James Setouchi
2024.10.1
「『坊っちゃん』と日露戦争 もうひとつの『坂の上の雲』」
古川愛哲著 徳間文庫
著者:古川愛哲(1949~)『坂本龍馬を英雄にした男大久保一翁』『江戸の歴史は隠れキリシタンによって作られた』『九代将軍は女だった!』などの著作がある。
内容:「『坊っちゃん』は『坂の上の雲』への批判だった」「日露戦争の捕虜神話」「『平和』という言葉は日清戦争をめぐって生まれた」「教科書とは違う江華島事件」「秋山真之と大学予備門」「過労死・自殺・閉塞感」「ジャーナリスト夏目漱石の苦悩」などなど、明治の戦争や漱石をめぐるエピソードが並んでいる。学問的な本ではないが、視点は案外鋭く、まっとうだ。わかりやすい文章で綴(つづ)られているため、読みやすい。世間の「常識」とされていることがらに対し「本当かしら」と問題意識を持ち勉強を始めるための入門書としてはよいのではないか。以下、いくつかの話を紹介する。
「『坊っちゃん』は『坂の上の雲』への批判だった」:坊っちゃんは江戸っ子、山嵐は会津、江戸も会津も薩長に占領された。赤シャツは長州藩と日の丸の象徴、狸校長は薩摩を連想させる。うらなりは元松山藩士で、薩長(官軍)に占領され借金まみれとなった松山そのものだ。『坊っちゃん』は幕末の戊辰(ぼしん)戦争から日露戦争までの明治社会への批判を込めた小説だ(p.9~p.12)。
「ベストセラー福沢諭吉『学問のすすめ』と小学校の意外な素顔」:明治に全国に作られた小学校では「兵式体操」を導入し、兵士としての集団行動を訓練した。そこで育った若者が徴兵年齢の二十代に達し、日清・日露戦争に参加した(p.34)。福沢諭吉の『学問のすすめ』は、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず・・」のせりふで大ベストセラーになったが、明治13年には文部省によって危険書物として指定され、各県を通じて配布したものも回収された(p.36)。
「忘れられた日清戦争『旅順虐殺』事件」:日清戦争の旅順攻撃の将軍は乃木希典(のぎまれすけ)少将だ。たくさんの市民を虐殺した。ニューヨーク『ワールド』やイギリスの『ザ・グラフィック』や『東京日々』が報道した。砲兵軍曹片柳鯉之助の『遠征日誌』や第一師団窪田仲蔵の日記にも記録されている。清国守備兵の大部分は脱出しており、多くの市民(非戦闘員)が殺された。日本政府は弁解に努めた(p.81~p.84)。
「過労死・自殺・閉塞感」:日露戦争当時、軍需工場では過酷な労働が強いられた。呉海軍工廠の職工一同の睡眠時間はわずか三時間。二週間働きづめで、過労死する人もあった。神経も衰え、作業機械に当たり即死、帰宅しても湯船で死亡、船から海中に落下して死亡などの事件が続いた。東京砲兵工廠では大爆発があり職場工数十名が死傷。また一万六千人のうち3分の1以上が発病や負傷をしたと言う(p.241~p.244)。
「『日比谷焼き討ち事件』はガス抜きの驚愕」:日露戦争後の日比谷焼き討ち事件は、実に秩序正しい焼き討ちで、類焼が少ない。沈着機敏な指揮者が焼き討ちを実行した。襲撃された国民新聞社は輪転機は壊されず、翌日には暴徒の記事が載ったので、事前に襲撃を知っていたのではないか。内相官邸放火についても、玄洋社の内田良平が行った(前田愛による)。背後には桂首相がいた。警官は避難していたのだろう(p.125~p.128)。
最初に述べたように、この本は視角が面白いが、実は奇をてらっているわけではなく、言っていることは至極まっとうである。但し学術研究書の文体では書いていない。読者はこれを入り口にしてさらに歴史や文学の勉強を深めていくことができる。
H22.7