James Setouchi

2024.11.15

 

梁石日(ヤン・ソギル) 『裏と表』幻冬舎(2002年)      

 

1        梁石日(ヤン・ソギル)

1936年大阪府生まれ。2024年6月に没。著書『血と骨』『闇の子供たち』『夜を賭けて』『族譜の果て』『夏の炎』『裏と表』など。

 

2      『裏と表』

 エンタメ。娯楽小説。人間存在のあり方を深く追究した小説、ではない。社会のあるべき姿を追究した小説、でもない。娯楽なので、読まなくてよい。かつ、性描写・暴力シーンがあるので、健全な青少年にはお勧めできない。時間のある大人のためのエンタメ。でも、面白いことは面白い。犯罪映画を見て楽しむなら、こっちの方が値段も安く家で楽しめるから、いいかも。それにしても、娯楽小説の書き手というのは、うまいものだな・・と感心した。

 

 舞台は主に東京、一部大阪。時代設定は2000頃かな。9.11テロ(2001年)はまだ出てこない。バブルは崩壊した、とある。東京・神保町の金券ショップにまつわる「裏と表」をテーマとする、言わば犯罪小説ですな。

 

 いくつかの手口が書いてありますが、犯罪ですから、決してまねをしないように。逮捕されますよ。

 

 主人公・樋口正志は、三十代、独身。金券ショップ「オリエント」に務めていたが、独立することにした。神保町から水道橋に行くあたりに、破格の場所を見つけ、金券ショップ「ラッキー」を開いた。若い女性店員を募集し、二人雇った。実力のある知り合いを活用し、仕入れも行った。最初三日間は名を売るために赤字想定で安く販売する。なかなか手順のいい男だ。

 

 ここで「金券ショップ」なるものは、一体何か? 航空券や新幹線の券やコンサートの入場券を、どうして安く売ってるのかな? と、私も世の中を知らなかったのだが、例えば、

 

①     年末の会社の忘年会で10万円の旅行券が当たってしまったが、自分は旅行に行かないので、金券ショップに持ち込み、例えば9万3千円で買って貰う。ショップは、旅行に行きたい人に、9万8千円で売る。すると、5千円の利益が出る。これは合法的な(←多分)売買だ。(コンサートの券などは大体「転売禁止」になっているから要注意。)

 

 ところが、物事には裏がある。

 

② 盗品や偽造券を持ち込み格安で金券ショップに売りこむ。ショップはそれが盗品や偽造券だと知らなかったことにして多少の利益を取って販売する。

 

③     しかもそれを企業に大量に持ち込む。企業は定価で買ったことにし、差額を裏金としてストックする(その過程で部長と経理担当が多少着服する)、といったこともある、実はそのカネが大きい、と書いてある。

 

 いいですか、②③は犯罪ですから、決して真似をしてはいけません。世の中の金券ショップのほとんどは合法的にやっていると思いますが(悪いことをしたら捕まっているはずだから)、本作では、最初は小額の売買からはじまり、やがて企業ぐるみ・暴力団がらみ・外国ルートもからむ、巨額の犯罪になり、果ては・・(お知らせしません)ということになってしまいます。ああ、おそろしいことだ。

 

 面白いのは、金券ショップに持ち込むモノやヒトの多様さ。東京という町の多様な顔が見えてきます。盗品ではないかと思われるビール券を持ち込む。否応なく会社のノルマで大量に買わされた映画のチケットを仕方なく持ち込む。高速道路の券を持ち込む。(どうやら会社ぐるみの不正のためのようです。)新幹線の回数券を持ち込む。切手を大量に持ち込む(出所は不明)。デパートの商品券を毎日買いに来る(1万円の商品券で100円のボールペンを買い、おつりをくれとごねる。←これは今はできないはずです。)などなど。ホームレスの人は拾ったテレフォンカードや市から貰った入浴券を持ち込む。マスターの樋口は買ってやります。そのホームレスの男の今日の食事代のためです。北関東のお婆さんははるばる電車に乗ってウイスキーを3本持ってくる。これは本来金券ショップで扱うものではありませんが、マスターの樋口は、おばあさんへのやさしさから、買ってあげる。転売できないので、スタッフにあげてしまう。マスターの樋口がやさしい男であるのも本作の魅力です。

 

 しかし、選挙のための裏金つくり、企業の負債を返すための計画倒産、と話が大きくなり、樋口は引きずり回されます。謎の美女や関西の怪しげな人物も出てきて・・・

 

 ここから先は読んでのお楽しみといたしましょう。