James Setouchi

2024.11.6

 

 

  益川敏英『科学者は戦争で何をしたか』2015年

 

1 著者 益川敏英(ますかわとしひで)1940年~愛知県出身。理論物理学者。1967年名古屋大院理学研究科博士課程修了。兄弟基礎物理学研究所教授、同大学理学部教授などを経て、名古屋大特別教授・素粒子宇宙紀元研究機構長、京大名誉教授。2008年ノーベル物理学賞。専門は素粒子理論。球場科学者の会呼びかけ人。(集英社新書著者紹介から)

 

2 目次 はじめに/第1章 諸刃(もろは)の科学―「ノーベル賞技術」は世界を破滅させるか?/第2章 戦時中、科学者は何をしたか?/第3章 「選択と集中」に翻弄される現代の科学/第4章 軍事研究の現在―日本でも進む軍楽協同/第5章 暴走する政治と「歯止め」の消滅/第6章 「原子力」はあらゆる問題の縮図/第7章 地球上から戦争をなくすには/あとがき

 

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 著者は2008年にノーベル物理学賞を受賞。その受賞記念講演では戦争の体験を話した(p.14)。1945年3月12日、著者が5歳の時、名古屋の自宅が空襲に遭った。焼夷弾(しょういだん=辺り一面を火事にする爆弾)が自宅の屋根を突き破り目の前に落ちてきた。たまたま不発弾だったから死なずに済んだが、爆発していたら即死しただろう。5歳の著者をリアカーに乗せ両親が燃え盛る名古屋の街を逃げ惑った。幼い頃の一片の記憶であっても、戦争体験を語れる最後の世代として伝え続けなければならない(p.15~p.18)。このように益川氏は言う。この原体験を出発点とし、世界の著名なノーベル賞科学者と戦争軍事技術、現代の科学者と軍事研究などについて、わかりやすい言葉で述べている。いくつか印象に残った記述を記しておく。

・著者の恩師、理論物理学者の坂田昌一は「科学者は科学者として学問を愛するより以前に、まず人間として人類を愛さなければならない」(p.19)「科学者には現象の背後に潜む本質を見抜く英知がなければならない」(p.115)と言った。

・ノーベルはダイナマイトを発明して「死の商人」と呼ばれ苦悩しノーベル賞を創設した。(p.26)

・ピエール・キュリーはノーベル物理学賞受賞のスピーチで「ラジウム元素の発見が人類に不幸ではなく、繁栄をもたらすために使われることを切望」「ラジウムが犯罪人の手に渡ると、非常に危険なものになる」と述べた。(p.27~p.28) 

・ドイツのフリッツ・ハーバーは毒ガスを開発した。アンモニアの合成法でノーベル化学賞を受賞したが、他方毒ガスの研究も続けた。彼の開発したチクロンBという青酸ガスはユダヤ人虐殺に使われた。ハーバーは実はユダヤ人だったが、同胞の虐殺に対してどう考えていただろうか。(p.29~-p.33)

・第1次大戦時各国は科学技術に対する国家統制を進めた(p.43~p.46)。シラード(ユダヤ系)はドイツに対抗しアメリカの原爆開発に協力した。ドイツ降伏後シラードは日本への原爆投下に反対したが、アメリカ政府は科学者の言うことなど聞かず、日本に原爆を落とした(p.47~p.49)。

・戦後アインシュタインやオッペンハイマーらは核廃絶をめざし平和運動に取り組む(p.50~51)。「科学者はその発明に責任を持たなければならない」とするパグウォッシュ会議は1995年にノーベル平和賞を受賞(p.63)。他方東西冷戦、ベトナム戦争の中で核兵器をはじめとする軍事技術開発に協力した科学者も多かった(p.55およびp.65)。

・現代の科学技術研究は巨大な資本が動き、一般の人はおろか研究者自身にさえも全体像が見えなくなっている(p.79)。市場原理の「選択と集中」により利益が得られそうなところに大金が投入される(p.80)。STAP細胞問題もその中で起こった(p.82)。2010年ノーベル化学賞の鈴木章・根岸栄一両氏がカップリング技術の特許申請をしなかったは、科学者らしい敬服すべき姿勢だ(p/86)。

・高層ビルのゴースト現象を解決したフェライトを用いた塗料は、その後米軍のステルス戦闘機に使われた。科学技術は民生にも軍事にも利用可能であり、これが厄介な問題だ(p.98~p.100)。

・名古屋大「平和憲章」は軍事研究をしないと明言している(p.105)。

・原発は危険な技術だ。安全確保、使用済み核燃料の始末などについてしっかり研究すべきだ(p.152~p.163)。 

                               

(理工系・農学系の人に)広中平祐『生きること 学ぶこと』、藤原正彦『若き数学者のアメリカ』・『遥かなるケンブリッジ』、湯川秀樹『旅人』、福井謙一『学問の創造』、長沼毅『生命とは何だろう?』、福岡伸一『生物と無生物のあいだ』、池田清彦『やぶにらみ科学論』、本川達雄『ゾウの時間ネズミの時間』・『生物学的文明論』、桜井邦明『眠りにつく太陽 地球は寒冷化する』、村山斉『宇宙は何でできているのか』、佐藤勝彦『眠れなくなる宇宙のはなし』、今野浩『工学部ヒラノ教授』、中村修二『怒りのブレイクスルー』・『夢と壁 夢をかなえる8つの力』、植松努『NASAより宇宙に近い町工場 僕らのロケットが飛んだ』、益川敏英『科学者は戦争で何をしたか』、広瀬隆・明石昇二郎『原発の闇を歩く』、河野太郎『原発と日本はこうなる』、武田邦彦『原発と日本の核武装』、梅原淳『鉄道の未来学』、近藤正高『新幹線と日本の半世紀』、中村靖彦『日本の食糧が危ない』、神門善久『日本農業への正しい絶望法』、鈴木宣弘『食の戦争』、中野剛志『TPP亡国論』