James Setouchi
2024.12.9
越智道雄『ワスプ(WASP)』中公新書 1998年 再掲
1 著者 越智道雄:1936年~2021年。愛媛県今治市出身。今治南高校、広島大学に学び、玉川大学、明治大学などで教える。専門は英語圏の政治や文化。翻訳も多数ある。
2 『ワスプ(WASP) アメリカン・エリートはどうつくられるか』中公新書
1998年
「WASP」とは、White Anglo-Saxon Protestantの略で、アメリカの支配階層を占めるアングロサクソン系プロテスタントの白人をさす。あるいは、もっと広げて、スコットランド系、スコッチ=アイリッシュ、ウェールズ系、デンマーク系、スウェーデン系、ノルウェー系、ドイツ系(実は多い)、スイス系などを含める。ユグノー教徒も含める場合も。非ワスプと言えば、白人の中のプロテスタントではない、例えばホワイトエスニック(労働者階級のカトリック。アイリッシュ、南欧・東欧系)、ユダヤ人、有色人種(黒人やアジア人を含む)など。「ワスプ」とは、ワスプ自身の中で使われる自己批判的な言い方でもある。(「第一章 ワスプとは何者か?」から)
彼らのアメリカにおける実態を、実例を挙げ紹介しつつ考察している。いくつか紹介する。
・第二章「ワスプ最後の隆盛期一九二○年代」では、フィッツジェッルドの作品を手がかりにする。フィッツジェラルド『華麗なるギャツビー』に出てくる超富裕層のトム・ブキャナンのモデルの一人はトミー・ヒチコック(17頁)。但しヒチコックはブキャナンと違い高潔な人物で、ワスプの行くプレップ・スクールのセントポールズを出て、第1次大戦では戦闘機パイロットとして参戦、ハーヴァードでは名門上流の子弟のみの入るポーセリアン・クラブに入り、上流の競技ポロの名手だった(30頁)。非ワスプは彼らのスタイルに憧れた。
・やがてユダヤ系はじめ非ワスプが台頭、フランクリン・ローズヴェルト(自身はワスプ)政権はカトリックやユダヤ系を登用した。デュポンやモーガン(ワスプ)はローズヴェルトを嫌った。ニューディール政策においては、ワスプ上流内部に亀裂が入った(37頁)と言える。
・ブッシュ少年はホームランを打ったが母親から「チームはどうなったの?」と聞かれた。自分の手柄話をするべきではないというのはワスプの流儀だ(42頁)。それが倒錯すると能力、努力、達成感も蝕まれ見かけだけの重視になる。卑下とマナーが大事になる。ワスプ自身が自らを疎外することになる(48頁)。
・「サザン・ベル(南部の令嬢)」たちは底意地悪い偽善者に育つ(55頁)。南部白人男性たちが黒人を奴隷制に閉じ込め、女性を神格化の檻に閉じ込めた結果だ(58頁)。
・後継者養成のためにプレップ・スクールがある。流動性の高い多民族社会で、上流層が資産保存の価値体系を刷り込むために私立校を作り、例えば全寮制にして子弟を預け、育ててもらった(73頁)。プレップ・スクール出身者は上流ゆえ偏見による<弱虫>呼ばわりをされ、これをしりぞけるために盛んに戦争に志願し騎兵や戦闘機乗りになった(77~78頁)。学費は宿舎賄い付きでセントポールズは年間2万1000ドル(1ドル110円なら年額240万円)(85頁)。
・アイヴィ・リーグの大学に進学すると、そこには上流だけを入れる学生クラブがある。セオドア・ローゼヴェルトはハーヴァードでも最上級のポーセリアン・クラブに属していた(115頁)。プリンストンはプレップ出身者が多くユダヤ人差別がひどかった(119頁)。ブッシュはエールのデルタ・カッパ・イプシロンというクラブに入っていた(119頁)。それら上流クラブは排他的で、一般学生には鬱憤の種だった(117頁)。
・大人の入るクラブもある。都心クラブ、郊外クラブ、大学OBクラブ、企業別クラブ、企業横断的クラブ、文人クラブなどがある(123頁)。旧来からの支配層にとってはビジネス界から遠いのが理想のクラブだったはずだ(125頁)が、貧富や人種による分け隔てがある(126頁)。実際にはビジネス目的だけで入会する例もあり、異議申し立てがなされた(128頁)。
・宗教にも階層がある。監督派(英国国教会=アングリカン=聖公会)、統一キリスト教会、会衆派、長老派、メソジスト、ルーテル派、バプティストだ。出世して社会階層が上がるにつれ改宗することも頻繁に起こった(149~150頁)。ピューリタンはアングリカンから独立したはずだが、ヴァージニアに入植した人々はアングリカンの信徒だった。ワシントンも英国国教会への回帰を促す土壌を用意した(155頁)。ボストンでも南北戦争以後は監督派が優位に立った(156頁)。JPモーガンらも監督派(157頁)。アメリカでは神学内容よりも社会的要因が重視された(162頁)。ソーシャル・ゴスペル運動にはエリナー・ローズヴェルトはじめ上流ワスプ女性が参加し社会奉仕に従事した(163頁)。がソーシャル・ダーウィニズムによりワスプの純潔を守ろうとする人々もいた(165頁)。近年はキリスト教右翼が激増(168頁)。但し監督派はゲイを聖職に受任するなど良心的な動きも見せる(169頁)。
