James Setouchi

2024.12.9

 

   熊谷 徹『びっくり先進国ドイツ』新潮文庫2007(もと2004)

 

1 熊谷 徹(1959~)ジャーナリスト。東京生まれ、早稲田大学政経学部出身、NHKに入局、ワシントン支局勤務などを経験。フリージャーナリストとなりドイツ・ミュンヘン在住。著書『ドイツの憂鬱』『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』『あっぱれ技術大国ドイツ』『脱原発を決めたドイツの挑戦』『5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人』など。

 

2 『びっくり先進国ドイツ』

 私は大学で第二外国語でドイツ語を選んだ。なぜドイツ語を選んだか? マックス・ウェーバーやカント、ヘーゲルはじめ有名な社会科学者、哲学者がドイツ人なので、まずはそこから学び、やがては世界の諸言語を古代ヘブライ語やギリシア語に至るまでマスターし、旧約聖書や新約聖書、また古代ギリシア哲学などを十分に学ぼう、という気持ちがあったからだ。実際にはドイツ語ひとつろくに勉強せず、まして古代ヘブライ語やギリシア語なども全く読めないままで今日に至る。つまり少年時代の夢や憧れは実現できないままに今日に至っている。(今ならスペイン語を取って中南米文学を読むとか、フランス語を取ってアフリカを理解するなどの選択肢も視野に入れるだろう。もっとも、スペイン語もフランス語も結局ものにならないかもしれないが。)それでもドイツの動向は多少以上は気になる。どういう点で気になるかというと、EUの中心国である、敗戦国から出発して豊かで平和な国になったのは日本と同じ、しかし日本と違う点があるのはなぜか、例えば高度福祉社会であり労働時間も短い(過労死がない)、戦争への反省と平和主義が徹底している、脱原発を決めた、ドイツには美しい森や湖また田園風景がある、音楽もすばらしい、移民を大量に入れてどうするか、などなど。そこでいくつかの本を読んではみる。今回は熊谷徹の『びっくり先進国ドイツ』を紹介する。

 

 もっとも、この本は古い。2004年に出た本で、例えば2011年3月11日の福島原発事故を経験していない。福島原発事故でメルケル首相が脱原発を決意したなど、2011年の事故の経験は大きい。また、ギリシアの財政破たんやイギリスのEUからの離脱、またトランプ時代についても記載がない。(それらについては、熊谷氏は他に論考があるはずだ。)これらを割り引いてこの本を読むとよい。国際関係は短期間で変化することも多いので、短期的な目線と中長期的な目線との両方が必要だ。それでも、読んでなるほどと思う部分はある。読んで「これは違う」と言える部分を発見する練習として読んでみる(一種のクリティカル・リーディング)のも悪くない。

 

 楽しく共感できた箇所は、「ミュンヘン市電・十九番線の旅」:市電に乗りゴトゴトと行くと美しい建物や街並みがある。「ドイツ・列車の旅」:ミュンヘンからベルリンまでICE(新幹線)で6時間半のドイツの大陸の旅が楽しめる。「バイエルンのレトロな居酒屋」:ミュンヘンは人口100万だが少し出るとアルプスを望むひなびた山村がある。ドイツは森と湖に恵まれている。ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』でもドイツの自然は美しいとある。

 

 疑問に思った箇所は、「社会福祉国家は過去のもの?」:ドイツは福祉国家として有名だが、シュレーダー政権(当時)は社会保障制度を縮小。これからも国民に自助努力を求めることになろう、と著者は予測する。だが、それは一方では危険だ、との言及がない。不用意に読むと「ドイツの福祉も行き詰まっているのか、日本はまねできないな」で終わる危険性がある。それでも日本に比べると社会保障の充実は紛れもない事実なのだ。日本は失業率と自殺率が連動している(知っている人は知っている事実)が、ドイツ(や西欧)は失業率が高いのに自殺率が低いのはなぜか? 踏み込んで考察したい。「健康のコスト」:ドイツの健康保険制度について、収入によって医療サービスに大きな差が出る時代が近づいている、と著者は言う。これも先と同じで、「それは人権上よくない」という問いがない。社会全体で守るべき・譲れないものは何なのか? を皆で考えるべきだろう。

 

 なるほど、と思った箇所は、「ドイツ人ってどんな人たち?」の章の「究極の個人主義」「ドイツ人は倹約家」「罰金の国ドイツ」、また「ドイツ人と会社生活」の章の「一日の労働は、最高十時間まで」「給料は全員違う」「簡単にはクビにならないぞ!解雇からの保護法」「強きもの、汝の名は労働組合」(日本の労組は会社別だがドイツなど欧米の労組は産業別だ)「女性の職場進出の陰で」(ドイツは出生率が低い)などなど。

 

 暉峻淑子(てるおかいつこ)『豊かさとは何か』『豊かさの条件』とも読み比べよう。          H30,9

 

(国際)白戸圭一『アフリカを見る アフリカから見る』(2019)、ムルアカ『中国が喰いモノにするアフリカを日本が救う』、勝俣誠『新・現代アフリカ入門 人々が変える大陸』(2013)、滝沢三郎『「国連式」世界で戦う仕事術』、中村安希『インパラの朝』(中央アジアやアフリカ)、中村哲『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る アフガンとの約束』、パワー『コーランには本当は何が書かれていたか』、マコーミック『マララ』、サラミ『イラン人は面白すぎる!』、中牧弘允『カレンダーから世界を見る』、杉本昭男『インドで「暮らす、働く、結婚する」』、アキ・ロバーツ『アメリカの大学の裏側』、佐藤信行『ドナルド・トランプ』、高橋和夫『イランVSトランプ』、堤未夏『(株)貧困大国アメリカ』、トッド『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』、熊谷徹『びっくり先進国ドイツ』、暉峻淑子『豊かさとは何か』、竹下節子『アメリカに「no」と言える国』、池上俊一『パスタでたどるイタリア史』、多和田葉子『エクソフォニー』、田村耕太郎『君は、こんなワクワクする世界を見ずに死ねるか!』、伊勢崎賢治『日本人は人を殺しに行くのか』、高橋哲哉『沖縄の米軍基地』、岩下明裕『北方領土・竹島・尖閣、これが解決策』、東野真『緒方貞子 難民支援の現場から』、野村進『コリアン世界の旅』、明石康『国際連合』、石田雄『平和の政治学』、辺見庸『もの食う人びと』、施光恒『英語化は愚民化』、ロジャース『日本への警告』