James Setouchi
2024.8.29
法・政治系 テロについて 柴田哲孝『暗殺』から (2024.9.23再掲)
テロは不可、と最初にお断りしておく。せっかく民主主義というシステムがあるのだから、言論で平和裏に話し合っていくのがよい。暴力を使うと暴力の連鎖を招く。フランス革命時、幕末維新時を見よ。
幕末はテロが横行した。
1860年の桜田門外の変(井伊大老暗殺)を代表として、テロが横行した。
多すぎて書き切れないほどのテロだ。枚挙にいとまがない、とはこのことだ。
坂本龍馬もテロに倒れ、福沢諭吉も暗殺される不安を抱いていた。
明治以降もテロが結構あった。首相クラスだけでも・・・
(例)
明治初期 不平士族の反乱(佐賀の乱、神風連の乱、秋月の乱、萩の乱、西南戦争)(これをテロと呼ぶべきかはともかく)
M11(1878)大久保利通(初代内務卿、事実上の首相)が暗殺される。
M15(1882)板垣退助暗殺未遂。なお板垣はこれ以外にも何度も命を狙われている。
M22(1889)2月、森有礼文部大臣が刺殺される。10月、大隈重信が爆弾で襲撃される。
M24(1891)ロシア皇太子ニコライ・ロマノフ(のち皇帝)暗殺未遂事件。(津田巡査による)。
M28(1895)3月、李鴻章暗殺未遂事件。10月、閔妃殺害事件(京城にて、三浦梧楼らによる。)
M32(1909)伊藤博文もと首相 ハルビンで銃殺される。(安重根による。)
T10(1921)原敬首相 東京駅で刺殺される。
T12(1923)関東大震災時 大杉栄殺害事件(甘粕大尉によるテロ。)
S 3(1928)張作霖爆殺(満州某重大事件)
S 5(1930)浜口雄幸首相 東京駅で銃撃される。翌年死亡。
S 7(1932)2~3月、井上準之助前蔵相と団琢磨(三井財閥)が射殺される。(血盟団による)。
S 7(1932)五・一五事件。海軍青年将校が犬養毅首相を暗殺。
S11(1936)二・二六事件。陸軍青年将校が高橋是清蔵相(もと首相)、斎藤実内大臣(もと首相)らを殺害。
→ここから暴力による言論封殺、軍部ファシズムの時代へ、と一般的には言われるが、実は上記のごとくそれまでにテロは結構ある。
戦後はどうか。
R 4(2022)7.8(金)安倍 もと首相が奈良で銃撃され死亡。
*戦前の日本ではテロやクーデター未遂が結構あった。首相暗殺だけでも上記の通りある。戦後はテロやクーデター未遂は、皆無ではないが、戦前に比べれば、圧倒的に少ない。戦後は平和で安全な社会であったのだが…
参考(ほかにもあるが)仮に今思いつくものを挙げると・・
S35(1960)浅沼稲次郎社会党委員長が日比谷公会堂で17才の右翼少年に刺され死亡。衆人環視の中だった。沢木耕太郎『テロルの決算』参照。(結果、選挙で社会党が大勝)
S36(1961)嶋中事件(『風流無譚』事件)中央公論社長宅を右翼少年が襲う。
S45(1970)よど号ハイジャック事件、三島事件(三島由紀夫が自衛隊に乗り込む。東部方面総監を人質に取るが殺害せず、自決)
S47(1972)あさま山荘事件
H 2(1990)本島等 長崎市長が短銃で撃たれ重傷。
H 7(1995)地下鉄サリン事件、国松 警察庁長官が銃撃される(死亡せず)。
H14(2002)石井紘基 衆院議員(民主党)が刺殺される
H19(2007)伊藤一長 長崎市長が銃撃され死亡。
*自分は戦争も内乱もテロも全て嫌いだが、人類の歴史を(上記のごとく明治以降の日本の歴史でも)見たとき、戦争や内乱やテロが起きていることは事実だ。また、それらをなくしたり抑止したりしてきた人間の努力があったこともまた事実だ。(明治から昭和20年までの77年間で首相暗殺が頻発した。戦後76年間は、首相暗殺はこれまでなかった)。
では、次の課題として、なぜ起るのか?を解明し、ではどうすれば戦争や内乱やテロについて、起こらない(起こさない)ようにすることができるのか? を皆で知恵を出し合うことが必要だろう。
(参考) コトバンク ニッポニカ から「テロリズム」
テロリズムとは、ある政治的目的を達成するために、暗殺、殺害、破壊、監禁や拉致(らち)による自由束縛など過酷な手段で、敵対する当事者、さらには無関係な一般市民や建造物などを攻撃し、攻撃の物理的な成果よりもそこで生ずる心理的威圧や恐怖心を通して、譲歩や抑圧などを図るものである。政治的目的をもつという意味で単なる暴力行為と異なるが、それらの目的には、政権の奪取や政権の攪乱(かくらん)・破壊、政治的・外交的優位の確立、報復、活動資金の獲得、自己宣伝などさまざまなものがある。これらテロリズムを行う主体をテロリストといい、個人から集団、あるいは政府や国家などが含まれる。[青木一能]
→政府によるテロ、もある。もともとフランス革命時ジャコバン政府による暴力的な支配(恐怖政治)、つまり「国家からの政治的暴力」をテロリズムと呼んだ(大阪大学OUKA第6講「批判的テロリズム研究の試み」福田州平、2013.12ほか)。
すると、大日本帝国政府による自由民権運動抑圧、宗教弾圧(大本教弾圧を見よ)、左翼弾圧(小林多喜二虐殺を見よ)、反戦・平和論者弾圧、思想弾圧(三木清を獄死させるとは!)などもテロリズム、ということになる。あるいはどこかの独裁国家のやっていることも。
中国古代の韓非子系の本をめくると、民と君の愛は有害で、民が君を恐れるように厳しく統治すべきだ、という主張もある。支配者によるテロリズムを呼び込む思想の一つと言うべきかも知れない。
孔子や孟子のとる道ではない。