James Setouchi

2024.9.16

 

 『朽ちていった命 被曝治療83日間の記録』  (再掲)

         NHK「東海村臨界事故」取材班   新潮文庫2006

 

1 概要:2002年(平成14年)岩波書店から出た本を改題し2006年(平成18年)に新潮文庫から出た。東海村「臨界事故」は、1999年(平成11年)9月30日に茨城県東海村の核燃料加工施設「J・C・O東海事業所」で起きた。核燃料サイクル開発機構の高速実験炉「常陽」で使うウラン燃料の加工作業を上記加工施設で行ったとき、事故は起きた。作業をしていた人が致死量の放射線(8シーベルトで死亡率100%と言われるが、彼は20シーベルト前後浴びた。22頁)を浴び、医療スタッフの懸命の治療のかいなく、亡くなった。(WIKIによれば、死亡2、重傷1の他、被爆者667人。)付近の31万人に屋内退避勧告(202頁)。この事故は2011年の福島原発事故の予兆のような事故と言うこともできる。この本は、この事故にあった被曝者(仮にAさんとする)と医療スタッフと家族との、放射線による障害・病との格闘の記録である。同時に、医療行為とは何か? というシビアな問いが問われている。放射線事故の恐ろしさも体感される。

 

2 内容からいくつか(大変シビアな描写が出てきます。感じやすい人は読まないで下さい。

 

・Aさんは35才。妻子もあり、普通の勤め人だった。それがある日突然放射線事故により、大変な事態に陥ることになる。

・東大医学部教授・前川和彦は、Aさんの治療に当たった。空前の事態であり、前例が無かった。致死量を超えており敗北は必至と予測される中、「患者さんが気の毒じゃありませんか。うちで最高の全身管理をしてあげたい」(25頁)と東大病院に連れて帰った。周囲の医師も看護師も賢明に働いた。家族も必死だった。

・最初はAさんは元気で明るく話もできたが…(36頁)。

・実はAさんの骨髄細胞の染色体はばらばらに破壊されていた。今後新しい細胞は作られない。(57頁)そこでAさんの妹をドナーとして末梢血幹細胞移植を行うこととした。(63頁)

・Aさんはまず皮膚に症状が出た。細胞分裂ができないので、新しい皮膚が生まれない。旧い皮膚は剥がれ落ちる。(74頁)

・呼吸困難に陥った。血管の細胞がダメージを受け、血漿成分が血管の外に染み出て水がたまり肺水腫を起こしているのか。しかし、水を抜くのも危険だ。針を抜いた後穴が消えるかどうか分からないからだ。(74~75頁)

・Aさんは「もういやだ」「やめてくれよ」「帰りたい」「おふくろ」「これはモルモットじゃない」と叫んだ。(75~76頁)

・妹の造血幹細胞はAさんに根付き、最初の難関は突破した。(89頁)が、その妹の細胞も傷ついていた。放射線の結果、または中性子線に被曝した細胞が出す活性酸素のためか。(94~95頁)

・腸の内部の粘膜から栄養が吸収されない。(100頁)

・「お父さん、ロボットみたいになっちゃって」と家族。(102頁)

・ミオグロビン(筋肉ヘモグロビン)が血液中に流れ出す。(105頁)

・皮膚がほとんど無くなった。感染症を防ぐため軟膏を塗り包帯で巻いた。「もうさわれるところがありませんね」と妻。(108頁)

・体液が浸み出し、一日1リットル(110頁)、さらには10リットル(120頁)に達した。

・妹の体から皮膚を移植してみた。が、あまり効果はなかった。(117頁)

・Aの体に粘膜が再生していた!「生き返る力」に消化器内科の岡本医師は感動した。(119頁)

・だが、手詰まりとなっていった。(122頁)ある若い医師は、これが医療なのか、これが本人のためになっているのか? と自問しつつ、しかしそれは口には出せなかった。(125頁)

・心停止が起き、心肺蘇生装置や治療薬の投与で心拍再生。停止と再開を3度繰り返した。(140頁)腎機能と肝機能は不全に陥った。(144頁)

・家族は復活を信じ、医師も看護師もAさんに懸命に語りかけた。(148~153頁)

・マクロファージがAさんの赤血球や白血球を食べ始めていた!(154~155頁)自発呼吸はできない。(159頁)

・担当医の前川医師は決意を固め、家族と話した。(160~161頁)その日がやってきた。享年35。(169頁)

未体験の過酷な症例。それでもなお医療行為に挑戦し続ける医師たち。同時に、これでいいのか?という問いも拭いきれない。看護師たちも問い続けている。(182~188頁)

・Bさん(同じ事故で被曝)についても書いてある。(189~193頁)

・前川医師はこの経験をもとに、緊急被曝医療のガイドラインづくりに携わった。(197頁)

 

2024.9付記

 医工連携という言い方があるが、義手を工学的に作って医療に役立てようといった話だけではないはず。工学系の人が勝手な(といっても会社の、いや資本家の利益のためだろうが)物を作って人体を破壊しておいて、医学系の人が事後的に尻拭いする、なんてのはおかしな話ではある。そうではなく、工学系の人も医療の(ヒューマンな)勉強を多少以上やり、医療系の人も工学系の技術のどれが危険かなどについて(勉強しているとは思うが)勉強してもっと発信してもらったらいいかもしれない。

 

(医学・薬学・看護)

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広中平祐『生きること 学ぶこと』、藤原正彦『若き数学者のアメリカ』・『遥かなるケンブリッジ』、湯川秀樹『旅人』、福井謙一『学問の創造』、渡辺佑基『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』、長沼毅『生命とは何だろう?』、福岡伸一『生物と無生物のあいだ』、池田清彦『やぶにらみ科学論』『正直者ばかりバカを見る』『やがて消えゆく我が身なら』、本川達雄『ゾウの時間ネズミの時間』・『生物学的文明論』、村上和雄『生命の暗号』、桜井邦明『眠りにつく太陽 地球は寒冷化する』、村山斉『宇宙は何でできているのか』、佐藤勝彦『眠れなくなる宇宙のはなし』、今野浩『工学部ヒラノ教授』、中村修二『怒りのブレイクスルー』・『夢と壁 夢をかなえる8つの力』、植松努『NASAより宇宙に近い町工場 僕らのロケットが飛んだ』、石井幹子『光が照らす未来』、小林雅一『AIの衝撃』、益川敏英『科学者は戦争で何をしたか』、広瀬隆・明石昇二郎『原発の闇を歩く』、河野太郎『原発と日本はこうなる』、武田邦彦『原発と日本の核武装』、養老孟司他『本質を見抜く力』、梅原淳『鉄道の未来学』、近藤正高『新幹線と日本の半世紀』、中村靖彦『日本の食糧が危ない』、神門善久『日本農業への正しい絶望法』、鈴木宣弘『食の戦争』、中野剛志『TPP亡国論』、山田正彦『売り渡される食の安全』、加賀乙彦『科学と宗教と死』、近藤誠『医者の大罪』、中村祐輔『がん消滅』、帯津良一『ホリスティック医学入門』、詫摩佳代『人類と病』      R2.12