James Setouchi

2024.9.16

 

 中村祐輔『がん消滅』2019年9月講談社+α新書

                                       

1 著者:中村祐輔 1952年生まれ。東大名誉教授、シカゴ大名誉教授。大阪生まれ、阪大医学部卒。東大教授、東大ヒトゲノム解析研究所長、理化学研ゲノム医科学研究センター所長、内閣官房参与・内閣官房医療イノベーション推進室長、シカゴ大教授、癌研究会がんプレシジョン医療研究センター所長などを歴任。(新書の著者紹介から)

 

2 目次:まえがき/ネオアンチゲン療法による症例画像/プロローグー「遺伝」と「遺伝子」はどう違う?/第1章 「プレシジョン医療」時代の幕開け/第2章 ゲノム解析が進んだ恩恵/第3章 「リキッドバイオプシー」の可能性/第4章 免疫療法の新たな時代へ/第5章 私とがんとの闘い/エピローグーAI医療の可能性/

 

3 内容からいくつか

 著者は、がんに対する最先端の医療の研究医。だが、臨床医の時代もあり、がんに対して無力であることを痛感し、何とかしようと最先端の研究に取り組んだ。

 

 「第5章 私とがんとの闘い」では、中学時代に祖父と叔父ががんで死亡。阪大医学部を卒業した後小豆島や大阪市立の病院で外科医をしていたが、若い患者さんがなくなるのをどうしようもなかった。神崎五郎教授に呼ばれたのを機に外科医から「遺伝子」の基礎研究者になった。(神崎五郎教授は「がんと闘うな」とする近藤誠医師に論戦を挑んだ。)阪大医学部分子遺伝学研究施設で基礎研究をスタート、ユタ大学でも研究。両親の染色体を区別するためのDNAマーカーを見つけだす方法を見出した(147ペ)。さらに家族性大腸腺腫症の遺伝子研究に取り組み、その原因遺伝子であるAPC遺伝子を発見できた(149ペ)。APC遺伝子が壊れると大腸にポリープができ、さらにKRAS遺伝子に異常が起こるとポリープが大きくなる。さらにポリープの細胞内でp53遺伝子に異常が起こるとがんになる。正常なAPC遺伝子とp53遺伝子は、がんの増殖を抑える働きがある。ウィルスを利用してp53遺伝子をがん細胞の中で働くようにすると、がん細胞はアポトーシスを起こして自滅する(153ペ)。遺伝子解析によってがんの遺伝子を調べ、有効な治療薬を開発すると同時に、遺伝子診断によって抗がん剤がどこまで効くのか、副作用は、などもあらかじめ分かるようにしたい。それが「リキッドバイオプシー」「ネオアンチンゲン療法」だ(156ペ)。

 

 「第3章 「リキッドバイオプシー」の可能性」によれば、リキッドバイオプシーとは、血液、尿、唾液、脊髄液などの液を用いた「生検」(86ペ)。従来の、がん組織を切除して検査するのに比べると、患者の負担が際めて小さい(88ペ)。ここから遺伝子を解析して、早期にがんを発見し(90ペ)また薬剤を選ぶ目安にすることもできる(97ペ)。

 

 「第4章 免疫療法の新たな時代へ」によれば、従来は免疫療法は相手にされないことも多かった(101ペ)が、オプジーボ(本庶佑氏のノーベル賞で有名に)の登場で潮目が変わった(102ペ)。免疫療法にもいろいろあるが、著者が取り組んでいるのはネオアンチゲン療法だ(108ペ)。ネオアンチゲンとは、リンパ球という免疫細胞ががん細胞を攻撃する際の目標(標的)となるもの(109ペ)。ゲノムを解析しネオアンチゲンを標的としてオーダーメイドの樹状ワクチンを注射するだけで治療できる。但しまだいろんな制約があり、まだ保険診療になっていない(112ペ)。患者のがん組織や成分採血により樹状細胞を培養する必要がある(114ペ)。樹状細胞上でネオアンチゲンペプチドがリンパ球を活性化する抗原として提示されるので、その樹状細胞を患者のリンパ節に注射する(116ペ)。ネオアンチゲン療法は副作用がほとんどない(121ペ)。アメリカではある女性がネオアンチゲン療法で劇的に回復した(126ペ)。

 

 「第1章 「プレシジョン医療」時代の幕開け」では、アメリカを筆頭に、遺伝子の解析とプレシジョン医療(個別化医療)が急速に進歩することを述べる。

 

 「第2章 ゲノム解析が進んだ恩恵」では、遺伝子解析が進むと、「原因不明」とされた副作用も解明できる、容疑者の特定・遺体の身元特定・出生前診断などにも応用できる、エイズ治療薬開発にも役立つ、ホルモン治療薬も効かないものを飲まなくてよくなる、糖尿病予防にも使える、などなどができるようになる、と述べる。

 

 「エピローグーAI医療の可能性」では、AIが応用されるとどうなるかを述べる。音声文章化システムが実用化されればカルテを書く時間が短縮され患者に多く向き合えるようになる、インフォームドコンセントも補助できる。リキッドバイオプシーにはすでにAIを用いている。データベースを整備すれば医療情報産業も活性化する。画像診断・病理診断は速く正確になる。危険な病気の兆候のモニタリングもできる。                                                                                                         R1.12.8

 

(医学・薬学・看護)

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