James Setouchi

2024.10.1

 

『雲の先の修羅 『坂の上の雲』批判』半沢英一 東信堂2009

 

(内容紹介)

「第5章 空想歴史小説『坂の上の雲』」では、次の諸点を明らかにする。

 

・日清戦争開始時における朝鮮王宮占領事件、旅順虐殺、北清事変における日本軍の略奪行為、朝鮮王妃殺害事件などについて、司馬氏は意識的にか無意識的にか小説では沈黙している。

・伊藤博文がロシアとの交渉に携えていった満韓交換論について、司馬氏は曲筆している。このことを書くと、「日露戦争が祖国防衛戦争だった」という小説の根本が怪しくなるから。

・ネルーの帝国主義日本批判などについても司馬氏は半ば意図的な不勉強を行っている。

 

「第6章 他の戦争歴史文学との比較」では、陳舜臣『江は流れずー小説日清戦争』ヘロドトス『歴史』トルストイ『戦争と平和』との比較を行っている。

 

(著者紹介)

半沢英一:金沢大学准教授。専門は数学。論文「ステファン問題の古典解」「シュヴァルツ超関数の理念の一般化」「数学と冤罪―弘前事件における確率論誤用の解析」「聖徳太子法皇倭王論」などなど。

 

(コメント)

 『坂の上の雲』は面白い。但し、あくまでも小説やドラマ、すなわちフィクションでしかない。これを歴史そのものと勘違いしてはいけない。

 付言ながら、満韓交換論で解決する道があった(注1)。日露戦争は避けられた(不可避ではなかった)。外交交渉で解決でき避けられたはずの日露戦争をわざわざ行い、たくさんの人を死に追いやったのである。

 いや、そもそも、日露戦争は祖国防衛戦争ではなく大陸分割のための戦争であり、日露のはざまで右往左往した朝鮮半島・大陸の人々が沢山いたはずである。小説はこのことについて言及(げんきゅう)が弱い。

 テレビドラマでは、原作小説の持つこれらの問題点(偏り)をどうカバーするか、NHKの見識と手腕に期待したい。我々としてはしっかり歴史の勉強をして、フィクションと歴史との混同を起こさないようにしないといけない。 

(注1)千葉功『旧外交の形成』勁草書房2008年p.146       (H22.1)