James Setouchi

2024.9.15

 

  中村修二『夢と壁  夢をかなえる8つの力』OROCO PLANNING 2015年7月

 

1 中村修二 1954年愛媛県西宇和郡瀬戸町(現在の伊方町)生まれ。大洲高校、徳島大学工学部大学院を経て、徳島の阿南市の日亜化学工業に入る。1993年高輝度青色LEDの開発と実用化に世界で初めて成功。1999年からカリフォルニア大学サンタバーバラ校工学部教授。2014年ノーベル物理学賞。(本のカバーの著者紹介から)

 

2 『夢と壁』

 「講義をはじめる前に」では、「これからこの日本で生きて行かなければならない若い人たち、日本を少しでも良くしたいと考えているみなさんに私の経験を話してほしい。これまでの発想から抜け出して、新しい時代を切り開くヒントを与えてほしい」と友人に言われ、この本を書くことを決意した旨が書いてある(p.3)。「この講義で伝えたいこと」は、「夢を見つけそれを実現するために」必要な「8つの力」である(p.7)。以下に少し触れる。

 

第1講 観察力(幼少期):自分は佐田岬半島の田舎で育ち観察力が身に付いた。英才教育には問題がある。子どもの好奇心を育てるべきだ。

 

第2講 思考力(中高生時代):「考える」と「計算する」「覚える」は違う。考えるとは、現実と理論、具体と抽象、リアルとバーチャルを行き来する知的な営みである(p.81)。「考える力」を鍛えよう(p.86~)。

 

第3講 創造力(大学時代):徳島大で恩師・多田先生と出会う。先生はひたすら実験と観察をする人だった(p.97)。「創造」とは、何であるか。「創造」の前にもう一つ重要なことがある。何か。「独創性」「創造性」を鍛えるにはどうすればいいのか。(以上、考えてみてください。)(p.94~)

 

第4講 人間力(結婚・就職の頃):人間力とは何か。人を引きつけ、動かすためには、何が必要か。私は「負け続け人生」だったが、それゆえ得たものがある。人間力のある子どもを育てるには?(p.118~)

 

第5講 公憤力(入社10年目):「公憤」とは、社会にはびこる悪弊や不正に対して、個人的な恨みではなく強い正義感から覚える怒りの感情(p.146)。No!と言える人になれ(p.148~)。No!と言える人になるには?(p.161~)

 

第6講 運命力(LED開発期):あなたの人生を偶然に委ねるな。成功する確率は、自分で高められる。偶然を必然に換える「運命力」。良い出会いを求めて、ベストを尽くせ。出会った絆を強めるために。(p.184~)

 

第7講 集中力(1993年12月):高輝度青色LED誕生の瞬間、集中力とは何か、研究の最前線を追体験する(p.212~)。(ここは物理の話で、やや難しかった。)

 

第8講 使命感(渡米・訴訟・起業・受賞):「使命感」とは何か(p.240)。科学技術者の待遇改善を。ニッポンは民主主義的でない面がある。みんなで正義を勝ち取ろう。ベンチャーで省エネを世界へ。新しい時代のリーダーたれ。

 

特別講義 日本再生への提言:日本に立ちふさがる「壁」(日本人の強みと弱み、海の外に出て行こう、日本人に立ちふさがる「壁」、「壁」を突破する教育を、「壁」を壊す「力」を持とう、マスコミと学会の自己変革を/自分たちの国は自分たちの手で創ろう!) 

 

(感想)中村修二の若いころの講演は聞いた。『怒りのブレイクスルー』も読んだ。ずいぶん激しい、極端な人だなと感じた。だがだからこそ偉大な仕事ができるのかなとも感じた。この本の印象は少し違う。中村修二は丸く穏やかに語る。基本的な考え方は変化していない。しかし、若者のために、これからの日本社会のために、世界のために、自分に何ができるか、なるべく生産的に発言しておこう、という姿勢が感じられた。換言すれば若者と未来と科学・技術への愛情が感じられた。私は中村氏に尊敬の念を抱いた。また、いきなり自説を述べず、読者に考えさせる作り方になっているのも面白い。個人史は本人いわく失敗の連続で、恐らく不器用な人である点も、大いに応援したくなる。理系だけでなくどの分野の人にとっても非常に参考になる本で、購入して読み返されることをお勧めする。(但し日亜化学との訴訟については、日亜の言い分も合わせ読むべきである。)

                               

(理工系・農学系の人に)広中平祐『生きること 学ぶこと』、藤原正彦『若き数学者のアメリカ』・『遥かなるケンブリッジ』、湯川秀樹『旅人』、福井謙一『学問の創造』、長沼毅『生命とは何だろう?』、福岡伸一『生物と無生物のあいだ』、池田清彦『やぶにらみ科学論』、本川達雄『ゾウの時間ネズミの時間』・『生物学的文明論』、桜井邦明『眠りにつく太陽 地球は寒冷化する』、村山斉『宇宙は何でできているのか』、佐藤勝彦『眠れなくなる宇宙のはなし』、今野浩『工学部ヒラノ教授』、中村修二『怒りのブレイクスルー』・『夢と壁 夢をかなえる8つの力』、植松努『NASAより宇宙に近い町工場 僕らのロケットが飛んだ』、広瀬隆・明石昇二郎『原発の闇を歩く』、河野太郎『原発と日本はこうなる』、梅原淳『鉄道の未来学』、近藤正高『新幹線と日本の半世紀』、中村靖彦『日本の食糧が危ない』、神門善久『日本農業への正しい絶望法』、鈴木宣弘『食の戦争』、中野剛志『TPP亡国論』