James Setouchi

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 池上正樹『大人のひきこもり 本当は「外に出る理由」を探している人たち』

                        講談社現代新書 2014.10

                                        

1著者 池上正樹(1962~) 神奈川県生まれ。通信社勤務ののちフリージャーナリストに。著書『ダメダメな人生を変えたいM君と生活保護』『ドキュメントひきこもり』『痴漢「冤罪裁判」』『ふたたび、ここから』ダイヤモンド・オンラインで『「引きこもり」するオトナたち』連載。(ブックカバーから)

 

2 目次

第1章 ひきこもりにまつわる誤解と偏見を解く

(1 データが物語る「高齢化」  2 ひきこもりの「潜在化」 3 ひきこもる女性たち「それぞれの理由」)

第2章 ひきこもりの背景を探る

(1 「立ち直り」の意味するもの  2 「迷惑をかけたくない」とういう美徳  3 「家の恥」という意識  4 医学的見地からの原因分析)   

第3章 引きこもる人々は「外に出る理由」を探している

(1 訪問治療と「藤里方式」という新たな模索  2 親子の相互不信を解消させたフューチャーセッション  3 ひきこもり大学の開校  4 外に出るための第一歩―経済問題)

おわりに

 

3 コメント

 現代日本における最大の課題の一つとも言える「ひきこもり」。しかし、有効な対策・展望は打ち出されないまま今日も困難に苦しむ当事者や家族が沢山いる。どうとらえどう対応して行くべきなのか? 全国で試行錯誤が始まってはいる。池上氏はジャーナリストとしてこの問題をとらえ取材し発信していく。この問題には明確な教科書的なとらえかたも方法論もないので、試行錯誤的な実践・考察になることはやむを得ない。だがその根底に、当事者・家族に対する温かい思いやりの心があり、困難の中でつぶれて(つぶされて)いった人々への共感と社会の不備に対する異議申し立てがあり、その根底には人間への愛情と人間の尊厳・社会正義への希求がある、と私は感じた。ダイヤモンド・オンラインのサイトにも詳しい記事・情報が掲載されており、参考になる。[  ]部分は本文の大意紹介。

 

 第1章では、山形・島根・町田などの取り組みを紹介する。[山形・島根で、ひきこもりについて地域に詳しい民生委員・児童委員にアンケートを取ったのはチャレンジングな試みだ。しかし、当事者へのヒアリングが必要だ。それらの中で「高齢化」が進んでいることが明らかになった。町田では地域の保健所が現場目線で市民そのものに実態調査をした。これは日本初の試みだ。2010年の内閣府の調査では「ひきこもり」70万人、潜在群155万人。ただしこのデータは39歳までの調査であり、40歳以上を加算するともっと大きな数字になる。自己責任論が叫ばれ「他人に頼るべきでない」との風潮の中で心の優しい人が社会の隅に追いやられる。厚労省の事業、地域若者サポートステーションでも「40歳以上は難しい」と断られた。ひきこもるきっかけは、不登校、職場でのパワハラ、リストラ、子どもの就職失敗、セクハラ、などなど。]誰にも無縁ではない。皆が考えるべき問題だ。

 

 第2章では、なかなかリセットできない日本の社会構造を問題化する。[ハローワークが十分機能していない、人材派遣会社も玉石混交、中高年の弱みにつけ込んだ、低賃金で辞めさせないブラック企業もある。「迷惑をかけるな」の風潮の中で傷つけられ働けず生活保護も受けられず疎外感を抱き孤立無業で苦しむ。精神的な支えもない。「家の恥」の意識も強く当事者・家族とも地域の中で埋没していく。セーフティネットワークが何も機能していなかったことの表れでもある。医学的見地からは、トラウマ、自閉症スペクトラム、結節性硬化症、慢性疲労症候群(実は脳内の炎症。怠けではない)、緘黙(かんもく)症などなど。]社会構造全体の問題、意識の問題、対応のためのネットワークの問題などがありそうだ。

 

 第3章では、対策の試みを紹介する。[浜松市のぴあクリニックではカンガルーくらぶという訪問支援型のボランティアグループを設立した。秋田県藤里町では、社会福祉協議会が福祉拠点「こみっと」を事業化するため戸別訪問して本人や家族に聞き取り調査を行った。北欧スウェーデンではフューチャーセッション(FS)という概念で創造的な対話空間を作る。これを取り入れ東京で神垣宗平らが「ひきこもりフューチャーセッション準備会」を発足。KHJ西東京萌の会では親と子の意見交換会。浜松市ではNPO法人E-JANの精神科ソーシャルワーカーらがワールドカフェというスタイルで実施。東京では川初真吾らが、ひきこもりフューチャーセッション「庵―IORI―」を隔月で開催。学生団体である社会復帰支援チームOnes Lifeもボランティアで関わる。 そこでは当事者らが参加し「引きこもり大学」を開設するなど様々な試みを行っている。経済問題では、目黒区の応急福祉資金、江東区社協の応急小口福祉資金、全国一律の総合支援資金貸付、住宅支援給付、また生活保護などを紹介するが、不十分であったり、困っている人に届かなかったりする。厚労省はひきこもりサポーター派遣事業(家庭訪問や伴走などのアウトリーチをおこなう)を始めたが、実施している自治体は五自治体にとどまる。ひきこもり地域支援センターは全国都道府県と指定都市に開設されてきた。家族会と保健所、福祉事務所、医療機関などが連携し、ひきこもり支援コーディネーターを置く。]努力は始まっている。もっと広げアクセスしやすくすべきだ。

 「当事者たちは言う。『外に出ろ』と言われても。いったい、この社会のどこへ行けばいいのか。」(p.259)

  「これから必要なのは、(中略)時代状況に合わなくなって空洞化してしまったこの国の設計を、すべての傷ついた当事者たちに声をかけながら、みんなで一緒に作り直していく作業なのではないか。」(p.261)

  賛成である。あなたは、どう考えるか?  政府のリーダーたちも聞いて欲しい。

                                                  

                     (H26.11)(R6.11.6改)