James Setouchi
2024.10.12
サンドラ・ヘフェリン『体育会系 日本を蝕む病』光文社新書2020年2月
1 サンドラ・ヘフェリン(1975~):ミュンヘン出身。日本歴22年。日独ハーフ。「ハーフはナニジン?」「ハーフとバイリンガル教育」「ハーフと日本のイジメ問題」など「多文化共生」をテーマに執筆活動をしている。著書『ハーフが美人なんて妄想ですから!!』『満員電車は観光地!?』『爆笑!クールジャパン』など。HP「ハーフを考えよう!」(本の著者紹介などから)
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書名から「体育会系」を批判したスポーツ論の本に見えるが、それだけではない。ドイツと日本の社会、価値観を比較した本(日本文化論、日本社会論、つまり日本人の生き方を考えさせる本)だ。自分の経験や見聞から一面的に書いていて反論したくなるところもあるが、よくよく見ると考えさせられる。題名については、「健康や命のリスクを伴い、合理的に考えると全く理解不能なことが、ニッポンの学校や会社ではごく普通に行われ、『日常化』してしまっています。なぜこうした事態が長年にわたって放置され続けるのか。私はその原因を『体育会系的思考』と名付けます。」(5頁)とのことだ。
日本はすでに高度経済成長期ではない。バブルが崩壊して三十年が経つ。今の若い人はそれより後に生まれている。では、これからの日本は(日本社会は、そこで生きる人は)、どうすればよいのか。過去の成功体験で生かせることもあろうが、変わるべきところもあるだろう。総GDPは(人口が多いので足し算すれば)世界3位~4位でも、一人あたりGDPの順位は今や低い。女性の地位は世界と比べ非常に低い。非正規雇用が増え、会社がつぶれ、階層分化が固定化し、それでも自己責任論が蔓延して弱者をたたく風潮が絶えない。すでに大国ではない日本(日本社会、そこに生きる人々)は、これからどうすればいいのか? この問題意識を持ち、例えば成熟社会ヨーロッパ(特にドイツ)の何を取り入れることができるのか? という切実な問いを持って読むならば、この本はさらなる問題意識とヒントを提供してくれるだろう。
例えば、
(1) 組体操(ピラミッド)は児童に「やりたい?」と意思確認しないまま命の危険を伴う実践に駆り出す。私が親なら絶叫する。(20~21頁)大人が趣味として公民館でピラミッドをやるのならいいが、自分より立場の弱い人(子供たち)に苦労を強いて感動するのはおかしい。(24頁)
(2)「皆勤賞」もおかしい。(34頁)
(3)「全員に同じものを与えるのではなく、全員が同様に幸せになれるように工夫して、それぞれに合わせたものを与えることが真の平等です。」(49頁)
(4)日本の部活は学校の中で行われるので、逃げ場がなく、追い詰められて不登校になる子もいる。ドイツの学校にも部活はあるが入る生徒が少なくマイナー。スポーツは地域のクラブでやる。(58~59頁)部活は「思い詰める大人」を作り出す土台になっている。(61頁)(JS注;部活動が居場所や生きがいになることもある、と付言しておく。勝利至上主義は弊害があるし、プロ養成の下請けも弊害があるが。)
(5)ドイツのスポーツでは全員対等。相手が政治家だろうが医者だろうが社会的地位を気にせず「du」(JS注、「あなた」ではなく「君」ほどの意味)で呼び合う。(64~65頁)日本のスポーツで体罰が根付いた原因には60年代の「東洋の魔女」とそれに続く昭和の「スポ根」がある。(65~66頁)(JS注:私も「スポ根」世代だが…)
(6)自己責任論は政府の思う壺だ。(71~75頁)不幸の真犯人である組織(会社や国の制度)を批判せず「弱い個人」をバッシングしたがるのはおかしい。(76~77頁)
(7)ブラックな職場に気をつけろ。美人が多い会社、「情熱」「野心」など体育会的な標語が多い会社、叫び声の大きい会社など。ドイツでは「ビッテシェーーーン!!」と叫んだりしない。(81~98頁)
(8)技能実習生も大事にされていない。(100~194頁)トヨタや電通などでもパワハラ自殺があった。(106~108頁)イケイケどんどんの時代は終わり、「一個人としての生き方」が見つめられるようになった。会社の外で自分の居場所が見つけられることが大切だ。(116~117頁)
