James Setouchi

2025.5.13

 

藤原聖子『現代アメリカ宗教地図』平凡社新書 2009年

 

1        著者 藤原聖子1963年~。東京都生まれ。東京大文学部卒業、シカゴ大学大学院博士課程修了(Ph.D)。大正大学教授。専門は比較宗教学。著書『「聖」概念と近代』『二大宗教 天国・地獄QUEST』など。(本書の著者紹介から。)

 

2 『現代アメリカ宗教地図』平凡社新書 2009年

 昔買った本。今改めて、トランプ氏を支持する「岩盤支持層」の様子(特にその精神のありか)を多少とも覗き見ることができたような気がする。

 

 アメリカの宗教の諸相を(キリスト教に限らず)全体的に捉える、特にそれぞれを比較対照しながらひとつのマップの中に位置づけることを目指した本。平たい語り口でわかりやすいので初学者にもお勧め。アメリカ社会論でもある。

 

 YouTubeの動画などを資料として多用している。一般人が発信している動画なので具体性に富み面白いかも知れないが、SNSは誰かが意図を持って歪めたり大量発信したりしているかも知れない、ということへの危機感は、本書(2007年)の段階では著者には(あるが)やや弱いような印象がある。その点は割り引いて読むべきかもしれない。だが、お薦めできる本だ。

 

 以下、ほんのわずかだけ紹介する。 

 

・「あなたの生活にとって神はどの程度重要か」というアンケート(2005年世界価値観調査)では、「非常に重要」と答えた人はアメリカは55%で、先進国では最も多い

それよりも多いのは、イラク87%、グアテマラ87%、コロンビア86%、メキシコ80%、キプロス58%。ポーランド55%はアメリカと同じ。

反対に「全く重要でない」と答えた人が多いのは中国34%、スエーデン33%、ドイツ30%。

なお日本は「非常に重要」5%、「全く重要でない」12%で。

韓国は「非常に重要」13%、「全く重要でない」10%。(2頁)

 

・アメリカで「無神論」と言うと日本の「私は無宗教です」とは異なり、積極的に神や霊魂を否定し、神や霊魂は心の弱い人の現実逃避の手段にすぎない、と考える人たち。(17頁)

 

保守には「経済保守(自由な経済活動を求め、政府を小さくする)」「社会保守(文化面で伝統を重んじる)」「安保保守(軍事増強を求める)」がある。(29頁)

・・・(JS)ここで一言。

「経済保守」について、現状は、一部の超富裕層は自由に金儲けできるが、多くの人を不自由に押し込めている状態だ。多くの人に「自由な経済活動」を保証せず、自分たちだけが自由に金儲けするシステムに乗っかかっているとは、おかしな話だ。

「安保保守」も妙な話で、「小さい政府」を言うくせに軍事費だけは膨大につぎ込む。これもおかしな話だ。

 

・アメリカでは国勢調査2007年によれば、プロテスタントが51%、カトリックが24%、他にモルモン教徒、ユダヤ教徒などがある。エホバの証人、ギリシア正教、仏教、ユニテリアン、イスラムなども少数だが存在する。無所属が16%。(39頁)

 

・新教徒にもリベラルと保守がいる。プレスビテリアン(長老派。スコットランド由来のカルヴァン派)とメソジスト(「几帳面屋」。関学や青学はこの流れ)とバプティスト(浸礼派。洗礼でなく浸礼にこだわる)を比べると、

プレスビテリアンはリベラルで知的で高学歴、高収入。

メソジストは中道で、リーダーはリベラルな意識が高いが一般信者はのんびりしている。ゴスペルもわきあいあいとしている。

バプティストは保守派で、労働者や農業従事者が多く、黒人バプティストがゴスペル文化を創り出すなど熱心。信者数が多い。(49~60頁)

 

・18世紀まではプレスビテリアン、エピスコパル(聖公会、監督教会。英国国教会の流れ)、コングレゲーショナリスト(会衆派、組合教会)が多数派でメインラインのプロテスタントだった。

