James Setouchi
2024.9.15
更科 功『残酷な進化論 なぜ私たちは「不完全」なのか』NHK出版新書2019年
1 著者 更科 功1961年~。
東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。東京大学総合研究博物館研究事業協力者。明大・立大兼任講師。専門は分子古生物学。主なテーマは「動物の骨格の進化」。著書『化石の分子生物学』『爆発的進化論』『進化論はいかに進化したか』『絶滅の人類史』など。(新書の著者紹介ほかから)
2 内容からいくつか紹介する
序章 なぜ私たちは生きているのか:「複製する散逸構造」をここでは「生きている」と表現する。生きているために生きているのが生物だ。(20~21頁)
第1章 心臓病になるように進化した:全身に血液を届けるために高い圧力で血液を流す。他方浸透圧の関係で高い圧力で肺に血液を流すわけにはいかない。この相反する要求に応えるために私たちの心臓は4つの部屋に分かれている。心臓自体に血液を届けるために冠状動脈があるが、これは細い。運動中に心臓が酸素を受け取れず狭心症になるのはそのためだ。(32~36頁)
第2章 鳥類や恐竜の肺にはかなわない:鳥類は気嚢の収縮を使い肺には空気が一定方向に流れるようになっている。だから空気の薄いヒマラヤ山脈を越えることも出来る。哺乳類よりも優れた呼吸器と言える。(55頁)
第3章 腎臓・尿と「存在の偉大な連鎖」:硬骨魚類は窒素をアンモニアにして鰓から体外に捨てる。両生類や哺乳類は大量の水を飲み膀胱を使って尿素にして捨てる。爬虫類や鳥類は尿酸にして排出する。尿酸なら毒性にも浸透圧にも悩まなくてすむ。陸上生活に適したシステムと言える。(60~69頁)
第4章 ヒトと腸内細菌の微妙な関係:ヒトの体は40兆個の細胞があるが、腸内細菌は1000兆個とも言われる。腸内細菌の多くは私たちの役に立つが、他方栄養を腸内細菌にとられてしまってはいけないので、ヒトはデンプンやタンパク質を管腔内消化ではあえてマルトース(二糖)やオリゴペプチドまでしか分解せず、膜消化で吸収する直前にグルコース(単糖)やアミノ酸に分解・吸収する。(77~80頁)
第5章 いまも胃腸は進化している:哺乳類は大人になったらラクターゼを作らなくなる(ミルクを必要としなくなる)。大人になってもラクターゼを作り続けるラクターゼ活性持続症は言わば遺伝性疾患だが、酪農開始以降ヤギやヒツジ、ウシの乳を飲むヒトの方が生存上有利になって増えたと言える。(84~88頁)進化は意外に早く進むのだ。(96頁)
第6章 ヒトの眼はどれくらい「設計ミス」か:私たちの眼は、明暗が分かる眼→方向が分かる眼(胚状眼)→形が分かる眼(窩状眼)→レンズを持ってピントを合わせる眼(カメラ眼)と進化したと仮説を立てることができる。(102~104頁)鳥類は視細胞の密度が高い。また、神経繊維を網膜の内側に出しているので眼球の堆積が小さくなり空が飛びやすい。(113~114頁)
第7章 腰痛は人類の宿命だけれど:略
第8章 ヒトはチンパンジーより「原始的」か:プロコンスル(2000年前の類人猿。ヒトとチンパンジーの共通祖先か?)の手はヒト型。アルディピテクス・ラミダス(440万年前。初期の人類)の手は、チンパンジーの手とは構造が違う。すると、ヒトとチンパンジーの最終共通祖先の手はヒト型で、そこからチンパンジー型の手が派生したと考察することができる。(142~149頁)
第9章 自然淘汰と直立二足歩行:初期の人類アルディピテクス・ラミダスは木の上を二足歩行していた可能性が高い。直立二足歩行は草原で進化したのではなく木の上で進化した、との見方が強くなってきた。(157頁)
第10章 人類が難産になった理由とは:直立二足歩行と、胎児の頭の大きさだ。(170頁)
第11章 生存闘争か、絶滅か:略
第12章 一夫一妻制は絶対ではない:人類が他の類人猿から分かれた理由は、一夫一妻的な配偶システムになったからだ、との説がある。(187頁)
終章 なぜ私たちは死ぬのか:略
3 コメント
文章は一般向けで わかりやすい。ヒトが進化の頂点というわけではない、と複数回述べている。
カラスはヒトよりも目がいい、というのは、ゴミ捨て場所の管理をしている方なら誰でもお気づきだろう。タカやハヤブサも。人間が最高、というわけではなさそうだ。
大変面白く有益だが、全体に生物学であって人間中心の倫理学ではない。
人間は、何のために生きているのか? を否応なく考える存在だし、また例えば医療従事者は人間尊重の立場に立つべきだろう、と思いながら読んだ。皆さんはどう考えますか?
(理工系・農学系の人に)広中平祐『生きること 学ぶこと』、藤原正彦『若き数学者のアメリカ』・『遥かなるケンブリッジ』、湯川秀樹『旅人』、福井謙一『学問の創造』、渡辺佑基『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』、長沼毅『生命とは何だろう?』、福岡伸一『生物と無生物のあいだ』、池田清彦『やぶにらみ科学論』『正直者ばかりバカを見る』、本川達雄『ゾウの時間ネズミの時間』・『生物学的文明論』、更科功『絶滅の人類史』、山極寿一『スマホを捨てたい子どもたち』、立花隆『サル学の現在』、村上和雄『生命の暗号』、桜井邦明『眠りにつく太陽 地球は寒冷化する』、村山斉『宇宙は何でできているのか』、佐藤勝彦『眠れなくなる宇宙のはなし』、今野浩『工学部ヒラノ教授』、中村修二『怒りのブレイクスルー』・『夢と壁 夢をかなえる8つの力』、植松努『NASAより宇宙に近い町工場 僕らのロケットが飛んだ』、石井幹子『光が照らす未来』、大西康之『ロケット・ササキ』、小林雅一『AIの衝撃』、益川敏英『科学者は戦争で何をしたか』、広瀬隆・明石昇二郎『原発の闇を歩く』、河野太郎『原発と日本はこうなる』、武田邦彦『原発と日本の核武装』、養老孟司他『本質を見抜く力』、梅原淳『鉄道の未来学』、近藤正高『新幹線と日本の半世紀』、中村靖彦『日本の食糧が危ない』、神門善久『日本農業への正しい絶望法』、鈴木宣弘『食の戦争』、中野剛志『TPP亡国論』、加賀乙彦『科学と宗教と死』