(9)世界の男女平等ランキングで、2019年、153国中ドイツは10位、日本は121位。(126頁)日本のビジネスや政界は男社会だ。(127頁)かつ「雑用」「家事」は女性の仕事とされ、「自然分娩&母乳」の教えが女性を追い詰める。(128~138頁)ニッポンのお母さんは「寝なさ過ぎ」。(142頁)PTA活動のために働く女性は苦しい立場に立たされている。(150頁)ヒール付きの靴の強制や「メガネ禁止」もおかしい。(158~166頁)日本で今専業主婦願望の女性が多いのは、バーンアウトの結果ではないか?(173~176頁)
(10)このような体育会系思考がまかり通る限り、外国人は日本の会社から逃げていく。(第4章)
(11)「ゆとり世代」「さとり世代」をたたくのもおかしい。「甘やかされて育ったからいけない」と言う人があるが、誤りだ。児童虐待をする大人を調べると、甘やかされて育ったのではなく、虐待されて育っている。「苦労は買ってでもしろ」に騙されてはいけない。日本にはブラックな考えが蔓延している。(第5章)
(12)最後に少し「体育会系」のいいところも(限定付きだが)書いてある。(第6章)
あなたは、どう考えますか? 友人や家族と話し合ってみたら面白いでしょう。
暉峻淑子(てるおかいつこ)『豊かさとは何か』『豊かさの条件』、また熊谷徹『びっくり先進国ドイツ』などとも読み比べてみましょう。 R2.4.19
(スポーツ関係。フィクションも含む。)『その運動、体を壊します』(田中喜代次)、『スポーツとは何か』(玉木正之)、『近代スポーツの誕生』(松井良明)、『オフサイドはなぜ反則か』(中村敏雄)、『変貌する英国パブリック・スクール スポーツ教育から見た現在』(鈴木秀人)、『日本のスポーツはあぶない』(佐保豊)、『スポーツは体にわるい』(加藤邦彦)、『アマチュアスポーツも金次第』(生島淳)、『文武両道、日本になし』(キーナート)、『スポーツは「良い子」を育てるか』(永井洋一)、『路上のストライカー』(マイケル・ウィリアムズ)、『延長18回終わらず』(田沢拓也)、『強うなるんじゃ!』(蔦文也)、『巨人軍に葬られた男たち』(織田淳太郎)、『海を越えた挑戦者たち』『和をもって日本となす』(R・ホワイティング)、『偏差値70からの甲子園』(松永多佳倫)、『殴られて野球はうまくなる!?』(元永知宏)、『「東洋の魔女」論』(新雅文)、『相撲の歴史』(新田一郎)、『力道山の真実』(大下英治)、『わが柔道』(木村政彦)、『アントニオ猪木自伝』(猪木寛至)、『大山倍達正伝』(小島・塚本)、『武産合気』(高橋英雄)、『氣の威力』(藤平光一)、『秘伝少林寺拳法』(宗道臣)、『オリンピックに奪われた命 円谷幸吉、三十年目の新証言』(橋本克彦)、『タスキメシ』(額賀澪)、『オン・ザ・ライン』(朽木祥)、『がんばっていきまっしょい』(敷村良子)、『オリンポスの果実』(田中英光)、『敗れざる者たち』(沢木耕太郎)、『古代オリンピック』(桜井・橋場他)、『オリンピックと商業主義』『東京オリンピック』(小川勝)、『学問としてのオリンピック』(橋場弦他)
(国際)ムルアカ『中国が喰いモノにするアフリカを日本が救う』(アフリカと中国と日本)、勝俣誠『新・現代アフリカ入門 人々が変える大陸』(2013年現在の政治経済)、中村安希『インパラの朝』(中央アジアやアフリカ)、中村哲『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る アフガンとの約束』、パワー『コーランには本当は何が書かれていたか』、マコーミック『マララ』、サラミ『イラン人は面白すぎる!』、中牧弘允『カレンダーから世界を見る』、杉本昭男『インドで「暮らす、働く、結婚する」』、アキ・ロバーツ『アメリカの大学の裏側』、佐藤信行『ドナルド・トランプ』、高橋和夫『イランVSトランプ』、堤未夏『(株)貧困大国アメリカ』、トッド『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』、熊谷徹『びっくり先進国ドイツ』、ヘフェリン『体育会系 日本を蝕む病』、暉峻淑子『豊かさとは何か』、竹下節子『アメリカに「no」と言える国』、池上俊一『パスタでたどるイタリア史』、多和田葉子『エクソフォニー』、田村耕太郎『君は、こんなワクワクする世界を見ずに死ねるか!』、伊勢崎賢治『日本人は人を殺しに行くのか』、高橋哲哉『沖縄の米軍基地』、岩下明裕『北方領土・竹島・尖閣、これが解決策』、東野真『緒方貞子 難民支援の現場から』、野村進『コリアン世界の旅』、明石康『国際連合』、石田雄『平和の政治学』、辺見庸『もの食う人びと』、施光恒『英語化は愚民化』、ロジャース『日本への警告』