James Setouchi
2025.4.30
ヘミングウェイ 『武器よさらば』 (再論)
Ernest Hemingway “A FAREWELL TO ARMS”
1 アーネスト・ヘミングウェイErnest Hemingway
1899~1961 アメリカの作家。代表作『日はまた昇る』『キリマンジャロの雪』『武器よさらば』『誰がために鐘は鳴る』『老人と海』他。ノーベル文学賞。
イリノイ州生まれ、ハイスクール卒業後アメリカ赤十字社の一員として第1次大戦のイタリア戦線で傷病兵搬送に携わるが、迫撃砲で重傷。ミラノで7歳年上の看護師アグネスに出会い恋するが失恋。1921年ハドリー・リチャードストンと結婚し大戦後のパリに住みガートルード・スタイン、エズラ・パウンドに師事。1923年はじめてスペイン旅行、闘牛を見る。1925年フィッツジェラルドと知り合う。『われらの時代』。1926年ポーリーン・ファイファーと出会う。『日はまた昇る』で昨夏としての地位を確立。1927年『男だけの世界』。1928年フロリダ半島のキーウエストに住む。父クレランス死去(自死)。1929年『武器よさらば』刊行。この年から大恐慌。1936年スペイン内戦が勃発すると共和国政府軍に資金援助するなど積極的に行動した。1940年マーサ・ゲルホーンと結婚、キューバのハバナ近郊に住む。この年『誰がために鐘は鳴る』刊行。1944年従軍記者としてヨーロッパに渡り兵士たちから「パパ・ヘミングウェイ」と親しまれる。1946年マーサ・ウェルシュと結婚。1950年『河を渡って木立の中へ』刊行。1952年『老人と海』「ライフ」誌に掲載。1954年ノーベル文学賞。また、アフリカで飛行機事故に遭う。1961年死去(猟銃で自死)。遺作『海流のなかの島々』は1950年に脱稿していたと言われる。(新潮文庫の高見浩、集英社世界文学事典の武藤脩二の解説ほかを参照した。)
2 『武器よさらば』〝A Farewell to Arms〟の事実と虚構
18歳のヘミングウェイは1918年に第1次世界大戦に傷病兵搬送車要員として参加、イタリアに赴くが、迫撃砲弾のため負傷、赤十字病院に入院し、7歳年上の看護師のアグネスに恋をした。この体験をもとに、『武器よさらば』を書いた。1928年のことだ。刊行は1929年。
ただし、ヘミングウェイの実体験とは違い、小説では、主人公フレドリックは二十代と思われる青年で、1917年の北イタリアのカポレットの敗走に巻き込まれる。恋人のキャサリンは婚約者を戦争で失って傷ついた心を持った人物として造形されている。舞台も北イタリア東部中心に設定した。(新潮文庫、高見浩の解説から。)
3 あらすじ(以下にはネタばれが含まれています。)新潮文庫の高見浩訳で読んだ。
フレドリックはアメリカ人だが志願してイタリア軍に大尉として参加、周囲から一定の尊敬を得ている。迫撃砲で足を負傷する。看護師のキャサリンと恋に陥る。
再び前線に送られ、退却の混乱の中で戦場を離脱する羽目に陥り、妊娠したキャサリンと決死の逃避行を行うことになる。二人はスイスに脱出し落ち着いた生活が手に入るかに見えたが・・・?
なお、第1次大戦は、同盟国側(ドイツ(第二帝政で皇帝ウィルヘルム2世)、オーストリア=ハンガリー帝国、オスマン帝国(トルコ)、ブルガリア)と、連合国側(ロシア、フランス、イギリス、日本、イタリア、アメリカ・・イタリア、アメリカは遅れて参戦)とが戦った。大砲、機関銃や毒ガス、飛行機など近代兵器により大量殺戮が行われ、悲惨な戦争になった。ヨーロッパが築き上げてきた人間尊重などの価値観を揺るがす戦争になった、と言われる。戦後も弱っている人びとをスペイン風邪が襲って大量の死者が出た。
4 コメント
悲劇。辛く痛ましい物語。辛い経験がフラッシュバックする方にはお薦めできない。
戦場の理不尽で非人間的な姿が描かれている。敵を殺す。負傷する。命令を聞かない者を後ろから射殺する。敗走の中で疑心暗鬼になった友軍に殺される。味方が味方をスパイとみなして即決裁判で射殺する。民家から食糧を調達する。孤児の姉妹が怯えている。そこには大義はない。悲惨な現実だけだ。兵士たちにも、何のための戦争か、わからない。戦争は悲惨で、残酷で、不条理だ。
その中でフレドリックとキャサリンの愛は燃え上がる。キャサリンは妊娠する。幸せで平穏な暮らしがしたい。しかし、状況がそれを許さない。味方に追われ、逃走する。見つかったら捕らえられ、銃殺刑になるだろう。二人に幸せは来ない。二人の悲劇が、戦争の悲惨さ、残酷さ、不条理さを明確に浮かび上がらせる。これは、愛についての悲劇であると同時に、戦争の悲惨さ、残酷さ、不条理さを告発した小説だ、と私は考える。