18~19世紀に大覚醒運動がありメソジストやバプティストが信者数を伸ばした。

20世紀にはペンテコステ派(聖霊による洗礼を重視)やホーリネス派(聖潔派、きよめ派)が台頭。(60~61頁)

 

草創期のピューリタン(清教徒)は禁欲的でまじめでを恐れていたが、今の保守派は慈愛深いイエスを愛し、明るい。(66頁)

 

政教分離」の意味がアメリカとフランスでは違う。アメリカでは国家は特定の宗教を優遇しないという意味で、公共の場所でも祈りたい人には祈る場所を提供する、従軍牧師もいる、空港にも他宗教対応の礼拝場がある。フランスではあらゆる宗教的要素を政治や公共の領域から取り除く。(75~78頁)

 

・ケロッグは菜食主義(108頁)。菜食主義については論争がある(109頁)。ステロイドを使用しボディビルディングをする筋肉志向文化の源流には「筋肉的キリスト教」というプロテスタントの運動がある(111頁)。YMCAがバスケやバレーを始めたのもその流れで、「男は男らしく」というジェンダー観に基づく(112頁)。これに対して、ボディビルディングを広めているのは悪魔だ、と告発する人もある(110頁)。

 

魔法学校があちこちで設立されている。インターネット魔法学校もある。(115~118頁)

 

・1960年代にはヒッピーなどカウンターカルチャーが多く出てきた。それらは明るい時代精神の中で出てきた(125頁)。が、高い理想ゆえ、そうではない現実社会を強く批判し、カルトもでてきた。①社会からの脱出、甚だしい場合は集団自殺、②社会の破壊、例えばテロを起こす、③人間の改造、例えば瞑想による、あるいはクローン人間を作るなど。(126~127頁)

 

・19世紀後半から20世紀にかけてはリベラル派プロテスタントが躍進してメインラインと呼ばれた。が、

1920年代に「モンキー裁判」(スコープス裁判)を機に保守派プロテスタントが盛り上がった。(148頁)

1960年代はカウンターカルチャーが力を持ったが、

1970年代後半にはその反動で保守派が勢いを取り戻した。テレビ伝道師たちが熱狂的な支持を集めた。(151頁)

 

・1990年代にはリベラル派の間でも多文化主義やアイデンティティ・ポリティクスといった言葉が力を持った。対して保守派は危機感を持った。例えば同性愛について①伝統的な家族形態から逸脱(子供が生まれない)②性的退廃に繋がる(ゲイは見境なく複数の相手と付き合う)と見ていた。(158頁)

・・・(JS)これはここで反論しておこう。

①「伝統的な家族形態」なるものはある時期にそれが伝統だと思い込んで作られたものでしかない。一夫多妻や多夫一妻など様々な家族形態が実際にはある。イスラム教やモルモン教では、古代イスラエル時代から多妻結婚が行われていたと主張している。家族の機能(信仰、家計、生活、生産労働、子供の養育、などなど)に注目すれば、時代によって変化があるのは言うまでもない。家族は生活を共にする場であったはずでも実際には工場に住み込みで長時間労働をしたりしているではないか。(なお私自身は一夫一妻主義である、念のため。もちろん独身の人がいてもいい。時代によっては男が大勢戦死して、しかも国による生活保障がなかったので、一夫多妻で女性の生活を保障した時代もあっただろうなとは理解する。女性を独占するために男たちを兵士として死なせるのは不可。ダビデがやらかした。)

②「ゲイは見境なく・・」は完全に差別で偏見。私の知る異性愛の男は見境なく女性に手を出している。いわゆる「女たらし」「チャラ男」は実在する。対して、ゲイも異性愛と同じように(私はゲイではなくゲイを代表して弁論する立場にはないが)、相手が誰でもいいのではなく、一途な片想いで苦しんだりする。だが、保守派がこれらの点で偏見を持って様々な主張を繰返していることがあらためてわかる。

 

