James Setouchi
2024.9.16
五神 真『大学の未来地図 「知識集約型社会」を創る』
ちくま新書 2019年2月
1 五神 真(ごのかみ・まこと)(1957~)
東大総長(当時)。専門は光量子物理学。1980年東大理学部卒。理学博士。東大院教授・研究科長・学部長などを経て、2015年から総長。各種政府系会議の議員・委員も歴任。著書『変革を駆動する大学:社会との連携から協創へ』(東大出版会)など。(新書カバーの著者紹介を参考にした。)
2 目次 はじめにー「大学の出番!」/1まずは大人が頑張ろう/2これから世界はどう変わるのか/3強力な社会インフラとしての大学/4ビジネスパートナーとしての大学/5大学は面白い!/6東大の経営改革/7研究に打ち込める大学へ/おわりに/あとがき
3 内容からいくつか
(1)経済成長モデルは終わり、産業の形は資本集約型から知識集約型に移行する(9頁)。がより多くのデータを持つ先行者にさらにデータが集まり格差が拡大し「デジタル専制主義」に陥る危険性がある(10頁)。自然に任せず、地方と都市、ハンディキャップの有無、年齢差などの格差を縮小させ、全ての人が参加できる社会(Society 5.0)(9頁)というシナリオを選び取るために、様々な人の協働を促していかねばならない。そのために産学官民で力を合わせる、大学はその中心的な役割を果たせる存在だ(11頁)。日本には学術情報ネットワーク(SINET)があり世界にも類を見ない高品質な情報インフラだ。まさに大学の出番だ(12頁)。中国の精華大学は4000億円以上、北京大学は3300億円以上の予算がある。東大は競争的資金や病院収入などを含めても2500億円だ(15頁)。今こそ大学が中心になって社会改革を駆動すべきだ(16頁)。新しいことにチャレンジする投資を大学内に呼び込むことで、新たな資金循環サイクルを動かし。社会改革を駆動できるのではないか(17~18頁)。
(2)高齢化問題がより深刻化する2025年までが勝負だ(22頁)。人口減少・労働力不足に対してAIの活用などで生産性を上げ、先進的モデルとして世界に輸出するチャンスだ(52~53頁)。
(3)理系文系がそろった国立大学が各県に一つ以上あること知識集約型社会にとって重要な社会インフラだ(63頁)。SINETは日本の強みだ(64頁)。経営者の多くは長期ビジョンに苦労している。大学はこれから先の経済や社会にとって重要な知見を提供することができる(68~69頁)。
(4)大企業が海外の大学と組んで共同研究を進める場合、10億円、20億円御資金を用意する話も聞く。が東大は、企業のトラブルの解決のための300万円以下の共同研究が多かった(85頁)。だが、今や東大は日立やNECとパートナーシップ協定を組み、「産学協創」に踏み出している(90頁)。東大関連ベンチャー企業は時価総額は1.5兆円(92頁)。ベンチャーを支援する仕組みも作った(92~95頁)。東大は2017年に指定国立大学法人となり、『地球と人類の未来社会に貢献する「知の協創の世界拠点」の形成』という構想を掲げた(102頁)。SDGsの目標と関連するものであり、行き過ぎた市場原理主義を修正するものでもある(103~104頁)。
(5)現在の大学には①基盤的財源の再構築②若手研究者の雇用③博士課程への進学の促進などの課題がある(134~138頁)。東大では予算配分を透明化し、ボトムアップでトップダウンな予算配分をするようにした(151頁以下)。
(6)大学を起点として日本を改革し、ひいては世界を変えるというビジョンに共感して下さったらこれほど嬉しいことはない(204頁)。
(7)私的コラムもいくつかあって、面白い。
3 感想
上記下線部の、現状分析は鋭いし、それを是正するために人為的努力を行う、その中心に日本の大学はなり得る、という志はさすがだ。そのための資金繰りやシステムづくりなど、物理学の純粋な研究者というよりも経営者としての苦労が多いだろうというのも想像できる。だが、総長も言う通り、知識集約型社会は必ずしも社会正義(人権尊重を含む)の実現を伴わない。前者と後者と、どちらが先になるだろうか。前者(特に大多数の欲望にけん引されたそれ)が勝って後者(例えば少数派の弱者の人権の保障)が敗北しそうだという危機感を私は持つ。皆さんはどう考えるか?
2019.3
付記 2025年までが勝負だ、と言われるが、すでに2024年になってしまった。今デジタル化・IT化を繰り返し大きな声で言っているあの政治家やあの政商が、人間として信頼できないとすれば・・・? う~ん・・ 2024.9.16
4 こんな本はいかがですか (学問、学ぶこと)
五神真『大学の未来地図』/隠岐さや香『文系と理系はなぜ分かれたのか』/本田由紀『文系大学教育は仕事の役に立つのかー職業的レリバンスの検討』/佐藤優ほか『いま大学で勉強するということー「良く生きる」ための学びとは』/宮沢正憲『東大教養学部「考える力」の教室』/施光恒『英語化は愚民化』/吉見俊哉『「文系学部廃止」の衝撃』/浅羽通明『大学で何を学ぶか』/内田樹『下流志向』/立花隆『東大生はバカになったか』『二十歳のころ』/宮田光雄『君たちと現代―生きる意味を求めて』/村上陽一郎『科学者とは何か』/福井謙一『学問の創造』/広中平祐『生きること学ぶこと』/湯川秀樹『旅人』/藤原正彦『若き数学者のアメリカ』『祖国とは国語』/加藤諦三『大学で何を学ぶか』/高史明『生きることの意味』/戦没学徒兵『きけわだつみのこえ』/河合栄治郎『学生に与う』/福沢諭吉『学問のすすめ』『福翁自伝』/佐藤一斎『言志録』/シュリーマン『古代への情熱』/ヒルティ『教養とは何か』/フランクリン『フランクリン自伝』/ショーペンハウエル『読書について』/懐奘『正法眼蔵随聞記』/孔子と弟子の言行録『論語』
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