James Setouchi

2024.10.1

    本郷和人『日本史のツボ』文春新書 2018年1月

 

1 著者:本郷和人

 1960年生まれ。東大史料編纂所教授。日本中世史が専門。著書『新・中世王権論』『戦いの日本史』『現代語訳 吾妻鏡』など。(新書の著者紹介から)

 

2 目次

 第1回 天皇を知れば日本史がわかる/第2回 宗教を知れば日本史がわかる/第3回 土地を知れば日本史がわかる/第4回 軍事を知れば日本史がわかる/第5回 地域を知れば日本史がわかる/第6回 女性を知れば日本史がわかる/第7回 経済を知れば日本史がわかる

(この通り、七つの視点から日本史を通史としてとらえた。語り口調は平易。但し内容はかなり高度。)

 

3 いくつか参考になるかも知れない点

(1)「天皇を知れば…」:今日の天皇についての「日本の安寧を祈る神官」「雅な宮廷文化の主宰者」というイメージは、もともとの天皇の本質というよりも、「王」としての権力を大幅に削がれた天皇家が、残された役割を洗練させたことによって形成されたと考えるべき(14頁)。朝廷と幕府、天皇と将軍の力関係が逆転したのは承久の乱(28頁)。学会主流の「権門体制論」には距離を置く。「職の体系」には頼らない土地システムを作り上げるのは戦国時代(34頁)。明治維新では、力をつけてきた庶民の側が天皇を「再発見」した(38頁)。日本が『外圧』による危機に晒された時、新しい「ヴィジョン」を掲げる。それが日本の歴史における天皇の役割だといえるかもしれない(39頁)。

 

(2)「宗教を知れば…」:神道と仏教は並行して、どちらも天皇家によって、形成され受容された(45頁)。天皇家では神道と仏教のどちらが重視されてきたか。これは間違いなく仏教(46頁)。学会主流の権門体制論では、「鎌倉新仏教は天台・真言の一部に過ぎない、もしくは異端に過ぎない」とされる。しかし、筆者はいくつかの点で、鎌倉新仏教は革新的だったと考える(55頁)。民衆がいわば自前の救済を求めた…浄土宗は…平等を与えてくれるものだ、と『平家物語』の熊谷直実は考えた(57頁)。また、執権北条時頼の師は極楽寺重時。時頼と重時の師は、法然の孫弟子の信瑞(しんずい)。人々の救済を重視する浄土宗の思想が背景にあって、時頼は「撫民」を言い出した(58頁)。

 

(3)「土地を知れば…」:ヘーゲルは「自由」とは「所有」であると書いている。土地の歴史をみると、…日本社会の内在的な発展として、「所有」や「自由」が確立してきたことが分かる(91頁)。

 

(4)「軍事を知れば…」:陸軍参謀本部の兵力算定の公式は、「領地百石あたり三人の兵」。すると、富士川の合戦や川中島の合戦の兵力数は水増しされていて、実数ではない(99~100頁)。応仁の乱の構図は、室町幕府を事実上支配していた細川家(東軍)と、山名・大内・土岐(西軍)の戦いであり、結果として細川家の支配は揺らいでいないので、東軍の勝利(106~107頁)。

 

(5)「地域を知れば…」:関東と関西はかなり別々の歴史を歩いた(118頁)。「関東」とは愛発・鈴鹿・不破の関の東の意味で、その関から西は「関西」ではなく「中央」(120頁)。古代朝廷には、近畿~瀬戸内海~北九州に至るエリアが、「自分の国だ」と実感できるゾーンだった(121頁)。平清盛(京都生まれ)にとって伊豆はとんでもない僻地だったから源頼朝を伊豆に流した(132頁)。頼朝は上洛せず三浦、上総、千葉氏という関東の有力武士とともにいた。三代実朝は京の文化にかぶれたから関東の武士の支持を失った(133頁)。足利尊氏は鎌倉生まれだが、流通と貨幣経済への対応のため京都にこだわった(136頁)。細川頼之は室町幕府のテリトリーをダウンサイジングした。大内と今川はその両端に位置した(138頁)。守護大名から戦国大名に成長したのは、ほとんどが室町幕府のテリトリーの外側の大名と大内と今川だ(141ペ)。豊臣政権は西(ひいては大陸)を向いていたが、徳川家康は江戸と京・大坂を結び内需拡大路線を取った(147頁)。

 

(6)「女性を知れば…」:近世以前の日本社会でも女性の地位は低くなかった(152頁)。エマニュエル・トッドは、核家族→直系家族→共同体家族と変遷したと述べる(153~155頁)。日本は天皇家男性と藤原氏女性による「万世二系」とも言われる(162頁)。鎌倉将軍家の外戚・北条氏や、足利将軍家の外戚・日野氏など、外戚が世襲するのが日本の特徴(162頁)。

 

(7)「経済を知れば…」:日本最古の通貨は、大量に出回ったという観点からは、平清盛が輸入した宋の銅銭(201頁)。清盛は交易の拠点である博多・厳島神社・福原(神戸)を重視した(199~200頁)。鎌倉武士の年収はざっと二千万円。中級貴族はその十倍くらいか(204頁)。

 

(歴史関係)桜井・橋場『古代オリンピック』、橋場弦『民主主義の源流』、小川英雄『ローマ帝国の神々』、弓削達『ローマはなぜ滅んだか』、高橋保行『ギリシア正教』、浜本隆志『バレンタインデーの秘密』、葛野浩昭『サンタクロースの大旅行』、大沢武男『ユダヤ人とドイツ』・『ヒトラーの側近たち』、小杉泰『イスラームとは何か』、カーラ・パワー『「コーラン」には本当は何が書かれていたか?』、桜井啓子『シーア派』、宮田律『イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか』、勝俣誠『新・現代アフリカ入門』、加地伸行『「史記」再読』、陳舜臣『儒教三千年』、島田虔次『朱子学と陽明学』、宮崎市貞『科挙』、吉田孝『日本の誕生』、菅野覚明『武士道の逆襲』、藤田達生『秀吉と戦国大名』、渡辺京二『日本近世の起源』、小池喜明『葉隠』、一坂太郎『吉田松陰』、半沢英一『雲の先の修羅』、色川大吉『近代日本の戦争』、服部龍二『広田弘毅』、阿利莫二『ルソン戦-死の谷』、共同通信社社会部『沈黙のファイル』、高橋哲哉『靖国問題』、田中彰『小国主義』、中島・西部『パール判決を問い直す』、古川愛哲『教科書には載らない日本史の秘密』『「坊っちゃん」と日露戦争』、本郷和人『日本史のツボ』(H30.11)