・ワスプは<恥の感覚>を重視し競争を嫌い道徳的優越感やノブレス・オブリージを持つ(172~174頁)。順応主義でチームワークのために自我を殺し感情欠落が生じ<自分が存在しない>という非現実感に悩む(174~176頁)。<公共奉仕リベラル型>になり<できもしない過大な任務を自分に課して自分を責める>場合も(180~181頁)。非ワスプはワスプに憧れ模倣するがそれも病理を引き起こすので、反動として文化多元主義に活路を見いだした(188~194頁)。精神分析はもともとユダヤ系が開発したものだが、アメリカの精神分析は魂の側面が排除され、個人の社会的適応の治療が主体になってしまった。ラドーもアドラーもフロムもサリヴァンもライシュマンも対人関係主題ばかりで、魂に無関係だ、とロバーティエロは言う(198頁)。
・ワスプは自己変革を遂げつつある。ロイス・マーク・ストルヴィというワスプ女性は、黒人差別と闘った。プレップ・スクールでも改革がなされている。ワスプの良質な部分には、今後多元化していく日本も学ぶべきものがある(200~204頁)。マッカーシーの<赤狩り>は、実は非ワスプの上流ワスプ体制への挑戦でもあった。ニクソンは下層アイリッシュの出でクェーカー教徒というハンディがあり、下院議員時代に上流ワスプを赤狩りで葬った(206頁)。JFK(非ワスプ。アイリッシュ・カトリック)は多くの非ワスプをブレインに取り込んだがワスプ上流の一部もJFKに魅せられた(208~212頁)。
・テレビが非ワスプを主流化した。『ルーツ』や『セサミ・ストリート』がそうだ。俳優もワスプ風の名前でなく本名や出自を明らかにして出るようになってきた(218~222頁)。他方<怒れる白人男性>たちもいる。<辺境都市>(白人たちが住む)に住み、ワスプとユダヤ系とホワイト・エスニックの男性が、女性やマイノリティの優遇に対して反発を持っている。<怒れる男性たち>は過激化する場合もある(228~230頁)。ワスプは「個人の自由とはまさに市民としての責任の言い換えである」ことを学んだ人たちだ。これを非ワスプに教えることで、ワスプは<アメリカのバトラー(執事)>となる(230~231頁)。
3 コメント:道元は高級貴族の子で、親鸞も貴族のはしくれだ。が、そんなことは仏の前ではどうでもいいことで、人間はみな平等だ。日蓮は自分が関東の漁師の子だと声高に言った。日本では藤原氏や徳川氏がエライなど氏素性による差別が濃厚にあるが、仏教は本来それを一挙に無化し跳ね返す原理を持っている。そもそも釈尊は一国の王子だったがその地位を捨てたのだ。(平安でも江戸でも身分差別を変革できなかったが、本願寺の系列の西光万吉は水平社を作った。)キリストもダビデ王の子孫だということになっているが、貧しく(「貧しい人は幸いだ!」など)虐げられ排除された者と共にいた。そこに神のまなざしがあるからだ。鴨長明も高層建築を建ててマウントをとりあうのは空しい、と言っている(『方丈記』)。本書によればワスプは見た目が控えめだが、エスタブリッシュメントとしての地位と富を保有しようとする。他方ワスプには良心的な部分もある。社会的地位が上昇するにつれ宗派を変える、と書いている点は驚いた。信仰の内実を問い詰めたりしないのか。是か非か。
(R4.9)
(国際)白戸圭一『アフリカを見る アフリカから見る』(2019)、勝俣誠『新・現代アフリカ入門 人々が変える大陸』(2013)、中村安希『インパラの朝』、中村哲『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る アフガンとの約束』、パワー『コーランには本当は何が書かれていたか』、マコーミック『マララ』、サラミ『イラン人は面白すぎる!』、中牧弘允『カレンダーから世界を見る』、杉本昭男『インドで「暮らす、働く、結婚する」』、アキ・ロバーツ『アメリカの大学の裏側』、佐藤信行『ドナルド・トランプ』、高橋和夫『イランVSトランプ』、堤未夏『(株)貧困大国アメリカ』、トッド『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』、熊谷徹『びっくり先進国ドイツ』、ヘフェリン『体育会系 日本を蝕む病』、暉峻淑子『豊かさとは何か』、堀内都喜子『フィンランド 豊かさのメソッド』、矢作弘『「都市縮小」の時代』、竹下節子『アメリカに「no」と言える国』、池上俊一『パスタでたどるイタリア史』、多和田葉子『エクソフォニー』、田村耕太郎『君は、こんなワクワクする世界を見ずに死ねるか!』、伊勢崎賢治『日本人は人を殺しに行くのか』、柳澤協二『自衛隊の転機』、高橋哲哉『沖縄の米軍基地』、岩下明裕『北方領土・竹島・尖閣、これが解決策』、東野真『緒方貞子 難民支援の現場から』、野村進『コリアン世界の旅』、明石康『国際連合』、石田雄『平和の政治学』、辺見庸『もの食う人びと』、施光恒『英語化は愚民化』、ロジャース『日本への警告』,滝澤三郎『「国連式」世界で戦う仕事術』 R4.9