James Setouchi
2024.10.20
赤江達也『矢内原忠雄 戦争と知識人の使命』岩波新書2017年
1 著者 赤江達也
1973年岡山県生まれ。専門は社会学。2017年現在台湾国立高尾第一科技大学助理教授。著書『「紙上の教会」と日本近代―無教会キリスト教の歴史社会学』など。(岩波新書の著者紹介から)
2 目次
はじめに 預言者の肖像/1 無教会キリスト者の誕生―1910年代/2 植民政策学者の理想―1920~30年代/3 東京帝大教授の伝道―1930年代の危機と召命/4 戦争の時代と非戦の預言者―1937~45年/5 キリスト教知識人の戦後啓蒙―1945~61年/おわりに 「神の国」の日本近代/あとがき
3 内容
矢内原忠雄の評伝。矢内原は、内村鑑三の無教会主義の継承者であり、戦時中弾圧されたが戦後東大総長となり戦後の新日本の灯をともした知識人の代表として理解されることが多い。
が、本書では、矢内原は、「良心的知識人」のイメージに収まりきらない過剰さを持った人であり、自らを「『神の国』の到来を国民に告げる預言者だと考えていた」という視点で描いている。
矢内原は1893年に愛媛県今治市松木(当時富田村松木)に生まれた。医者の子だ。父は儒学を重んじた。地元小学校ののち神戸中学、一高、東京帝大に学び、新渡戸稲造、内村鑑三の感化を受ける。住友勤務をて東京帝大経済学部助教授になる。
専門は植民地政策学。従属主義、同化主義ではなく自主主義の立場の植民政策を唱えた(64頁)。「台湾」という想像的な共同性とその発展の可能性を示唆した(75頁)。
帝大聖書研究会を創設、内村や藤井武の死後は、自由が丘の自宅で家庭集会を開き(107頁)、帝大聖書研究会を公開講演会に再編(118頁)。
1937(昭和12)年いわゆる矢内原事件で辞職に追い込まれた後は、家庭集会と個人雑誌『嘉信』で伝道を続ける。軍国主義ファシズムの時代に「神国=日本」(157頁)、国体論的ナショナリズム(230頁)が語られる中で、預言者的(149頁)・キリスト教ナショナリズムで対抗(158頁)。昭和研究会の新体制運動に対しても、いわゆる全体主義に対抗しうる「キリスト教全体主義」を語る(161頁)。
戦後は平和国家の理想を語り(194頁)、「真理」に服従する「人格」を備えた「個人」が形成されるべきだとする(195頁)。東大総長となり公共的知識人としての役割を期待されたが、同時に自身は預言者として「神の言葉」を語ることが使命だと考えていた(226頁)。矢内原は救いの共同性を重視し日本民族(国民)の救済を目標とした(234頁)。
ここで疑問。内村鑑三にも「二つのJ」(JesusとJapan)があり、ナショナリストの面があると同時に、ナショナルなものから離れて神に直接結びつく面があり、振幅がある。同じように、矢内原にも、ナショナリストの面と、ナショナルなものから離れて神に直接結びつく面があったのではないか? との疑問を持った。救いは必ず共同体において成し遂げられるのか? むしろ、共同体からはじかれた者に神が侵入することも多いのではないか? という問いだ。
R4.3.27
(内村鑑三の影響を受けた人々)小山内薫、志賀直哉、有島武郎らを除いても、前田多門、鶴見祐輔、塚本虎二、藤井武、黒崎幸吉、黒木三次、川西實三、三谷隆正(一高教授)、森戸辰男、江原萬里、高木八尺、矢内原忠雄、三谷隆信(官僚。三島由紀夫『仮面の告白』の草野と園子のモデルは、三谷隆信の子どもたちだと言われる)、金澤常雄ら多数。さらに、天野貞祐(文部大臣)、小西芳之介(恵心流キリスト教)、手島郁郎(キリストの幕屋)などなど