James Setouchi

2024.10.1

 

 内田樹『街場の天皇論』文春文庫(単行本2017年東洋経済新報社)

 

1 著者 内田樹(たつる)

 1950年東京生まれ。東大文学部仏文科卒。都立大大学院に学ぶ。神戸女学院大名誉教授。専門はフランス現代思想、映画論、武道論。著書『ためらいの倫理学』『下流志向』『寝ながら学べる構造主義』『日本辺境論』『街場の戦争論』『街場の憂国論』『街場の天皇論』など多数。合気道の達人でもある。(文春文庫の文庫カバーの著者紹介などによる。)

 

2 『街場の天皇論』

 2017年に東洋経済新報社から出た本。2020年12月に文春文庫。2008年~2017年にブログや新聞、雑誌などに発表した文章を中心に再構成した本。「Ⅰ 死者を背負った共苦の『象徴』」「Ⅱ 憲法と民主主義と愛国心」「Ⅲ 物語性と身体性」を軸とし、「海民と天皇」「『日本的状況を見くびらない』ということ」「<インタビュー>『天皇主義者』宣言について聞くー統治のための擬制と犠牲」などを収める。いくつか紹介する。

 

 平成天皇陛下の2016年8月8日の「おことば」を真摯に読むと、天皇陛下ご自身のお考えになる、天皇陛下の為すべき国事行為とは、ひろく死者を悼み、苦しむ者の傍らに寄り添う、すなわち「鎮魂」と「慰霊」である、と理解できる(15頁)。また、2016年12月の平成天皇陛下の「おことば」は、「先の大戦で命を落とした多くのフィリピン人、日本人の犠牲の上に」と「フィリピン人」を「日本人」の先に置いた陛下の気遣いがある(45頁)。死んだ人、傷ついた人と「共苦」する営みが、現代の天皇の引き受けるべき霊的な責務であると、一歩歩踏み込んで明らかにした点に、今回の「おことば」の歴史的意義がある(46頁)。戦前は軍部が「統帥権」を掲げて、帷幄上奏県を独占する軍人たちが内閣や議会の上に立った。そのせいで日本は悲惨な敗戦を経験した。平成天皇陛下の退位の理由をよく読むと、天皇の本務とは、「傷つき苦しむ国民を慰藉すること、敵も味方も含めて先の大戦の戦没者の霊を弔うこと」の2点である、との平成天皇陛下の信念が語られている(60頁)。

 

 かつては、貧しくはあるが生活者としての知恵と自己規律を備えていた「大衆」なるものが、バブル経済の予兆の中でしだいに変容し、ついには物欲と自己肥大で膨れ上がった奇怪なマッスに変貌してしまった(76頁)。吉本隆明の「大衆論」に私(内田)はリアリティを感じられなくなった(76頁)。かつての吉本は、大衆がその固有の生活実感に基づいて語る言葉が政治的たりうる、知識人よりも優位に立つ可能性を持っている、と吉本は言い切り、その言葉は説得力を持った(77頁)。

 

 陸軍の長州閥は1922年の山縣有朋の死で後ろ盾を失い、1929年の田中義一の死で途絶えた。その空白に、統制派・皇道派の派閥争いが生じた。荒木貞夫は一橋家の出、永田鉄山は信州諏訪、東条英機と板垣征四郎は盛岡、石原莞爾は庄内など、陸軍のエリートは、長州藩閥ではなかった(99頁)。彼らは統帥権という擬制によって、軍内部の人事異動というパワーゲームに勝ちさえすれば国政を左右できた。このシステムが国を滅ぼした(100頁)。

 

 源平の合戦は、東国の、騎乗と騎射に長じた人びとと、西国の、海民的構想(大輪田泊を拠点に東シナ海全域に広がる一大海洋王国を構想)を持った人びととの、戦いだった(184頁)。網野善彦によれば、日本には古来「陸の国」と「海の国」の二つの構想があった(192頁)。「無縁」にいる「海民」は天皇と結びついた(196頁)。

 

 他にも示唆的な言及が多い。皆さんは、どうお考えになりますか。(ページをめくりながら勉強の励みにされてはどうですか。) 

                                      

                                                                                      (R3.8.2)

 

(日本史)吉田孝『日本の誕生』、菅野覚明『武士道の逆襲』、藤田達生『秀吉と戦国大名』、渡辺京二『日本近世の起源』、小池喜明『葉隠』、一坂太郎『吉田松陰』、半沢英一『雲の先の修羅』、色川大吉『近代日本の戦争』、服部龍二『広田弘毅』、半藤一利『ノモンハンの夏』『ソ連が満洲に侵攻した夏』、阿利莫二『ルソン戦-死の谷』、鴻上尚史『不死身の特攻兵』、共同通信社社会部『沈黙のファイル』、高橋哲哉『靖国問題』、田中彰『小国主義』、中島・西部『パール判決を問い直す』、古川愛哲『教科書には載らない日本史の秘密』『「坊っちゃん」と日露戦争』、本郷和人『日本史のツボ』、保阪正康『天皇が十九人いた』