユダヤ人もキリスト教徒と結婚し次第にユダヤ教から離れていくこともあるようだ。(196頁)

 

各地のボランティアセンターの描写は印象的だ。多くの人が当たり前にボランティアで働いている。金持ちが巨額の寄付をする。それで食事やベッドにありつける人が沢山いる。社会復帰プログラムで、絶望していたホームレスが自立して社会復帰していく。(第7章)・・ここへの感想は、①日本で出来るか? と問うてみると、富裕層は寄付をしない。若者だけでなくミドルやシニアもこれほどまでにキリスト教的な「愛」の精神を持って熱心にボランティアに参加することはない。つまり日本ではアメリカと同じようにはできないだろう。(一部では行われているが。)日本では別のやり方が必要だろう。②まず競争社会で「敗者」を大量に生み出しておき、あとは寄付とボランティアの無償奉仕でケアする、というやり方が、果たしていいのか? という疑問を持った。これに対する著者の答えは、社会制度で福祉を行うのは真の解決ではなく、キリスト教精神にもとづきボランティアで救済する方が正しい、というお考えのようだ。ここも護教的であるし、政治的にも保守的(コンサーヴァティヴ)な印象だ。例えば、「経済要因さえ改善すれば人間性も変わるという思想の影響を受けた政治家と知識人、福祉専門家」がミスリードした、現代の諸問題は彼らのせいだ、と著者は言いたげだ(232頁)が、そのような「経済要因さえ改善すれば・・」などと主張する人が、一体(アメリカの)どこにいるのだろうか? 精神的・人間的なものはもちろん重要だ、だが、ボランティアの努力や本人の自助努力だけでは限界がある、それ以前に、過酷な競争社会で、かつ軍産官政学+マスコミ(SNSを含む)の複合体制が経済や税のシステムで搾取(さくしゅ)し貧困層をほとんど詐欺(さぎ)的な手法で追い詰め追い落としている(さらに経済的徴兵制で若者を戦場に送る)現実があるから、まずそこの改善が必須だ、という見方をどうして著者は紹介しないのだろうか。(堤未夏『ルポ貧困大国アメリカ』のシリーズ参照。)始めから誰も潰(つぶ)さず落ちこぼさない世の中にした方がいいのになと私は思う。

 

マグダラのマリアや聖母マリアについて(第8章)は、著者は女性としても考えるところがあるようだ。(第8章)但し「時代の変化を感じていた」(257頁)で止まっており、ではどうなのか? が物足りない。

 

・第9章「天使の助け」で、エドガー・ケイシー(一種の霊能者、予言者?)がリーディングしたイエスの生涯について紹介していた。インドの教えが西に伝わりアレキサンドリア辺りで蓄積され、若きイエスはそこでインドの教えに触れたかもしれない、といった見方は、他で聞いたことがある。トンデモ本のようだが、もしかしたら・・と思わせる。イエスの生涯の未解明の部分が資料で出てくればいいのだが。

 

・第10章「神のもとにある国」では、

アメリカ人はキリスト教的である、その宗教性は表面からは見えにくい、「市民宗教」「見えざる国教」が存在する、と述べる(292頁~)。

 

・親が子供の頃から宗教教育をして「神様はあなたを愛している、あなたには生きる価値がある、あなたは守られている」と教えることはいいことである、と著者は書く(297頁)。賛成だ。だが、その時同時に「我が家の宗教・宗派だけが正しい、他の宗教・宗派は邪教(じゃきょう)・異端(いたん)だ」と教えたら、まずいことになるだろう。著者はここでこの点には触れていない。これも護教的・保守的で偏(かたよ)りを感じる一節だ。

 

・「男らしさ」をめざす男たちに対する好意的な言及もある(301頁)。著者はそれを批判するフェミニストに対して反批判する。だが、2025年の現在、「男らしさ」をめざす運動が多様性を許容せず、果てはマッチョなアメリカが弱いところを攻撃して可、という運動にスライドしていることを思うとき、20世紀末にこのような言説を述べたことは、果たして良かったのか、という疑問を私は持った。21世紀初頭9.11テロ以降のアメリカは弱小国に対し次々と戦争を仕掛けた。今(2025年)はヒスパニック移民の排斥、イスラム教徒への差別、多様性への不寛容が横行している。当然それへの反省も今はアメリカ人内部で起こっている。

 

少人数の霊的な学びの集いが地方の都市や町で盛んになってきていると書いてあった(303頁)。これはこれからの日本社会でも参考になるかも知れない。江戸時代には儒学、仏教、和歌、俳諧(はいかい)の集会が各地で盛んだった。但しカルトに陥らないためには?

