James Setouchi

2024.10.20

 

『邪宗門』高橋和己(たかはしかずみ) 朝日文芸文庫 

 

 この本は日本近現代文学の傑作の一つだ。大変深い奥行きがあり、考えさせる小説だ。私はこれを明快に論ずるだけの力が現在ない。だが、こういう傑作があり高橋和巳というすぐれた作家・文学者がいたということを知ってほしい。

 

*高橋和巳:1931年大阪生まれ。京都大学文学部卒。中国文学専攻。67年京大助教授となり、69年の京大闘争で全共闘支持を表明。71年闘病の末に死去。享年(きょうねん)40。主な作品に、『李商隠(りしょういん)』『悲の器』(文藝賞受賞)『捨子物語』『憂鬱(ゆううつ)なる党派』『邪宗門(じゃしゅうもん)』『散華(さんげ)』『堕落(だらく)』『我が心は石にあらず』『日本の悪霊』『わが解体』など。(文庫カバーの作者紹介から。)

 

*『邪宗門』:たとえ天国の眼前にあろうとも、一人の餓鬼畜生道(がきちくしょうどう)の徒(と)あるかぎり、我らは昇天せじ・・・現世で世直しは可能なのか。ありうべき世を求めて権力と対峙(たいじ)した新興宗教団体“ひのもと救霊会”の誕生から壊滅に至るまでの歴史と夢幻(むげん)の花をこの世に求めて苦闘した人々を描いた壮大な叙事詩(じょじし)。(文庫カバーの作品紹介から。)1965~66年に『朝日ジャーナル』に連載した。

 

*「この本は宗教を研究する者にとって強く関心をそそられずにはいられない内容が鏤(ちりば)められている。

 第一に、大本教(おおもときょう)をモデルとしたと想定される宗教教団の闘争と葛藤(かっとう)が描かれていること。

 第二に、そこに著者の世界拒否と終末論的な思想が濃厚に反映していること。

 第三に、国家権力に抵抗する思想と勢力の可能性とその挫折(ざせつ)をなまなましく描いていること。

 第四に、労働運動などの社会運動と宗教運動との連係と断層を描いていること。

 第五に、宗教教義とテロリズムや暴力との関係が描かれていて、・・・(以下略)。」(鎌田東二『霊性の文学 言霊(ことだま)の力』角川文庫p.84)

 

*  登場人物:

行徳まさ:ひのもと救霊会(以下、教団とのみ記す)の開祖。

行徳仁二郎:教団の教主。教団を大きくした。弾圧(だんあつ)され獄死(ごくし)。

千葉潔:どこからか現れた少年。教団に拾われ、やがて教団を左右するキーパーソンになっていく。彼は能動的ニヒリストとも言うべき深刻なキャラクターである。

行徳阿礼:教主・仁二三郎の娘。激しい性格。

行徳阿貴:阿礼の妹。穏やかな性格。

小窪文平:教団から分裂し戦争協力をする皇国救世軍の中心人物。

植田文麿:もと陸軍将校。教団の重要人物となり戦後GHQにゲリラ戦を挑む。

 

*こうして登場人物を見るだけでも、ハードな内容を扱った作品だとわかる。時代は昭和初期から戦後、最後は教団はGHQを相手に武装蜂起し潰滅(かいめつ)する。この作品は宗教・テロ・国家など巨大なテーマを扱っており、ドストエフスキー『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』に比すべき大作なのだ。(近代日本の貧病争の苦しみから出てきた教団であり都市型の「新新宗教」とはやや違うとはいうものの、)20世紀末~21世紀初頭の宗教テロ事件を経た我々には、現代を予言した小説とも読める。

 

 なお、しばしば「大本教(おおもときょう)にヒントを得た」と評されるが、ひのもと救霊会はあくまでも高橋和巳の作り出した架空の教団であり、大本教とは別のものである。大本教に偏見を持ってはいけないので念のために記しておく。

                                (H22.9)

 

*大本教:出口なお、出口王仁三郎が作った神道系教団。戦前に多くの信者を有した。秋山真之(海軍軍人)、植芝盛平(合気道)なども一時身を寄せていた。国家神道から2度の弾圧を受けた。戦後の神道系各教団の祖となった。綾部と亀岡に拠点がある。