James Setouchi
内村鑑三『代表的日本人』岩波文庫(鈴木範久訳)
内村鑑三が英語で書いたものを、鈴木範久が日本語に訳したもの。岩波文庫ではかつて鈴木俊郎の訳したものも出していた。ドイツ語、デンマーク語、フィンランド語など各国語に訳されて読まれた。
もともとは1894(明治27)年に“Japan and the Japanese”(『日本及び日本人』)を書いていたが、戦争反対の立場から大幅に書き改めて1908(明治41)年に“Representative Men of Japan”(『代表的日本人』)として出した。さらに1921(大正10)年に改版を出した。
内容は、内村鑑三の考える「代表的な日本人」と呼べる五人を紹介するもの。簡単にまとめて紹介すると…
引き合いに出されている人
1 西郷隆盛
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新日本の創設者。政治改革者。維新革命をした。 「敬天愛人」の理想を持ち、天を信じ道徳を根本に置いた。 |
クロムウェル |
2 上杉鷹山
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封建領主。財政改革者。江戸後半の米沢藩主。 春日明神への信仰が厚く、道徳を根本に置いた。 |
サヴォナローラ、ペン他 |
3 二宮尊徳
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農民聖者。農村改革者。江戸後半の農民で、農村復興をした。 仁愛、魂の至誠を重視。天地の理を信じ道徳を根本に置いた。 |
レセップス |
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中江藤樹
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村の先生。江戸時代前半。陽明学を取り入れた。理想的なセンセイだった。 武士を捨て近江の村で内面的に充足した静かな生活をした。徳を重視した。 |
ソクラテス |
5 日蓮上人 |
仏僧。宗教改革者。鎌倉時代。ひとり世に抗した。 法華経を信じた。晩年は山に隠退し瞑想と教育にあたった。 |
ルター |
五人の共通点は、①何らかの改革者である点、②天や神や仏を信じ、道徳を根本に置いた点、である。
内村鑑三は、これを、①西洋キリスト教諸国に対し、日本にもこれだけの信仰と道徳を重視した偉人がいた、と発信したい(日本の宣伝でもある)、②西洋文明=拝金主義を崇拝するのではなく、真に信仰と道徳を重視した生き方に立ち戻るべきだと、日本人自身に対し発信したい(日本批判でもある)、という二つの意図があって書いていると思われる。
五人の並べ順については、前の人ほど価値があるとみなしていたのではなく、後の人ほど内面的で深い、と考えている可能性もある。日蓮は旧仏教と幕府を批判し弾圧された宗教改革者であって、内村鑑三自身が親近感を持っていたであろう。
内村は「不敬事件」で失職し「非国民」「国賊」と言われたが信仰を深め弟子を育てた。弟子の一人、矢内原忠雄(愛媛県出身)も、ファシズムにより東大教授の職を逐(お)われても信仰を守り、戦後東大に復帰し新生日本の導き手となった。もし内村鑑三とその弟子たちがいなかったら、近現代日本の精神史はもっと貧困なものになっていただろう。『代表的日本人』以外にも多くの著作がある。『余は如何(いか)にして基督(キリスト)信徒となりし乎(か)』は自伝。読みやすいのは『後世への最大遺物』『デンマルク国の話』など。