この作品の題名の候補は『武器よさらば』以外に『世界の部屋』『夜よ永遠に』『単独講和』『天国の丘』があったそうだ(前述、高見浩の解説による)。『単独講和』、でもよかったかと思う。本文中、すっかり戦場が嫌になったフレドリックが戦線を離脱し「戦争のことはすっぱり忘れるつもりだった。ぼくはもう単独講和を結んだのだから。」(第34章の冒頭)と言うところが印象的だったから。
「単独講和」しキャサリンと二人平和な国で愛の巣を築こうとするフレドリックを、しかし運命(戦争)は許さず追いかけてくる。すべてを失って一人雨の中にたたずむフレドリックは、これからどうやって生きていけばいいのだろうか。つらく悲しい思いの残る作品だ。
5 主な登場人物
フレドリック・ヘンリー:語り手「ぼく」。アメリカ人。第1次大戦でイタリア軍に中尉(テネンテ)として参加、傷病兵を搬送する仕事に従事するが、たちまち負傷、美しい看護師キャサリンと恋に落ちる。やがて・・・
リナルディ中尉:フレドリックの同室の男。外科医。南イタリアのアマルフィ出身。
神父:食堂仲間。中部イタリアのカプラコッタ出身。温厚な若者。
大尉:何かと神父を馬鹿にする男。
キャサリン・バークリー:イングランド人の看護師。厳密には救急看護奉仕隊(V・A・D)。戦争で恋人を失い傷ついているときにフレドリックと出会い、恋に落ちる。
ヘレン・ファーガスン:キャサリンの友人の看護師。スコットランド出身。
パッシーニ、マネーラ、ゴルティーニ、ガヴッツイ:運転兵。パッシーニは砲撃で即死。
マッジョーレ少佐:少佐。
ミセス・ウォーカー、ミス・ケイジ:看護師。負傷したフレドリックに親切にする。
ミス・ヴァン・キャンベン:看護師の責任者。フレドリックを嫌っている。
ドクター・ヴァレンティーニ:外科医。フレドリックの足の手術をする。
エットーレ中尉:うぬぼれや。どうやら軍国主義者で、うんざりさせられる男。
ボネッロ、アイモ、ピアーニ:退却行の時の運転兵。ボローニャ県のイモラの出身。ボネッロとピアーニは自称社会主義者またはアナーキスト。アイモは味方のイタリア軍に撃たれ死亡。ボネッロは逃亡。ピアーニとははぐれる。
二人の工兵の軍曹、孤児の姉妹:退却行の時に乗り合わせた人物。
シモンズ:ミラノにいる友人。声楽家。フレドリックを助けてくれる。
グレッフィ伯爵:マッジョーレ湖畔ストレーザのホテルの宿泊客。94歳。フレドリックとビリヤードをする。
エミリオ:ストレーザのホテルのバーテン。フレドリックをボートで逃がしてくれる。
グッティンゲン夫妻:スイスのモントルーの山荘に住む老夫妻。
6 さらなるコメント
⑴ 戦争を描くことで平和の大切さを感じ取らせることを狙ったかどうか知らないが、読後感で平和、平穏な日々のありがたみを実感するのは事実。本作ではいくつもの対照を使っている。
穏やかな神父と、戦争好きのうぬぼれ屋のエットーレ中尉。最初はわからないが最後まで読むと神父の言い分が正しかったことが分かる。兵隊にも違いがある。気のいいアイモと、最後まで付き合うピアーニと、権威や権力を憎み逃亡するボネッロ。ボネッロは社会主義者、アナキストということになっている。その論理は幼稚で本作では深められてはいないが、上官や権力を憎んでいる。
キャサリンとの恋愛の、中盤における幸福感(ほとんどバカップルぶり)とラストの悲惨との対照が際立つ。キャサリンとの恋愛の幸福感と、戦場・戦争の悲惨さ・非人間性とが対照的だ。前線と後方の対照、戦場と戦場でないストラーゼやスイスの対照もある。戦場の砲撃で体が吹き飛んだ運転兵や、退却行で相互不信の中で死んでいく人びとに比べ、助けてくれる友人たちの存在、スイスのグッティンゲン夫妻やストレーザのグレッフィ伯爵の穏やかな生活がありがたく思えてくる。(貧しく無学な庶民は兵隊にとられて死に、伯爵殿は安全な後方でビリヤードを楽しんでいる、という社会の中での矛盾に少し触れているのかも知れないが、深くは追究されない。)
戦争を描くということは、平和が何であるかを描くことでもある。
ヘミングウェイの持つ暴力への志向をサリンジャーは嫌がっていたという話が伝わっているが、ヘミングウェイのこの小説は、戦争を肯定してはいない。むしろその暴力性を告発している。もちろん、ヘミングウェイにはいつもある種の暴力への志向(嗜好か。闘牛、内戦、魚釣り、サファリなど)がつきまとっていることは事実だ。だが、ヘミングウェイはただのマッチョではない。ただのマッチョにはこのような綿密な調査、精巧な構想、繊細な感覚を持った小説は書けない。ヘミングウェイは自分が経験したことではなく、書くべきカポレットの大敗走を、調査して、本作を書いた。(高見浩による。)彼は知力と繊細な感覚を有する人物だ。では、あなたは今ヘミングウェイとサリンジャーのどちらにつくか、と二択で問われたら、今の私はサリンジャーの非暴力の方につくのではあるが・・
