James Setouchi
2024.9.16
加賀乙彦『加賀乙彦自伝』集英社2013年
1 加賀乙彦:1929年(昭和4)年東京生まれ。小説家・精神科医。代表作に『フランドルの冬』『帰らざる夏』『宣告』『湿原』『永遠の都』『雲の都』など。(本書巻末の著者紹介から)
2 『加賀乙彦自伝』:文字通り加賀乙彦の自伝。目次は次の通り。
プロローグ/第1部:二・二六事件から敗戦まで/第2部:フランス語修行と医学生生活/第3部:フランス留学/第4部:『フランドルの冬』から『宣告』へ/第5部:いかにしてキリスト教徒となりしか/エピローグ
この通り、序盤では戦時中の体験が述べられる。中盤では医学生・精神科医としての経験が述べられており、医学部を志す人にとっても参考になる。後半は作家としての歩みが述べられる。ラストではキリスト教徒になった信仰告白が述べられる。全体として、昭和史の証言にもなっている。加賀乙彦は精神医学の臨床医・研究者としてフランス留学や東京拘置所の医務部技官としての経験もある。きわめて濃密な人生を送ってきたことが分かる。少し紹介すると
(1) 東京生まれの東京育ち。幼少期からロシア文学を始め多くの文学に親しんだ。府立六中在学から陸軍幼年学校に進み、軍国主義の最前線で学んだが在学中に敗戦。ここのところは小説『帰らざる夏』に作品化した。
(2) 府立六中に戻り新宿高校に進学、自由な雰囲気の中でフランス語を大いに学んだ。アテネ・フランセにはカンドウ神父もおられた。(カンドウ神父=バスク出身。敗戦後の日本に奉仕すべき来日。)
(3) 東大医学部で解剖をし、セツルメントに関わって貧困を知った。マルクスも読んだがキリスト教の聖書も読んでいた。精神科医として東京拘置所の医務部技官として勤務した。そこで正田昭死刑囚と出会う。(正田昭=獄中でキリスト教に目覚めカンドウ神父から受洗。)犯罪学を研究課題とする。
(4) フランス政府給費学生となりパリ大学の付属病院に勤務。当時フランスのジャン・ドレー教授が、クロルプロマジンという薬を発見、統合失調症の幻覚症状をなくす作用があるということだった。(それまでは電気ショック療法などが主流だった。)加賀乙彦はドレー教授についた。ピネルの『医学・哲学的論考』(世界で最初の精神医学の本と言われる。)をはじめ精神医学関係の論文を系統的に読んだ。さらにフランス北部の県立精神病院の内勤医となる。この時の体験が『フランドルの冬』という作品になった。
(5) 帰国して土居健郎と交流。(土居健郎=『「甘え」の構造』の著者。)当時はヤスパースらの反フロイト論が主流だったが、土居健郎はアメリカに学びヤスパースを批判しフロイトを擁護した。加賀乙彦は東大付属病院精神科助手となり精神医学に関する論文を書き、府中刑務所で受刑者たちの面接を行いつつ、次第に辻邦生ら作家仲間との交流が増えてくる。(辻邦生=作家。『背教者ユリアヌス』など。)
(6) 上智大文学部に移り研究と教育を続けつつ、小説を執筆。正田昭死刑囚との交流は続いたが、正田が死刑執行となる。その後関係者との交流を通じ『宣告』という作品を執筆。
(7) 大学を辞し、専業作家となる。50才になる直前だった。上智大学の門脇神父との交流でキリスト教への理解を深め、58才のとき夫妻で受洗。代父母は遠藤周作夫妻だった。(遠藤周作=作家。『沈黙』など。)戦前・戦中・戦後の東京を描く自伝的長編『雲の都』『永遠の都』を完成。ペドロ岐部カスイについて書いて、自分の文学は完結するだろうと思う。
(医学・薬学・看護)
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