 

・「アメリカ・ザ・ビューティフル」の歌の紹介で本書を終わる(311頁)が、ここも国家主義に偏っていて、それへの批判・懐疑(かいぎ)が欠落している。パウロは「われらの国籍は天にある」(フィリピ3-20)と言った。パウロはユダヤ人社会だけでなくローマ帝国からも自由だったのだ。現代のアメリカにいても同じことを言うだろう。どうですか?

 

付言

 イスラエル(ネタニエフ)はガザの人びとへの虐殺をいますぐやめてください。イスラエルの民は覚醒(かくせい)してネタニエフに戦争をやめさせるべきです。モーゼは殺せと教えましたか? (付記。民数記31-1以下にありました。だが、誇張表現だったり後世の挿入(そうにゅう)だったりするのでは? 少なくとも言えることは、これを根拠にしてイスラエルがガザの人を虐殺していいはずがない、ということです。)ここで報道を見ていると、ガザの人びとは一方的に虐殺され、また餓死に追い込まれているように見えます。神がそんなことを許すはずがありません。「オラが神様」を押し立てて戦争をするのは、平安末や戦国の武将、あるいは世界各地に古代にあったその類(たぐ)いのもの、例えばイスラエルの人びとが軽蔑してやまないバビロンの王たちと大差ありません。イスラエルの人、いかがですか?

 ロシア(プーチン)は直ちにウクライナから撤兵しましょう。プーチン氏はロシア正教の信者ですか、無神論者ですか? 無神論者であっても、戦争をやめて下さい。ロシア兵たちはどうですか? 兵が足りなくて北朝鮮から借りないといけないほどです。どうして北朝鮮の若者がはるばる黒海周辺まで出向いて死ななければならなかったのですか? ロシアの若者も北朝鮮の若者も(もちろんウクライナの人びとも)戦争で死んだりしてはいけません。トルストイは「殺すなかれ」と言いました。ロシアの民もプーチンに戦争をやめさせるべきです。ロシアの民もすでに相当疲弊しているはずです。戦争は無駄です。戦争なんかやめて小麦を作りおいしいケーキを作ってはどうですか。

 アメリカ(トランプ)は、いや世界の誰も、今のところこれらの戦争を止めることができていません。しかし、もうすぐ終わる、と私は思います。

 

参考 

マタイ5ー43~44「『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」

マタイ26-52:「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる。(Live by the sword, die by the sword. 剣で生きれば剣で死ぬ。)」

 

旧約聖書にも次のようにある。

出エジプト20-13「あなたは殺してはならない。」(モーゼの十戒のひとつ。)

イザヤ2-4「主は国々の間をさばき、多くの民族に判決を下す。彼らはその剣を鋤に、その槍を鎌に打ち直す。国は国に向かって剣を上げず、もう戦うことを学ばない。」

 

(国際)白戸圭一『アフリカを見る アフリカから見る』(2019)、勝俣誠『新・現代アフリカ入門 人々が変える大陸』(2013)、中村安希『インパラの朝』、中村哲『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る アフガンとの約束』、パワー『コーランには本当は何が書かれていたか』、マコーミック『マララ』、サラミ『イラン人は面白すぎる!』、中牧弘允『カレンダーから世界を見る』、杉本昭男『インドで「暮らす、働く、結婚する」』、吉岡大祐『ヒマラヤに学校をつくる』、アキ・ロバーツ『アメリカの大学の裏側』、佐藤信行『ドナルド・トランプ』、高橋和夫『イランVSトランプ』、鎌田遵『ネイティブ・アメリカン』、堤未夏『(株)貧困大国アメリカ』、トッド『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』、熊谷徹『びっくり先進国ドイツ』、ヘフェリン『体育会系 日本を蝕む病』、暉峻淑子『豊かさとは何か』、堀内都喜子『フィンランド 豊かさのメソッド』、矢作弘『「都市縮小」の時代』、竹下節子『アメリカに「no」と言える国』、池上俊一『パスタでたどるイタリア史』、多和田葉子『エクソフォニー』、田村耕太郎『君は、こんなワクワクする世界を見ずに死ねるか!』、伊勢崎賢治『日本人は人を殺しに行くのか』、柳澤協二『自衛隊の転機』、高橋哲哉『沖縄の米軍基地』、岩下明裕『北方領土・竹島・尖閣、これが解決策』、東野真『緒方貞子 難民支援の現場から』、野村進『コリアン世界の旅』、明石康『国際連合』、石田雄『平和の政治学』、辺見庸『もの食う人びと』、施光恒『英語化は愚民化』、ロジャース『日本への警告』,滝澤三郎『「国連式」世界で戦う仕事術』   R7.5