James Setouchi

2024.11.6

 

 

 山極寿一『スマホを捨てたい子どもたち 野生に学ぶ「未知の時代」の生き方』ポプラ新書184(2020年6月)

 

1 著者 山極寿一 1952年~ 霊長類学・人類学者。京大総長。京大理学部、大学院理学研究科に学ぶ。理学博士。ゴリラ研究の世界的権威。京大教授、総長、国立大学協会会長、日本学術会議会長などを務める。著書『「サル化」する人間社会』『京大式おもろい勉強法』『ゴリラからの警告「人間社会、ここがおかしい」』など多数。(ポプラ新書のカバーの著者紹介から)

 

2 コメント 中高生にも分かる言葉で書いてある。が内容の奥行きは深い。一読を薦める。

 まえがき:題名の通り、現代の子どもたちはスマホを使っているが、本当は捨てたいと思っている子どもたちが多くいるようだ。スマホを使っても本当には心は満たされていない。それはなぜか? 著者は、この問いを、サル学、霊長類学の知見をもとに、人間学として考察し、現代人の言葉や情報を中心とした社会の問題としてえぐり取っていく。人間は何をするから人間で、現代人は何を忘れているのか? ではどうすればいいのか? 根本にあるのはこの問いだ。内容は著者自身の生育歴、サル学や霊長類学との出会い、ゴリラの研究で感じたことに多くのページを割く。面白い本だ。

 1章 スマホだけでつながるという不安:私たち人間が日常的におしゃべりする友だちは10人くらい、年賀状などで挨拶を発信しようとするとき、リストにたよらず頭に浮かぶ人は100人くらい(21頁)。この数は脳の大きさと関係しており、700万年前に人間がチンパンジーの祖先から別れたときの集団サイズは10~20人(23頁)。60~70万年前にゴリラの3倍の脳(1400cc)になったときの集団サイズは100~150人(24頁)。狩猟採集生活は15人くらいの集団で行ってきた。真につながれる人の数の限界は150人ではないか(25頁)。人間は時を共有して同調して信頼を築く(29頁)。だが、言葉と情報機器のおかげで実の多くの人と表面的には繋がることができるようになった反面、身体が繋がっている感覚が得られない(30頁)。

 2章 ぼくはこうしてゴリラになった:サルを知れば人間が分かる(57頁)。サルになり代わってサルの日々の生活を記録し、その歴史を編みなさい、と京大の今西錦司は言った(62頁)。屋久島やアフリカでサルやゴリラになりきって何年も過ごす(63頁)。動物の五感で自然を捉える(66頁)。動物と会話をする(75頁)。動物との会話から発見する(79頁)。

 3章 言葉は人間に何をもたらしたのか:人間は距離を置いて話ができる。言葉がどっちつかずの状況を担保できるからだ(96頁)。人間は身体が感じていることよりも言葉を信じるようになった(100頁)。文字は対話ではないので誤解が生じやすい(103頁)。

 4章 人間らしさって何?:家族を持つのは人間だけだ(109頁)。ゴリラは単独の家族のようなものを持つ。チンパンジーは地域共同体のようなものは持つが家族は持たない。家族(見返りを求めず奉仕する)と地域社会(お返しをする)の両方をマネジメントできるのは人間だけだ(111頁)。二足歩行で食べ物を運び弱い者にも食べさせる。それが人間だ(112頁)。人間は1歳で乳離れ(ゴリラは4歳、チンパンジーは5歳、オランウータンは7歳)(118頁)。人間は大きく生まれ脳に栄養を回し体はゆっくり育つ(121頁)。この間にみんなで子どもを育てる(122頁)。多産、遅い成長、食物分配、共感力は人間の特徴だ(125~126頁)。音楽は共感力を高める(129頁)。二足歩行で「踊る身体」を人間は手に入れた。それは共感力を高める(135頁)。→山極氏はこのように述べる。人間は共感力が大事、というのは賛成したいが、同調圧力がきらいでイベントなどを人と一緒にやりたくない人もいる点については、どう説明するのだろうか?

 5章 生物としての自覚を取り戻せ機械化、情報化の進展で、現実の五感で感じる世界を失うのでは(164頁)。考えることをもやめてしまうのか(166頁)。

第6章 未来の社会の生き方:これからは、平等な社会というコンセプトだけでなく、「人間は一人一人違う」を前提とした個性と多様性を尊重するコンセプトも取り入れていくべきだ(181頁)。0か1かでなく、その中間を認める(排中律でなく、容中律で)ことも模索したい(182頁)。

あとがき 新型コロナウイルスの時代にあっては、通信機器を賢く用いることは必要だが、スマホに頼りすぎてもいけない(190頁)。この機会に本をじっくり読もう。食事などを通じて仲間と一緒の時を過ごすことは、人間にとって相変わらず最大の幸福に繋がるはずだ。それをどうデザインするかが未来の課題だ。(191頁)。

                              R3.1.24                    

(理工系・農学系の人に)広中平祐『生きること 学ぶこと』、藤原正彦『若き数学者のアメリカ』・『遥かなるケンブリッジ』、湯川秀樹『旅人』、福井謙一『学問の創造』、渡辺佑基『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』、長沼毅『生命とは何だろう?』、福岡伸一『生物と無生物のあいだ』、池田清彦『やぶにらみ科学論』『正直者ばかりバカを見る』『やがて消えゆく我が身なら』、山極寿一『スマホを捨てたい子どもたち』、本川達雄『ゾウの時間ネズミの時間』・『生物学的文明論』、村上和雄『生命の暗号』、桜井邦明『眠りにつく太陽 地球は寒冷化する』、村山斉『宇宙は何でできているのか』、佐藤勝彦『眠れなくなる宇宙のはなし』、今野浩『工学部ヒラノ教授』、中村修二『怒りのブレイクスルー』・『夢と壁 夢をかなえる8つの力』、植松努『NASAより宇宙に近い町工場 僕らのロケットが飛んだ』、石井幹子『光が照らす未来』、小林雅一『AIの衝撃』、益川敏英『科学者は戦争で何をしたか』、広瀬隆・明石昇二郎『原発の闇を歩く』、河野太郎『原発と日本はこうなる』、武田邦彦『原発と日本の核武装』、養老孟司他『本質を見抜く力』、梅原淳『鉄道の未来学』、近藤正高『新幹線と日本の半世紀』、中村靖彦『日本の食糧が危ない』、神門善久『日本農業への正しい絶望法』、鈴木宣弘『食の戦争』、中野剛志『TPP亡国論』、山田正彦『売り渡される食の安全』、加賀乙彦『科学と宗教と死』