James Setouchi

2024.11.29

 半藤一利『ソ連が満洲に侵攻した夏』文春文庫

 

1        半藤一利:昭和5(1930)~令和3(2021)。著述家。東京の下町生れ。東京大空襲を経験。東大文学部(国文)卒。文藝春秋社勤務を経て独立。著書『日本のいちばん長い日』『山本五十六の無念』『漱石先生ぞな、もし』『戦う石橋湛山』『ノモンハンの夏』『ソ連が満洲に侵攻した夏』など。妻は漱石の孫。

 

2 『ソ連が満洲に侵攻した夏』:初出は1998~1999年『別冊文藝春秋』。単行本1999年7月。文春文庫2002年。1945(昭和20)年夏、ソ連が満州(中国東北部)に侵攻した。その裏にはソ連、アメリカ、イギリスなどのかけひきがあり、ドイツ戦線の情勢(ドイツは5月に降伏)、アメリカの原爆開発、スターリン(ソ連の指導者)の思惑、日本の指導者層の国際情勢に対する無知やソ連に対する甘い見方などがあった。スターリンは日ソ中立条約を破って突如(日本の目には突如)満洲に侵攻。満洲にいた関東軍(大日本帝国の軍隊)はいち早く後退する戦術を取り(逃げ)、一部の残存した前線の日本軍は激烈な戦いの後ほとんどは戦死・自決し、取り残された民間人は8月15日以降も悲惨な目に遭い、大陸に残された日本軍将兵・官吏・警官・技術者など約57万人はシベリアに送られ、うち10万人以上が帰国できずシベリアで亡くなった。この間を描いたノンフィクション。文春文庫解説の辺見じゅんによれば、満州から引き揚げてきた人々がこの書を読んで「ようやく、満州での悲劇の実態がわかった」「この本は、私たちが切実に感じていること、言いたかったことを代弁してくれた」と口々に主張した(371頁)。

 読み進めながら、腹が立ったりつらくなったりの連続で、なかなかページが進まない。が、多くの人が読むべき本だろう。では現代日本においてはどうすればよいか、を考えていく重要な材料になるはずだ。

 当時を知る人には常識だが、巨大だったはずの関東軍は、対中戦争の泥沼と対米戦争の連敗で、兵力(武器・弾薬・燃料なども)は中国の北部から中部、南部、そしてフィリピンなど太平洋戦線に送られていき、満州の関東軍は見せかけだけで実質的な兵力を多く失っていた(146頁など)。ソ連侵攻に際し軍は一部を前線に残し、主力は南に移動し(逃げ)た(49頁、241頁など)。民間人については、カムフラージュのためもあって、国境線から引き下げようとはしなかった(147頁)。そこにソ連が侵攻してきた。

 ドイツ敗亡時、海軍元帥デーニッツは、海軍総司令官の権限で水上艦艇を投入して東部ドイツにいたドイツ人同胞(難民や将兵)を二百万人以上西部に移送し、ソ連軍の蹂躙から守った。対して、日本の軍隊は、民を守らなかった。日本の軍隊は、国民の軍隊ではなく、天皇の軍隊であり、国体護持軍だった(242頁)。

 取り残された人々、特に開拓団の人々は、ソ連軍に蹂躙され、極めて悲惨な事態に陥った。集団自決も多発した。ここに書き写すのも辛い事実が列挙してある(318~323頁)。

 前線に取り残された兵隊は8月15日以降も戦闘し、多くは戦死または自決していった(324~328頁など)。

 ソ連(スターリン)は、北海道北半分を手に入れようとしたが、アメリカ(トルーマン)に拒まれ、8月24日、満州にいた日本軍将兵五十万人以上をシベリアに抑留し労働させる命令を出した(286頁)。数をそろえるため、将兵に限らず壮年の日本人男子を捉え「人狩り」を行った(339頁)。戦闘停止後武装解除となった将兵が果たして「捕虜」なのか?(288頁)

 日本の指導者は国際情勢とソ連の思惑に疎く、日米戦の調停をソ連に求めようとしていた(188頁など)。戦後は、アメリカのマッカーサー(連合軍総司令官)に話を通じればソ連にも通じると思い込んでいたが、それは日本の錯覚でしかなかった(267頁など)。

 千島や樺太(カラフト)についても言及がある。                   

                             (R5.1.21)

 

*薦める本:竹山道雄『ビルマの竪琴(たてごと)』、遠藤周作『海と毒薬』、半藤一利『ノモンハンの夏』『ソ連が満洲に侵攻した夏』、森村誠一『悪魔の飽食』、石川達三『生きている兵隊』、日本戦没学生手記編集委員会『きけわだつみのこえ』、吉田満『戦艦大和の最期(さいご)』、曽野綾子『生贄(いけにえ)の島』、大岡昇平『俘虜(ふりょ)記』『野火』『レイテ戦記』、井伏鱒二(いぶせますじ)『黒い雨』、原民喜(たみき)『夏の花』、大江健三郎『ヒロシマ・ノート』、永井隆『長崎の鐘』、高史明(コ・サミョン)『生きることの意味』、坂口安吾(あんご)『白痴(はくち)』『堕落(だらく)論』、野坂昭如(あきゆき)『火垂(ほた)るの墓』、藤原てい『流れる星は生きている』、宇佐美まこと『羊は安らかに草を食み』、高杉一郎『極光のかげに』、共同通信社社会部『沈黙のファイル』、大内信也『帝国主義日本にNOと言った軍人 水野広徳(ひろのり)』、吉田裕『アジア・太平洋戦争』、半藤一利(はんどうかずとし)『昭和史』、早坂暁(あきら)『戦艦大和日記』、島尾敏雄『魚雷艇学生』などなど。