クリスチャン・シオニズム」という超教派的な保守的プロテスタントの思想・運動がある。終末はイスラエルから始まり、ユダヤ人は世界最終戦争の前哨(ぜんしょう)戦を戦ってくれる人たちだと理解したため、パレスティナ問題でも親イスラエルになった。但しユダヤ人は最終的にキリスト教に改宗する、改宗しないユダヤ人はみな死滅する、と彼らは考える。(164~165頁)

 

・ブッシュで懲(こ)りたから、オバマに投票する、とした保守派もいた。(166頁)

 

・「ハウス・チャーチ」と言って、教会に出かけず自宅で集会を開く人びとも注目されている。2006年のバルナ・グループの調査では、毎週ハウス・チャーチに通う人は9%。少なくとも月に1回参加する人は五人に一人(168頁)。

 

・ラティーノ(ヒスパニック)でイスラム教に改宗する人が、2007年や2008年のVOAのニュースによれば、多く見積もって20万人、少なく見積もって7万人。

 

・・・(JS)アメリカのキリスト教保守・中道・リベラルから、それ以外の諸宗教、スピリチュアル運動なども含めて概観している。トランプ氏(本書が出たときはトランプ氏はまだ大統領ではない)を支持するのは経済的な理由もあろうが、社会的な(価値観の)問題意識を含め宗教的な理由が大きく横たわっているだろうことが想像できる。イスラエルを支持するのも「クリスチャン・シオニズム」のゆえであろうか。それにしても全くわからないのは、キリスト教徒なのに武装したり肉体を鍛えたりし戦争までしている点だ。イエスはそんなことを教えただろうか? いや、イエスはそんなことは教えていない。

 

マタイ5ー43~44「『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」

 

マタイ26-52:「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる。(Live by the sword, die by the sword. 剣で生きれば剣で死ぬ。)」

 

旧約聖書にも次のようにある。

出エジプト20-13「あなたは殺してはならない。」

 

イザヤ2-4「主は国々の間をさばき、多くの民族に判決を下す。彼らはその剣を鋤に、その槍を鎌に打ち直す。国は国に向かって剣を上げず、もう戦うことを学ばない。」

 

 なお、60~61頁の記述と148頁1~2行目の記述が矛盾しているような気がするが、藤原先生、いかがでしょうか?

 

(国際)白戸圭一『アフリカを見る アフリカから見る』(2019)、勝俣誠『新・現代アフリカ入門 人々が変える大陸』(2013)、中村安希『インパラの朝』、中村哲『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る アフガンとの約束』、パワー『コーランには本当は何が書かれていたか』、マコーミック『マララ』、サラミ『イラン人は面白すぎる!』、中牧弘允『カレンダーから世界を見る』、杉本昭男『インドで「暮らす、働く、結婚する」』、吉岡大祐『ヒマラヤに学校をつくる』、アキ・ロバーツ『アメリカの大学の裏側』、佐藤信行『ドナルド・トランプ』、高橋和夫『イランVSトランプ』、鎌田遵『ネイティブ・アメリカン』、堤未夏『(株)貧困大国アメリカ』、藤原聖子『現代アメリカ宗教地図』、トッド『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』、熊谷徹『びっくり先進国ドイツ』、ヘフェリン『体育会系 日本を蝕む病』、暉峻淑子『豊かさとは何か』、堀内都喜子『フィンランド 豊かさのメソッド』、矢作弘『「都市縮小」の時代』、竹下節子『アメリカに「no」と言える国』、池上俊一『パスタでたどるイタリア史』、多和田葉子『エクソフォニー』、田村耕太郎『君は、こんなワクワクする世界を見ずに死ねるか!』、伊勢崎賢治『日本人は人を殺しに行くのか』、柳澤協二『自衛隊の転機』、高橋哲哉『沖縄の米軍基地』、岩下明裕『北方領土・竹島・尖閣、これが解決策』、東野真『緒方貞子 難民支援の現場から』、野村進『コリアン世界の旅』、明石康『国際連合』、石田雄『平和の政治学』、辺見庸『もの食う人びと』、施光恒『英語化は愚民化』、ロジャース『日本への警告』,滝澤三郎『「国連式」世界で戦う仕事術』   R7.5