薦めてみる本 

 

池田敬正『坂本龍馬』(中公新書) 1965(昭和40)年

 

 NHK大河ドラマで福山雅治主演『龍馬伝』が大人気だった。私も懸命に見た。だが、どこまでが史実でどこからが虚構(フィクション)なのだろうか? 戦後の龍馬像を決定づけたのは司馬遼太郎『竜馬がゆく』だ。だが、これについても、どこまでが史実でどこからがフィクションなのか? そう思って歴史に詳しい方にお聞きしてみると、この池田敬正『坂本龍馬』(中公新書、1965=昭和40年)を紹介して下さった。さっそく購入し、読んでみた。

 

 著者は大学の先生なのだが、この本は学術的でややこしいスタイルではなく、龍馬の伝記をわかりやすくまとめてあり、読みやすい。(反面、個々の記述について正確にどの史料・資料に基づくかがいちいち明記されていないため、どこまでが確かな史実でどこからが風説に従ったものかが読み手にはわからない、という難点がある。)

 

 大略、以下の大きな流れは、司馬遼太郎『竜馬がゆく』などで語られていることとほぼ同じであった。

 

(大きな流れ)

 土佐の郷士の家に生まれた。→土佐で河田小龍(ジョン万次郎とも出会った、土佐の先覚者)の話を聞く→武市半平太の土佐勤王党と関わる→脱藩、江戸で勝海舟の話を聞く→神戸海軍操練所で学ぶ→池田屋事件・禁門の変で急進的尊王攘夷派がつぶれ龍馬は薩摩に行く→中岡慎太郎らと薩摩・長州の同盟を推進、長崎の亀山社中が武器購入に関与→薩長軍事同盟成立→寺田屋で襲われる→幕長戦争(第二次長州征伐)で高杉晋作ら長州軍を応援→大政奉還論→土佐の後藤象二郎と長崎で会合、海援隊結成→いろは丸事件で万国公法により判定しようとする→「船中八策」を提示→土佐藩の建白により大政奉還→1867年(慶応3年)、近江屋で暗殺される。

 

 ただし、池田敬正氏の本に書いてあるのは、それだけではない。例えば、

 

*「・・動乱と変革の明治維新を、・・・成功させた最大の功績者はだれかとたずねられたら、私はためらうことなく、それは勤労民衆であると答えるであろう。」「私は、維新という大きな歴史の変革のなかで―そこではすべての勤労民衆の苦悩が表現されているが―その変革の指導者の一人であった龍馬を描きたかったのだ。・・」(「まえがき」)

 

*「中岡らの倒幕派指導者は、・・統一国家を建設していったが、その近代化は、専制と侵略の汚辱にみちていた。だが日本近代史のすべてがそうであったわけではない。すでに自由と平等と独立へのたたかいははじまっていたのである。龍馬とその海援隊が生みだしつつあった「自由」と「平等」と「独立」の芽は、むしろそのたたかいのなかにこそ、結実の可能性を見いだしていくであろう。・・」(「むすび」)

 

 これらの言葉に、池田氏の視点(まなざし)が現れている。出版された当時の歴史学会および社会の風潮の影響を見てとることもできる。

 

(補足)

1 司馬遼太郎『竜馬がゆく』(字は「龍」でなく「竜」)は1962~66(昭和37~41)年。平井加尾のかわりにお田鶴様が出てくる、江戸の千葉道場で修行し剣の達人だったことになっている、盗人の藤兵衛ら実在しない(であろう)人物が出てくる。私の印象を一言で言えば、大胆な青春小説であって面白くはあるが、どこまでが虚構でどこからが史実かは、丁寧な分析が必要だろう。

 

2 『龍馬伝』脚本は福田靖。新しい世代なので、司馬遼太郎の影響を受けていると思われる。大河ドラマでは岩崎弥太郎が大きく出てくる。これは司馬作品にはない。

 

3 最近出た本に、松浦玲『坂本龍馬』(岩波新書、2008年)がある。

 

4 平成22年10月5日の朝日新聞のオピニオン面で野田正彰氏(精神科医)が、龍馬人気は幼稚さの表れ、龍馬は自由民権運動にもつながるが、軍国主義にも利用された、などとコメントした。あなたは、どう考えるか。                              

 

(歴史関係)桜井・橋場『古代オリンピック』、小川英雄『ローマ帝国の神々』、弓削達『ローマはなぜ滅んだか』、高橋保行『ギリシア正教』、浜本隆志『バレンタインデーの秘密』、葛野浩昭『サンタクロースの大旅行』、大沢武男『ユダヤ人とドイツ』・『ヒトラーの側近たち』、小杉泰『イスラームとは何か』、桜井啓子『シーア派』、宮田律『イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか』、勝俣誠『新・現代アフリカ入門』、加地伸行『「史記」再読』、陳舜臣『儒教三千年』、島田虔次『朱子学と陽明学』、宮崎市貞『科挙』、吉田孝『日本の誕生』、菅野覚明『武士道の逆襲』、藤田達生『秀吉と戦国大名』、渡辺京二『日本近世の起源』、小池喜明『葉隠』、一坂太郎『吉田松陰』、半沢英一『雲の先の修羅』、色川大吉『近代日本の戦争』、服部龍二『広田弘毅』、共同通信社社会部『沈黙のファイル』、高橋哲哉『靖国問題』、田中彰『小国主義』、中島・西部『パール判決を問い直す』など。