James Setouchi

2024.9.15

 

更科 功『絶滅の人類史 なぜ「私たち」が生き延びたのか』NHK出版新書2018年

 

1 著者 更科 功1961年~。

 東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。東京大学総合研究博物館研究事業協力者。専門は分子古生物学。主なテーマは「動物の骨格の進化」。著書『化石の分子生物学』『爆発的進化論』など。(新書の著者紹介から)

 

2 内容

 ぼくら(私たち)は、日々つまらぬことで争ったり助け合ったりして暮らしているが、この本のスケールはもう少しデカい。どうしてネアンデルタール人が滅んで、私たちヒト(ホモ・サピエンス)が生き残ったのか? いやいや、他にもたくさんの人類がいたはずなのだが、みんな滅んでしまって、私たちヒトは最後にただ一種類だけ残ってしまった、最後の人類なのだ。なぜそうなったのか? 私たちはどうなってしまうのか? この問いから著者は問題を考察し本書を執筆している。そこから、私たちの日々のつまらない争い事や助け合いの意味も見えてくるかもしれない。この本は面白い。人類学やサル学への興味は、私の場合、人間はいかなる存在か? 人間はいかに生きるべきか? という倫理的な問いからで、この観点からも面白い。もちろん純粋に生物学や環境学の観点からも面白いだろう。なお、この本は平たい語り口で読みやすい。

 

 少し紹介する。

 

目次は次の通り:

 

序章 私たちは本当に特別な存在なのか/第1部 人類進化の謎に迫る(欠点だらけの進化、初期人類たちは何を語るか、人類は平和な生物、森林から追い出されてどう生き延びたか、こうして人類は誕生した)/第2部 絶滅していった人類たち(食べられても産めばいい、人類に起きた奇跡とは、ホモ属は仕方なく世界に広がった、なぜ脳は大きくなり続けたのか)/第3部 ホモ・サピエンスはどこに行くのか(ネアンデルタール人の誕生、ホモ・サピエンスの出現、認知能力に差はあったのか、ネアンデルタール人との別れ、最近まで生きていた人類、人類最後の1種)/おわりに

 

 現生の大型類人猿すべての共通祖先はおよそ1500万年前に生きていた。そこからオランウータン、ゴリラが分かれた。次に700万年前にチンパンジーとヒトが分かれた。チンパンジーの系統からは200~100万年前にボノボの系統が分かれた。今知られる最古の化石人類は700万年前のサヘラントロプス・チャデンシス。化石人類は25種類ぐらい見つかっている(18ペ)。

 

 サヘラントロプス・チャデンシスは直立二足歩行、脳は350ccでチンパンジーより小さい。疎林に住んでいたろう(38ペ)。アルディピテクス・ラミダス(440万年前)は直立二足歩行もできるし樹上生活もできる(47ペ)。初期人類は上顎の犬歯が小さく、オス同士の争いが穏やかだっただろう。アフリカにいた類人猿の中で、一夫一婦制かそれに近い社会をつくるようになった種が約700万年前に現れた。直立二足歩行で食物を運搬し分配した。発情期がなくなりオスどうしの争いが減りオスとメスの割合が1対1に近くなったのだろう。こうして人類は誕生した。人類は平和な種である。こういう仮説が成り立つ(54~59ペ)。

 

 420万年前にアウストラロピテクスが出現。脳は小さく、頭蓋骨の下側の大後頭孔がある。チンパンジーは、頭蓋骨の後側の大後頭孔があり、ここが決定的に違う(91ペ)。アウストラロピテクスは直立二足歩行をし、群れを作った、(101ペ)。アウストラロピテクスからは頑丈型猿人とホモ属が分化(108ペ)。頑丈型猿人は雑多なものを食べて生き延びた(112ペ)。アルディピテクスはなぜ絶滅したか? 分かっていないが、アウストラロピテクスの方が多産だったのかもしれない(115ペ)。

 

 ホモ属は石器を使い、脳が大きくなった。190万年前のホモ・ハビリスの脳は509cc、ホモ・ルドフェンシスは790cc、アフリカのホモ・エレクトゥスは850cc(123~124ペ)。石器を使い頻繁に肉を食べ始めたからではないか(126ペ)。ホモ・エレクトゥスは走って肉を取った。ウエストが細く、腸でなく脳にエネルギーを回せた。暇ができて知的活動を行った(135ペ)。体毛もなくなった(137ペ)。

 

 ホモ・エレクトゥスは高い移動能力と脳を持ちアフリカを出て世界に広がり、ジャワ原人北京原人(75万年前)を生んだ、と従来は言われてきたが、この仮説は修正が必要だ。出アフリカ後ドマニシ原人(180万年前)は脳が小さくなったのかもしれない。スペインのホモ・アンテセソール(78万年前)は食人を行っていた証拠があるが絶滅した(155ペ)。

 

 ホモ・エレクトゥスから分かれたホモ・ハイデルベルゲンシスの脳容量は1100~1400cc。これからネアンデルタール人とヒトが進化しただろう(160ペ)。槍を作って使用した(161ペ)。複雑な社会関係を作った(166ペ)。なお、脳が大きいのはマッコウクジラ(8kg)。脳と体重の比率が高いのはトガリネズミ(ヒトは0.02、トガリネズミは0.1)。脳化指数はイルカが2.8で、初期人類は2.1。ホモ・エレクトゥスの時イルカを追い抜いた(163ペ)。

 

 ホモ・ハイデルベルゲンシスは世界に広がったが、その中からヨーロッパでネアンデルタール人が出現(30万年前)(172ペ)。脳が大きく(1550cc)、突き槍で動物を狩った。太くて頑丈な体で、肌は白く、寒冷地帯に強かったが、毛皮で暖を取った(172~181ペ)。飢えに苦しみ食人も行うが死者の埋葬も行った(200~201ペ)。ある程度以上言葉を話せたが象徴化行動は弱かった(204ペ)。