⑵戦争だけでなく、この世の構図、人生そのものを問う。
26章で神父は「勝者はいませんでしたね」「戦争の価値は、もはや誰も信じていませんね」と言う。27章で語り手「ぼく」は「以前から、〝神聖な〟とか、〝栄光の〟とか、〝犠牲〟といった言葉や、〝無駄な〟という表現が苦手だった。」「現実には、〝神聖な〟ものなど、ぼくは何ひとつ見たことがなかった・・」と言う。
34章では「もし並外れた勇気を持ってこの世に現われる人間がいると、この世は彼らを殺してでも撲殺しようとする。そして当然のことに彼らを殺してしまう。・・善良なる者、温厚なる者、勇敢なる者を、この世は等し並みに殺してしまう。・・」とある。
これらから、神父は戦争を否定している。語り手「ぼく」も、悲惨な経験を経て、戦争の大義を信じることができない。凡百の人間が「善良、温厚・・」な人間を殺してしまう、というこの世の構図に失望している。キリストも人びとに殺された。
41章で「ぼく」はキャサリンの難産に立ち会い、「この世の中、何をしたって罰が当たるようにできているのだ。逃れることなんてできやしない!」と嘆く。「人間は偶然この世に放り出され、・・殺されてしまう。・・結局は殺されるのだ。・・」と嘆く「ぼく」は、戦争、この社会の構図だけでなく、人生そのものを否定しているかのようだ。
では、我々は、所詮人間として生きる価値や意味はないのか?
だが、作家ヘミングウエイは、生きること自体をあきらめてはいない。こんな悲惨な人生でいいのか!? と強く異議申し立てをしているのは、まだヘミングウェイが若く(29歳)、「これではダメだ! これでいいのか!?」と叫んでもなお生きていける体力があるからだろう。後年の『老人と海』(1952年、52歳の作)では、「けれど、人間は負けるように造られてはいないんだ」と老人に言わせている。最後は自死してしまったヘミングウエイだが、生きることは一方で楽しいこともあるけれども結局は無駄かもしれないとの虚無感(きわめて繊弱な精神と裏腹か)と、しかしそうではなくあくまでも強く生き抜いてやるとの強い思い(タフさを目指す精神)との間で、揺れ動いた人生だったのかも知れない。
⑶いくつか補足。
・27章に「慰安所の女たち」が出てくる。兵隊用と将校用とがいる、と言う。いわゆる「従軍慰安婦」か?
・第1次大戦については、レマルク『西部戦線異状なし』(ドイツから見た対フランス戦線)、ショーロホフ『静かなドン』(ドン・コサックから見た対ドイツのポーランド戦線)とも比較してみたい。
・退却行は悲惨だった。皆が大挙して退却するので道路が渋滞している。道に迷い、ぬかるみに車輪を取られる。食糧がなく、無人の農家から調達(略奪)する。孤児の姉妹を拾うがひどく脅えている。拾った工兵軍曹二人が逃亡したので一人を射殺してしまう。車は湿地で失い、配下は味方(イタリア軍)に撃たれ、一人は逃亡、最後の一人とははぐれる。味方のはずのイタリア軍憲兵から逃亡兵だと嫌疑をかけられその場で処刑されそうになる。この退却行はヘミングウェイが頑張って書いたところだと言われている。
退却行については、トルストイ『戦争と平和』(ナポレオンのモスクワ侵攻とボロディノの戦い)やスタンダール『パルムの僧院』(ワーテルローの戦いでナポレオンが敗走)が有名だ。(日下洋右「『武器よさらば』と二人の作家」群馬県立女子大学紀要第17号(平成8年2月)に論及がある。)だが、私たちはすでに今日出海『山中放浪』(フィリピン戦線)や小林照幸『ひめゆり』(沖縄)また藤原てい『流れる星は生きている』(朝鮮半島)などの退却行、逃避行などを知っている。第1次大戦も悲惨だったが、第2次大戦はもっと悲惨だった。比較してみたい。
・フィッツジェラルドはプリンストン大中退。そのコンプレックスが作中に出ている。『グレート・ギャツビー』のギャツビーは成り上がりでオックスフォードに短期間いた。支配階層のトムとニックはイェール大卒業だ。ヘミングウェイは高卒。サリンジャーは進学校を中退し陸軍幼年学校を卒業、NY大学やコロンビア大学に一時学んだこともある。彼はいわゆる学習障がいまたはコミュニケーション障がいだったかも知れない。その姿は『ライ麦畑』のホールデン君に投影されている。