James Setouchi

2024.10.28

 

  マルクス・ガブリエル『世界史の針が巻き戻るとき』PHP新書 2020年2月

 

1 マルクス・ガブリエル Markus Gabriel 1980年~:ドイツの哲学者。ボン大学教授。著書『なぜ世界は実在しないのか』『「私」は脳ではない』『新実存主義』『神話・狂気・哄笑』(共著)など。(本書の著者紹介から)

 

2 『世界史の針が巻き戻るとき 「新しい実在論」は世界をどう見ているか』

 ボン大学の研究室でのインタビューにより刊行された本。訳者は大野和基。

 学友が「この本が面白い」と紹介してくれたので、買って読んでみた。アマゾンの書評を見ると、現代の危機を脱するためのヒントに満ちた本だという高評価と、単なる雑談本だという低評価とがあった。マルクス・ガブリエルという人は、新進気鋭の哲学者で、「時代の寵児」と呼んでも過言でないほど世界的に注目されている人だ、と「訳者あとがき」にある(228頁)。NHKの教養番組にも出ていた。世界が注目する偉大な哲学者なら、一度くらい講演を聴きに行ってもいい。もしかりにそれが「雑談」めいた話で期待外れに終わったとしても、何かは得られるかも知れない。

 

 「第Ⅰ章 世界史の針が巻き戻るとき」では、世界は19世紀に回帰し始めている、ヨーロッパは崩壊に向かっている、そこでどうするか、という問いを語る。

 

 「第Ⅱ章 なぜ、今、新しい実在論なのか」では、マルクス・ガブリエルの提唱する「新しい実在論」とは何か、新しい哲学が世界の大問題を解決に導くことを語る。

 

 「第Ⅲ章 価値の危機 非人間化、普遍的な価値、ニヒリズム」では、「他者」が生まれるメカニズムを読み解き、(なぜ争いが起きるのか)、価値の闘争は続いている(冷戦は終わっていない)と語る。

 

 「第Ⅳ章  民主主義の危機 コモンセンス、文化的多元性、多様性のパラドックス」では、民主主義の「遅さ」を肯定し、文化的相対性から文化的多元性へと語り、民主主義と多様性のパラドックスを哲学する。

 

 「第Ⅴ章 資本主義の危機 コ・イミュニズム、自己グローバル化、モラル企業」では、グローバル資本主義は国家へ回帰するか、を問い、「モラル企業」が22世紀の政治構造を決めるだろう(資本主義の矛盾を「コ・イミュニズム」が解決する)とし、統計的な世界観から逃れ「グランドセオリー」を構築せよと説く。

 

 「第Ⅵ章 テクノロジーの危機 『人工的な』知能、GAFAへの対抗策、優しい独裁国家日本」では、自然主義(あらゆる現象は機械論的に説明可能とする立場)は最悪の知の病だ、人工的な知能など幻想だ、我々はGAFAにタダ働きさせられている、などと語る。

 

 「第Ⅶ章 表象の危機 ファクト、フェイクニュース、アメリカの病」では、フェイクとファクトの狭間でどうすべきか、イメージ自体を人びとが欲望し始めているのは危機だ、と語る。

 

 「補講 新しい実在論が我々にもたらすもの」で補足する。

 

 印象に残った言葉をいくつか拾うと、(以下、本文そのままではないが、大意を損なわないようにまとめた)

 

・フランシス・フクヤマは歴史にプログラムがあると考えていて、誤りだ。今はニーチェの言う超人ではなく末人の時代だ。学校で子どもにモラル・リアリストとしての思考法を教えるべきだ。(87~94頁)

 

企業には倫理学者が介在し、資本主義を修正すべきだ。この企画を実行すれば収益は上がるがサプラチェーンの末端にいる者は死ぬ、という場合、その可能性を倫理学者が指摘してCEOに提出し、企業は計画をやめるべきだ。この取り組みは既に始まっている。現代は下層の人が多くなった世界だ。製品を生産している企業のせいで何人が餓死するのか、を問うべきだ。倫理的になることで企業は生産性を上げ金儲けもできる。社会のゴール、企業のゴールは、「人間性の向上」であり、収入の増加ではなく、モラルの進歩だ。モラル企業が22世紀の政治構造を決定することになるだろう。(133~144頁)

 

多くのネオリベラルの理論家はポストモダン思想を持っていて「ほら、何でもありだ。これもOKだ」と言う。統計的な世界観は、ポストモダン的だ。モダニティはもともとは非統計的事実をもって機能している。統計的な世界観は、19世紀に誕生し、20世紀に本格的になった。ハイエクがそれで、イギリスを見れば分かるように、誤っている。ネオリベラリズムの呪縛から逃れるためには、ビジネス倫理を変えること、経済に倫理観を取り戻すことだ。(148~150頁)

 

・全ての学問分野は、人間、そして人間の幸福の条件を理解すること、という同じ一つの目標を持つべきだ。エネルギー問題の解決を後回しにして宇宙の構造を調査する必要があるのか。この惑星を破壊したのは物理学者たちだ。哲学者たちは世界に役に立つことを既に始めている。物理学者はそろそろ何か役に立つことをする必要がある。(153~154頁)

 

・統計的な世界観は失敗する。事実の真実、また偽りを考慮していないからだ。(224頁)

 

(十代で読める哲学・倫理学、諸思想)プラトン『饗宴(シンポジオン)』、マルクス・アウレリウス・アントニヌス『自省録』、『新約聖書』、デカルト『方法序説』、カント『永遠平和のために』、ショーペンハウエル『読書について』、ラッセル『幸福論』、サルトル『実存主義はヒューマニズムである』、ヤスパース『哲学入門』、サンデル『これからの「正義」の話をしよう』、三木清『人生論ノート』、和辻哲郎『人間の学としての倫理学』、古在由重『思想とは何か』、今道友信『愛について』、藤沢令夫『ギリシア哲学と現代』、内田樹『寝ながら学べる構造主義』、岩田靖夫『いま哲学とは何か』、加藤尚武『戦争倫理学』、森岡正博『生命観を問いなおす』、岡本裕一朗『いま世界の哲学者が考えていること』などなど。なお、哲学・倫理学は西洋だけではなく東洋にもある。日本にもある。仏典や儒学等のテキストを上に加えたい。『スッタ・ニパータ』、『大パリニッバーナ経』、『正しい白蓮の教え(妙法蓮華経)』、『仏説阿弥陀経』、懐奘『正法眼蔵随聞記』、唯円『歎異抄』、『孟子』、伊藤仁斎『童子問』、内村鑑三『代表的日本人』、新渡戸稲造『武士道』、相良亨『誠実と日本人』、菅野覚明『武士道の逆襲』などはいかがですか。(R3.8.25)