James Setouchi
2024.10.20
内村鑑三『ヨブ記講演』岩波文庫 家の人と話し合ってみよう
内村鑑三は近代日本最大の思想家の一人で、ぜひ知って(読んで)ほしい人の一人だが、誰かが紹介しなければなかなか接しないだろう。(知っている人は知っているので、一度触れさえすれば広大で価値ある世界が広がる。)また旧約聖書『ヨブ記』も、知っている人は知っているのだが、触れない人は触れない。触れても旧約聖書の本文だけではよくわからなかったりする。内村鑑三の『ヨブ記講演』は岩波文庫で安価に買え、読めばぐんぐん引き込まれ、生きることに励ましを得ることが出来る。好著だ。
1 内村鑑三(1861~1930):いわゆる無教会派キリスト者として倫理や日本史で学習する。高崎藩の没落士族で、札幌農学校に学び、渡米し、帰国後「不敬事件」で国賊・非国民と呼ばれ、日露戦争に反対し、聖書を研究し、伝道した。いわゆる無教会派であり、再臨運動も行った。多くの弟子(矢内原忠雄、南原繁などなど)を育てた。もし内村がいなかったら、近現代日本人の精神(思想)は、もっと貧困なものになっていただろう。
2 『ヨブ記講演』:巻末の鈴木範久の解説によれば、1920年(大正9年)に丸の内の聖書研究会で連続の講義を行った。聴衆は毎回数百人を超え、立ち見も出るほどだった。畔上(あぜがみ)賢造が筆記し、『聖書之研究』に発表。1922年(大正11年)に刊行されたが関東大震災に遭い紙型を消失。1925年(大正14年)に別の書房から刊行された。この時内村は64歳。1930年に69歳で亡くなっているので、内村後期(晩年)の仕事であり、内村が生涯を振り返り実体験に基づき心眼でもって旧約聖書『ヨブ記』を読み抜いた、魂の記録と言ってよい。内容・文体ともに極めて迫力がある。いくつか紹介する。
・『ヨブ記』は旧約聖書が歴史、教訓、預言とあるうち、教訓部の第一に置かれている。一個人の神霊を以てする啓示である。(8頁)
・ヨブはイスラエルから見て異邦人であり沙漠の民である。神は異邦人にも姿を現わす。(9~10頁)
・『ヨブ記』は単なる虚構ではなく、作者がこれに似た実体験があってその上で書いているはずだ。(12頁)
・ヨブは神の前に正しい人だったが、神の意志により、苦難に遭う(21頁)。家畜、僕、子女、自身の健康、妻を失う(28頁)。苦しむヨブ。
そこに三人の友が来訪する。年長者エリパズ、若き神学者ビルダデ、最年少のゾバルだ。彼らは当時の観念に従って、「神に従う者は幸福になる。今幸福でないヨブは、必ずや隠れたところで罪を犯しているに違いない」と先入観を以て臆断し、ヨブを責める。友にまで捨てられたヨブは、苦しみの中で呻きながら答える。(28~123頁)
その中で、ヨブはついに一つの見方に達する。友は自分を理解しない。後世の人に期待することもない。「我の弁護者、我の証者、我の友は今天に在り」(140頁)。ヨブ記19章には、(1)贖う者は神である、(2)この贖う者が地上に現われる日が来る、(3)人は神を見る眼を与えられて神を直視しうる、という思想がある。すなわち、キリストの神性、キリストの再臨、信者の復活と復活後に神を見ることが語られている(141頁)。
・ここで終わってもよいのだが、ヨブ記はさらに続き、「愛」を語る(154頁)。
・神が直接ヨブに語りかける。ヨブは全く救われ、その疑問は氷解する。(155~185頁)
・内村は連続講演の途中で体調を崩したので、19章以降は駆け足で解説して終わっている。
・何も悪いことをしていないのになぜこのような苦しみに遭うのか? この問いは誰でも持つ問いだろう。ヨブはこれを問い、一つの答えに達した。内村も生涯において苦難の連続だった。『ヨブ記』を自らの実体験を感情移入しながら読み抜き、この講演を行った。聴衆は多く涙を拭ったと言う(209頁)。(R5.4.30)
*「神自ら人と共にいて、彼らの涙をことごとく拭い給う、もはや死もなく悲しみもなく叫びも苦しみもない、古いものは既に消え去ったからである」というのはヨハネ黙示録21-3~4に出てくる。大江健三郎はこの言葉をもじって『みずから我が涙をぬぐいたまう日』という小説を書いた。R6.10.20
(十代で読める哲学・倫理学、諸思想)プラトン『饗宴(シンポジオン)』、並木・奥泉『旧約聖書が分かる本』、内村鑑三『ヨブ記講演』、マルクス・アウレリウス・アントニヌス『自省録』、『新約聖書』、デカルト『方法序説』、カント『永遠平和のために』、ショーペンハウエル『読書について』、ラッセル『幸福論』、サルトル『実存主義はヒューマニズムである』、ヤスパース『哲学入門』、サンデル『これからの「正義」の話をしよう』、三木清『人生論ノート』、和辻哲郎『人間の学としての倫理学』、古在由重『思想とは何か』、今道友信『愛について』、藤沢令夫『ギリシア哲学と現代』、内田樹『寝ながら学べる構造主義』、千葉雅也『現代思想入門』、岩田靖夫『いま哲学とは何か』、加藤尚武『戦争倫理学』、森岡正博『生命観を問いなおす』、岡本裕一朗『いま世界の哲学者が考えていること』などなど。なお、哲学・倫理学は西洋だけではなく東洋にもある。日本にもある。仏典や儒学等のテキストを上に加えたい。『スッタ・ニパータ』、『大パリニッバーナ経』、『正しい白蓮の教え(妙法蓮華経)』、『仏説阿弥陀経』、懐奘『正法眼蔵随聞記』、唯円『歎異抄』、『孟子』、伊藤仁斎『童子問』、内村鑑三『代表的日本人』、新渡戸稲造『武士道』、相良亨『誠実と日本人』、菅野覚明『武士道の逆襲』などはいかがですか。