James Setouchi

2024.10.1

 

 『氷川清話(ひかわせいわ)』勝海舟(かつかいしゅう)講談社文庫ほか

 

*勝海舟(1823~1899)

 幕末維新時の政治家。江戸の貧しい御家人(ごけにん)の家に生まれた。剣術と蘭学(らんがく)とを修(おさ)めた。幕松の混乱期に実力を認められ、出世。咸臨丸(かんりんまる)艦長としてアメリカにわたる。軍艦奉行並となり神戸海軍操練所を創設。維新軍が江戸に攻めてきた時は、西郷隆盛と談判し江戸無血開城を行った。明治維新後も多少の活躍がある。

 

*『氷川清話』

 幕府封建(ほうけん)体制崩壊(ほうかい)の危機の最中(さなか)、数々の難局(なんきょく)に手腕(しゅわん)を発揮(はっき)、江戸城無血開城に導(みちび)いて次代を拓(ひら)いた海舟が、晩年赤坂氷川の自邸(じてい)で歯に衣(きぬ)着せず語る痛烈な人物評論・時局(じきょく)批判の数々―その人間臭(くさ)さ・豪快(ごうかい)さ・分析(ぶんせき)の見事さは今なお興味つきない。(以下略)(本のカバーから)

 

*本文から(読みやすくするため、一部表記を改めてある。)

「おれが子供の時には、非常に貧乏で、ある年の暮(くれ)などには、どこにも松飾りの用意などして居るのに、おれの家では、餅(もち)をつく銭(ぜに)がなかった。・・」

 

「おれは、今までに天下で恐ろしいものを二人見た。それは、横井小楠(よこいしょうなん)(注:幕末の思想家。熊本出身)と西郷南洲(なんしゅう)(注:西郷隆盛のこと)とだ。・・・横井の思想を、西郷の手で行はれたら、もはやそれまでだと心配して居たに、果たして西郷は出て来たワイ。」

 

「西郷なんぞは、どの位ふとっ腹の人だったかわからないよ。手紙一本で、芝、田町の薩摩屋敷まで、のそのそ談判にやってくるとは、なかなか今の人ではできない事だ。」

 

「坂本龍馬。あれは、おれを殺しに来た奴(やつ)だが、なかなか人物さ。その時おれは笑って受けたが、おちついてな、なんとなく冒(おか)しがたい威厳(いげん)があって、よい男だったよ。」

 

「政治家の秘訣(ひけつ)は、ほかにはないのだよ。ただ正心誠意(せいしんせいい)の四字しかないよ。道に依(よ)って起(た)ち、道に依って坐す(ざ)すれば、草莽(そうもう)の野民でも、これに服従しないものはないはずだよ。」

 

「世間の人はややもすると、芳(ほう)を千載(せんざい)に遺(のこ)すとか、臭(しゅう)を万世に流すとかいって、それを出処進退(しゅっしょしんたい)の標準にするが、そんなけちな了見(りょうけん)で何ができるものか。男児(だんじ)世に処(しょ)する、ただ誠意正心をもって現在に応ずるだけの事さ。あてにもならない後世の歴史が、狂(きょう)といはうが、賊(ぞく)といはうが、そんな事は構(かま)ふものか。要するに、処世(しょせい)の秘訣は誠の一字だ。」

 

*勝海舟が明治になってからあれこれと語ったことを集めてある。生い立ち、人物批評、政治などなどについて、勝海舟が独特の江戸弁で語っている。読みやすく、おもしろい。日本の歴史を中学で勉強するので、中3生で十分読めるのではないか。幕末ものの好きな人にもぜひお薦めである。自分をよく見せるために西郷を持ち上げて見せたのでは、といううがった見方もあるが・・

 なお、勝小吉(海舟の父親)の『夢酔独言(むすいどくげん)』(平凡社ライブラリー他)も面白い。この父親は大変な傑物(けつぶつ)である。

           H22.10