James Setouchi
2024.12.9
アキ・ロバーツ、竹内洋『アメリカの大学の裏側 「世界最高水準」は危機にあるのか?』朝日新書2017年1月
1 著者:アキ・ロバーツは1972年新潟生まれ。ウィスコンシン大学ミルウォーキー校社会学部准教授。米国の高校を卒業しニューメキシコ大学卒。大学院で博士号取得(社会学)。専門は犯罪学・統計社会学。竹内洋は1942年生まれ。関西大学センター長。京大教育学部卒。大学院博士課程単位取得退学。教育学博士。京大院教授、関西大教授を経て現職。主著『教養主義の没落』『立志・苦学・出世 受験生の社会史』など。学歴社会論の専門家。アキ・ロバーツの父親。(この本の著者紹介による)
2 目次:はじめに/第1章 ランキングからみるアメリカの大学/第2章 「テニュア制度」(終身雇用制)のメリット・デメリット/第3章 庶民には手の届かないアメリカの大学/第4章 アメリカの大学受験の勝者はだれ?/第5章 大学の価値って何?/第6章 アメリカを「鏡」に日本の大学を考える(竹内洋)/あとがき
3 コメント:1~5章は娘のアキ・ロバーツがアメリカの大学の現状をレポートし、それを踏まえて6章で竹内洋が日本の大学の今後を考える、という構成になっている。
1章では、大学ランキングを紹介する。ランキングにもいろいろある。イギリスの『タイムズ・ハイヤー・エデュケーション』の「THE世界ランキング」が有名だが、アメリカ国内だけの『USニューズ&ワールド・レポート』の「ベスト・カレッジズ」というランキングもある。「カーネギー分類」という分類法もある。質の良い研究や教育を行っていてもランキングの計算方法によって上位に入らないこともある。(例えば日本の大学は質の高い論文を日本語で発表しても、英米語圏で引用されにくいので、世界ランキングでは上位に入りにくい。)しかし、ランキングが上がると寄付金が増えたり質のいい教師や学生が集まるのでランキングも気になる。
2章では、終身雇用制度(テニュア制度)について紹介し、考える。アメリカは競争社会なので研究者が企業に高給で引っ張られる。研究者にしてみれば身分の安定した状態で落ち着いていい研究をしたい。大学と研究者双方のニーズを満たすのがテニュア制度だ。ただしテニュア資格を得るには過酷な試練がある。テニュアを得たあと研究を怠る人もある。
3章では、アメリカの授業料が世界一高いことを述べる。授業料高騰の原因は、出費が増えたこと(大学職員(教員ではなく管理職など)にかかる費用、ITサポートの費用、学習障害の人をサポートする費用、豪華な寮の整備、スポーツ指導者の高給、スタジアムの建築と維持の費用など)と、州からの財政支援の削減だ。破産する大学もある。海外からの留学生をあてにする大学も多い。奨学金はかなりある。優秀者向けのメリット基準型が最近は増え、その分低所得家庭へのニード型が減っている。学生ローンは増えている。2016年卒業生の借入額は一人当たり3.7万ドル(370万円)だった。プリンストン大学などトップ大学は、かなり裕福な家庭の学生にもニード基準型奨学金を給付する。(JS注:日本の教育費の家庭負担は大きいことが各種データで分かっている。学費・生活費も高く、奨学金は不十分だ。貸与型が多く借金を背負っての社会人デビューとなるが、それも非正規雇用だったりする。これは日本社会の大きな課題だと言える。)
4章では、学力試験だけではない各種の入学の実態を述べる。レガシーとは、名門大学の同窓生の子供や親戚なら優先的に入学できる制度。支配階級(WASP)の再生産のためにこの制度は作られた。ホリスティック入試は、裕福な学生に有利に働く。お金のかかるスポーツや音楽の部活もできるし、ボランティアもルワンダで孤児に英語を教えたなどユニークな体験でポイントを稼げる。人種差別をなくすためのアファーマティブ・アクションもあるが、裕福な黒人の子がトップ大学に入る。貧しい黒人や貧しい白人の子が入れない。そこ人種ではなく所得でアファーマティブ・アクションを行う方にシフトしてきている。アジア系の人は教育熱心で高学歴者が多いが、その割には政治家や学長や企業トップが少ない。アジア系の人は従順・寡黙・控えめなイメージがあるからか。
5章では、大学の価値を問い直す。アメリカの大学では成績インフレ(いい成績の乱発)が起こっている。それは学生のクレームや授業評価に連動した「接待」教育の結果だ。授業料は高いが経済的見返りは大きい。大卒者は所得も高く幸福感も仕事の満足度も高い。健康で犯罪関与率も低い。但し大学キャンパスで女子学生は被害にあうことがあり、問題視されている。もっとも、これも同じ年代の非女子大生よりは被害にあうリスクが小さい。STEM(科学・技術・エンジニアリング・数学)は実用的で就職に有利とされる。対して文系のリベラル・アーツは自分で考える力や批判する力のゆえに保守系政治家から嫌われたりする。しかし、ロボットの進歩で今ある仕事の多くが消滅する。幅の狭い知識やスキルではキャリア変更が難しい。リベラル・アーツで養われる能力も大事だ。このように著者は言う。
6章 竹内洋による日本の大学の考察。AO・多面・総合入試は、学歴主義への対抗とみなされ広がったが、社会的階層の高い層の子弟に有利になり、秘められた才能を持つ沈思黙考型が排除されることになるのではないか(p.248~p.249)。大学スポーツの産業化で経済効果があると期待する人がいるが、それ以上にコスト高になりスポーツ選手の疲弊も起こる(p.250)。研究者の業績を点数だけで見るとお粗末な発表や論文が蔓延するのではないか(p.262~p.264)。これらの指摘には首肯できる。みなさんはどう考えますか?(H29.5)