James Setouchi

2024.9.15

 

大西康之『ロケット・ササキ』新潮文庫2019年4月(2016年単行本)

 

1        著者 大西康之 1965年生まれ。早大法学部出身。日経新聞を経て独立のライターに。『三洋電機 井植敏の告白』『稲盛和夫最後の戦い JAL再生にかけた経営者人生』『会社が消えた日 三洋電機10万人のそれから』など。

 

2      『ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正』

 

 シャープのトップ・エンジニアだった佐々木正(1915~2018)の評伝。佐々木は戦前の台湾で育ち、それゆえ「違うものを接げば、そこから新たな価値が生まれる」(「共創」)の信念を得た(42頁)。京都帝国大学、ドイツ留学、逓信省を経て川西製作所に勤務。戦時下ドイツでレーダー技術を学ぶ。帰国後「怪力電波」の研究。終戦後GHQの命令で渡米、真空管の研究。トランジスタを開発したバーディーン(ノーベル物理学賞)らと知り合う。帰国し神戸工業で電子レンジを開発。早川電機(のちのシャープ)に迎えられ、カシオと競争し、IC電卓発売、MOS技術導入、MOS-LSⅠ電卓開発、液晶と太陽電池を用いた超小型化と低価格化などに貢献。世界の技術者をつなぎ、スティーヴ・ジョブズや孫正義、またサムソンを助けた。いくつか気になるところを紹介する。

 

(1)戦時中軍部の命令で「怪力電波(殺人電波)」の研究(人体実験に踏み込む)に従事させられたとき、佐々木は「(やらなければやられる。これは戦争なんだ。科学者もまた、戦わねばならないのだ)佐々木は自分にそう言い聞かせながら、実験の準備を進めた。」他方「被験者の姿を見るたびに、佐々木の気持ちは揺れた。(本当にこの実験は必要なのか。彼らを殺す権利が我々にはあるのか)」「人体実験に手を染めた瞬間、『科学者としての自分』が死ぬことを佐々木は予感していた。」結果的に、人体実験をする直前に終戦となり、佐々木は人体実験をせずにすんだ。(文庫70頁)ここのところは重大な問題をはらんでいるが、本書ではあまり掘り下げてはいない。科学技術が単純に人類の進歩と幸福のためだけに使われるのか、そうではなく、戦争(殺人)のために(あるいは、だれかを踏みにじり誰かの欲望をかなえるために)使われるとしたら? 科学技術と倫理の問題は深く考えてみなければならない。

 

(2)佐々木はスティーヴ・ジョブズとも親交があった。佐々木はジョブズに心中で語りかける。「(そうなんだスティーブ。人類の進歩の前に、企業の利益など、いかほどの意味もないのだ。小さなことにこだわらず、人類の進歩に尽くすのが、我々、技術者の使命なんだ)」(文庫269頁)

 

(3)晩年の佐々木は言う。「イノベーションとは、他の会社と手を携えて新しい価値を生み出すことを言うんだよ。」「我々日本メーカーはアメリカに半導体を教わった。半導体で日本に追いつかれたアメリカはインターネットに飛び移り、グーグルが生まれた。わからなければ教えを請う。請われれば教える。人類はそうやって進歩してきたんだ。技術の独り占めは、長い目で見れば会社にとってマイナスにしかならんよ」(268~9頁)

 

(4)巻末に孫正義の讃辞がある。「自分で勝手に考えて自分で勝手に情熱を燃やす。それが結果として人類のためになる。これこそが人間の素晴らしさだと思うのです。…ドクター佐々木はサラリーマンでしたが、組織に縛られず、情熱を燃やし続けました。…最後まで探究心を失わない素晴らしい方でした。」(286~7頁)

 

3 付言:日本の企業のイノベーションの力が落ちてきたとすればそれなぜか? 本書の言うごとく技術者の意気込みの問題でもあるのかも知れないが、それ以前に、90年代以降「物言う株主」の利益を最大化するために企業の研究・開発部門の予算を削減したからだ、という指摘を聞いたことがある。あなたはどう考えるか?

 

*科学技術の第一線で働く人の雰囲気が伝わる。理工系の人ならもっとよく分かるだろう。(私は理工系の専門ではない。)       R4.4

 

(理工系・農学系の人に)広中平祐『生きること 学ぶこと』、藤原正彦『若き数学者のアメリカ』・『遥かなるケンブリッジ』、湯川秀樹『旅人』、福井謙一『学問の創造』、渡辺佑基『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』、長沼毅『生命とは何だろう?』、福岡伸一『生物と無生物のあいだ』、池田清彦『やぶにらみ科学論』『正直者ばかりバカを見る』『やがて消えゆく我が身なら』、本川達雄『ゾウの時間ネズミの時間』・『生物学的文明論』、村上和雄『生命の暗号』、桜井邦明『眠りにつく太陽 地球は寒冷化する』、村山斉『宇宙は何でできているのか』、佐藤勝彦『眠れなくなる宇宙のはなし』、今野浩『工学部ヒラノ教授』、中村修二『怒りのブレイクスルー』・『夢と壁 夢をかなえる8つの力』、植松努『NASAより宇宙に近い町工場』、石井幹子『光が照らす未来』、小林雅一『AIの衝撃』、益川敏英『科学者は戦争で何をしたか』、広瀬隆・明石昇二郎『原発の闇を歩く』、河野太郎『原発と日本はこうなる』、養老孟司他『本質を見抜く力』、中村靖彦『日本の食糧が危ない』、神門善久『日本農業への正しい絶望法』、鈴木宣弘『食の戦争』、中野剛志『TPP亡国論』、堤未果『日本が売られる』、山田正彦『売り渡される食の安全』、加賀乙彦『科学と宗教と死』などなど