James Setouchi

2024.12.9

 

 ハンス・ロスリングほか『FACTFULNESS』 日経BP 2019年1月

 

1 ハンス・ロスリング(1948~2017)

 スウェーデン出身の医師、グローバルへルス研究家。ウプサラ大学、インドの聖ヨハネ医科大学で学ぶ。モザンビークで働きコンゾという病を発見。ストックホルムのカロリンスカ医科大学でグローバルヘルスの教授を務める。ギャップマインダー財団を設立、「事実に基づく世界の見方」について啓発活動をする。TEDにも10回出演。

 

2 内容

 分断本能、ネガティブ本能、直線本能、恐怖本能、過大視本能、パターン化本能、宿命本能、単純化本能、犯人探し本能、焦り本能などに人はとらわれがちだが、これらの本能にとらわれず、冷静にデータにもとづいて世界を見よう、そうすればより客観的に世界を見ることができるし、世界は少しずつでも段々良くなってきていることが分かるだろう、世界はそう捨てたものではないから、そう悲観しなくても良い、という内容の本。様々なテーマについてグラフや表を挙げながら、多くの人はいかに事実を知らないかを明らかにし、人々の世界観のゆがみを訂正していく。

 

 非常に良い点は、

(1)何を信じてよいかわかりにくい、「ポスト・トゥルース」「フェイク・ニュース」時代の現代において、与えられたデータは本物か、別の年度のデータはないか、詳しく見るとどうなのか、など、データの見方の訓練になる点。これからの時代においては必須の学力と言えよう。

(2)全体に人間社会はだんだんとよくなっている、と示してくれる点。

(3)「先進国」と「途上国」といった二項対立ではなく、一人あたり1日あたりの所得で世界を4つのレベルに分類して分析している点。確かにこの方が議論が生産的になると感じられる。(レベル1は1ドル以上で10億人、レベル2は4ドル以上で30億人、レベル3は16ドル以上で20億人、レベル4は32ドル以上で10億人。なお、1ドル100円なら32ドルは3200円/日、9.6万円/月、115.2万円/年である。)

(4)誰かを憎悪し攻撃するのではなく、冷静に事実を示しよりよい世界を協力してつくろうとする姿勢。

(5)自分の過去の失敗を謙虚に振り返っている点も好感を持てた。

(6)根拠のない希望や不安をいたずらに持つのではなく、「可能主義者」(筆者の造語)であろうとしている点。

 

 疑問に思う点は、

(1)仮にデータで9割の人が良くなっている、としても、残り1割の人は依然困っている。その苦しみへの共感が弱いと感じた。つまり「最大多数の最大幸福」というベンサム流の功利主義に従っている点。

(2)砂漠化、マイクロプラスティック、ネオニコチノイドなどへの言及がない(アマゾンの書評で誰かが指摘している)。

(3)相対的貧困への言及と考察が弱い。レベル4の社会の住人でも、多くの人が当然のように享受するスマホ・PC・背広・制服・授業料などの支払いができない人は相対的貧困層として非常に劣位に立たされて困ることになる。著者はスウェーデン人だからそこの苦しみがあまりないのだろうか? アメリカや日本にはこの問題がある。

(4)データは国連や世界銀行のものを使っているが、それらが信憑性があるかどうかの検証がない。(これもアマゾンの書評で誰かが書いていた。)

(5)福島原発事故の被害への分析は弱い。放射能被ばくで死亡した人はいない、被爆を恐れての避難生活で多くの人が亡くなった、と書いている(148頁)。が、実際には甲状腺がんなどに影響が出る、避難したから被ばくによる死者が少ないのであって避難していなければもっと残念なことになっていただろう、妊婦や胎児はどうなる、という従来の見方への反論になっていない。

(6)幸福観が物質的(西洋近代の物質主義)である点。それも見過ごしてはいけない視点だが、そうではない幸福観もある。                 

                                                                                 R2.6.14

               

(教育・学ぶこと)灰谷健次郎『林先生に伝えたいこと』『わたしの出会った子どもたち』、辰野弘宣『学校はストレスの檻か』、藤田英典『教育改革』、竹内洋『教養主義の没落』、諏訪哲二『なぜ勉強させるのか?』、福田誠治『競争やめたら学力世界一』、今井むつみ『学びとは何か』、ロスリング『ファクトフルネス』、広瀬俊雄『ウィーンの自由な教育』、宇沢弘文『日本の教育を考える』、青砥恭『ドキュメント高校中退』、内田樹『下流志向』、瀬川松子『亡国の中学受験』、磯部潮『不登校を乗り越える』、ひろじい『37歳 中卒東大生』、柳川範之『独学という道もある』、内田良『教育という病』、広中平祐『生きること 学ぶこと』、岡本茂樹『反省させると犯罪者になります』、宮本延春『オール1の落ちこぼれ、教師になる』、大平光代『だから、あなたも、生き抜いて』、中日新聞本社『清輝君がのこしてくれたもの』、鈴木秀人『変貌する英国パブリック・スクール』、アキ・ロバーツ『アメリカの大学の裏側』、堀尾輝久『現代社会と教育』、藤田英典『教育改革』、苅谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ』、福沢諭吉『福翁自伝』、シュリーマン『古代への情熱』、ベンジャミン・フランクリン『フランクリン自伝』などなど。