 

 ホモ・ハイデルベルゲンシスでアフリカにとどまった者の中から、ホモ・サピエンスが出現した(30万年前)。顔が立っており、前頭葉が大きい。頤が発達。石刃や石皿や顔料など、行動のホモ・サピエンス化が形態の進化を促したとの説もある。脳は1350ccでネアンデルタール人より小さい。前頭葉が大きく、新しいタイプの脳だ。新しい石器を考え出すのはヒトの方が得意だったのか。抽象的なことを考える力(象徴化能力)を持つ。(182~199ペ)

 

 ホモ・フロレシエンスは脳が400ccで身長も110センチ。ジャワ原人の子孫で、島で暮らすうち小型化したのではないか。100万年前からフローレス島で暮らし、5万年前に絶滅した。(223~231ペ)

 

 ネアンデルタール人が滅びホモ・サピエンスが生き残ったのはなぜか? 前者を後者が殺したのか。後者が子だくさんだったのか。後者は投げやりなど高度な道具を使ったからか。高度な文化を普及させる社会的基盤が強かったのか。前者は頑丈な体でいわば燃費が悪かった。衣服を用い寒さに強く、何でも食べた(206~220ペ)。

 

 ネアンデルタール人の脳は大きかった。ホモ・サピエンスにはない能力を持っていた可能性もある(221ペ)。両者は交配していた(233ペ)。お蔭で寒さに強い遺伝子を貰えた(235ペ)。ホモ・サピエンスは様々な人類と交雑し役に立つ遺伝子を貰いその恩恵を被っているのかもしれない(236ペ)。

 

 レイモンド・ダートやコンラート・ローレンツはアウストラロピテクス・アフリカヌスの頭蓋骨から、人類の歴史を「血塗られた歴史」と考えたが、現在ではその考えは誤りとされている。農耕は1万年前に始まった。そのあと戦争が始まった(239~241ペ)。ホモ・サピエンスだけが生き残ったが、知能が優れていたからかもしれない。協力的な社会関係・高度な言語を発展させたからかもしれない。子孫を多く残せたからかもしれない。何でも食べられる、衣服などを用いてどこでも生きていける、ということも大切だ(242~243ペ)。

 

3 感想を少し

 多くの人が力を合わせられるのが人類の特徴だ、食糧を運搬するための直立二足歩行が協力関係の土台となった。脳も大きくなった。このように著者は言う(247~248ペ)。同時に、強くて大きい者が勝ち残ったわけではなく、弱い者が仕方なく森から出、また仕方なくアフリカから出て、そこから広がっていった、と著者は繰り返し指摘する。ネアンデルタール人はホモ・サピエンスより脳も大きくマッチョだった。が、そちらが滅んでホモ・サピエンスが生き残った。

 

 何が本当の協力関係だろうか。学校では運動会など、地域では祭りなどの諸行事に進んで参加できる人が偉いのだろうか。だが、スティーブ・ジョブズもビル・ゲイツもニュートンもカントもアインシュタインも見るからにマッチョではないし人づきあいも下手そうだ。だが彼らがいなければ人類の文化・文明は今日のようにはなっていないはずだ。すると、マッチョでなく人付き合いの下手な人も含めて協力し合える社会が本当に強い社会だ、ということになる。強くてマッチョな人、いわゆる人付き合いの上手な人だけだと、弱い社会になってしまうということだろう。「コミュニケーション能力」を声高に叫びたがる人の多い時代だが、気を付けた方がいいだろう。

 

 生物学の知見を人間学(倫理学)の知見にそのままスライドさせてはいけないのはもちろんだが、文明史においても周縁から新時代を作る人が出るということはいくらでもある。聖書に「家づくりたちの捨てた石が隅のかしら石となった」とある。老子に「無用の用」の言葉があるそういう知恵を組み合わせることができるのがヒトの偉大さだ、と私は言ってみたい。

                              

(理工系・農学系の人に)広中平祐『生きること 学ぶこと』、藤原正彦『若き数学者のアメリカ』・『遥かなるケンブリッジ』、湯川秀樹『旅人』、福井謙一『学問の創造』、渡辺佑基『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』、長沼毅『生命とは何だろう?』、福岡伸一『生物と無生物のあいだ』、池田清彦『やぶにらみ科学論』『正直者ばかりバカを見る』、本川達雄『ゾウの時間ネズミの時間』・『生物学的文明論』、更科功『絶滅の人類史』、山極寿一『スマホを捨てたい子どもたち』、立花隆『サル学の現在』、村上和雄『生命の暗号』、桜井邦明『眠りにつく太陽 地球は寒冷化する』、村山斉『宇宙は何でできているのか』、佐藤勝彦『眠れなくなる宇宙のはなし』、今野浩『工学部ヒラノ教授』、中村修二『怒りのブレイクスルー』・『夢と壁 夢をかなえる8つの力』、植松努『NASAより宇宙に近い町工場 僕らのロケットが飛んだ』、石井幹子『光が照らす未来』、小林雅一『AIの衝撃』、益川敏英『科学者は戦争で何をしたか』、広瀬隆・明石昇二郎『原発の闇を歩く』、河野太郎『原発と日本はこうなる』、武田邦彦『原発と日本の核武装』、養老孟司他『本質を見抜く力』、梅原淳『鉄道の未来学』、近藤正高『新幹線と日本の半世紀』、中村靖彦『日本の食糧が危ない』、神門善久『日本農業への正しい絶望法』、鈴木宣弘『食の戦争』、中野剛志『TPP亡国論』、加賀乙彦『科学と宗教と死』