James Setouchi

2024.9.13

国際系

 

 佐藤優・手嶋龍一『ウクライナ戦争の嘘』中公新書ラクレ2023年6月

 

*この本は2023年6月に出た本で、今までに情勢がかなりある。また私はこの問題の専門家ではない。あらかじめご了承下さい。

 

1 対談者(新書カバーの紹介などから)

佐藤優:1960年~。作家。もと外務省主任分析官。ロシア語はじめスラブ語圏に強い。著書『国家の罠』『自壊する帝国』『私のマルクス』『修羅場の極意』など。

手嶋龍一:外交ジャーナリスト、作家。もとNHKワシントン支局長。著書『ウルトラ・ダラー』『スギハラ・サバイバル』『武漢コンフィデンシャル』など。

 

2 『ウクライナ戦争の嘘』

  全体の構成:第1章 アメリカはウクライナ戦争の〝管理人〟/第2章 露西亜が侵攻に踏み切ったシンの理由/第3章 ウクライナという国 ゼレンスキーという人物/第4章 プーチン大統領はご乱心なのか/第5章 ロシアが核を使うとき/第6章 ウクライナ戦争と連動する台湾危機/第7章 戦争終結の処方箋 日本のなすべきこと

 

 対談。佐藤は外務省の極秘情報を扱うキャリアを持ち、かつロシアはじめスラブ語圏に強い。手嶋はもと報道人で、9.11テロの時NYにいたなど、最前線で報道に携わった。この二人の対談なので、よく見るマスコミ報道とは異なり、マスコミでは語られにくい詳細な情報などにも触れてある。入り口と出口だけ紹介する。

 

 まず、二人の立場を明確にする。「プーチンのウクライナ侵攻は、あらゆる国連憲章に背き、国際法規に反する、圧倒的な不正義の戦いだ」「そんなロシアの振る舞いは決して許されるものではありません」と明言する(26頁)。その上で、だからといって、その不正義を指弾するため、無制限に戦い続けてよいのか、核戦争が起こっていいのか、今こそ危険極まりない戦争を止めなければならない、とする(27頁)。この問題に関して日本のメディアは、アメリカの戦争研究所(ISW)とイギリスの国防省に全面的に依存しているが、それは良くない(43頁)。ISWはキンバリー・ケーガン一族が設立したネオコン系の研究所で、かれらの政治的立場は、戦車や兵器システムの製造に関わる資金提供の利益と一致する(43~44頁)。イギリスについては、英国防省とMI6(秘密情報部)は、最近大本営発表のようなプロパガンダをしている。世界に冠たる英国秘密情報部が、インテリジェンスとプロパガンダを混同している。高級紙ガーディアンの報道もひどくなっている。サッチャー以来の新自由主義の結果、イギリスのエリート主義が崩壊してしまっているのではないか(94~100頁)。これらの発する情報を鵜呑みにすべきではない(43頁)。こうして、二人は、プーチンの論理を内在的に理解しようとする。これはプーチンを正しいとしているのではなく、プーチンを理解して対応しようとするリアリズムによるものだ(20頁ほか)。 

 

 第7章での戦争終結への提案では、プーチンが戦術核のボタンを押さないようにする、場合によっては10年も戦争は続く、ロシアの主張する「核心的利益」を損なわないようにする、まずは「撃ち方やめ」、停戦のキーワードは「中立化」、ウクライナ東部はもともとロシア人が多い(注1)ので独立またはロシアへの併合、中部のマロロシア(首都キーウなど)は、コサックの人たちを中心として、ロシア系、ウクライナ系の両方が混在する(112頁)ので中立国として独立、南西部のガリツィア地方(リヴィウなど)は元々ポーランド領でカトリックが強い(111頁)ので西側の一員になる、という提案をする(237頁)。日本はウクライナに殺傷能力のある兵器を供与していない、ロシアと石油・天然ガスや漁業をめぐり関係を続けている(240頁)ので、日本(岸田首相)がロシアと外交ゲームをする隙間はまだある、と佐藤は言う(246頁)。

 

(JS注1:外務省によればウクライナ全体ではロシア人は17.3%(2001年国勢調査)。なお、ウィキペディアによればクリミア共和国だけで見るとロシア人が58.3%(2001年国勢調査)。東大の鶴見太郎によれば1991年の独立以来ウクライナ人としてのアイデンティティーを持つ人が増えている(2022年3月、東大150FEATURES「ロシアのウクライナ侵攻の背景を読み解く」)。)

 

3 コメント:この本について、入り口と出口だけ紹介した。詳細は各自読まれたし。台湾についても言及がある。なお、アマゾンの書評から批判的なものを少し紹介しておく。

①自慢話が多く、「ここだけの話だが」と切り出した挙げ句、「これ以上は話せない」と思わせぶりに話を打ち切る。インテリジェンス系人特有の嫌みがある。ワグネル始め非正規軍への言及がない。彼のロシア時計は20年以上までに止まっている。

②現在の状況等について現地調査をしていない。平和で気楽な立場で野球解説をしている。

③西側諸国とウクライナに辛く、ロシア寄りだ。三分割論はひどい。

例えばこのような批判があった。みなさんは、どうお考えになりますか。       

                              R5.9.19JS

 

*2024.9.13の付言

 さきに小泉悠の本を紹介したので、併せてこの本も紹介する。

 

  ロシア軍にいる兵士は、刑務所から、東アジアや中央アジアから、またキューバなどから集めてきていると言われる。ワグネルという軍事会社には武器が供給されないまま無謀な突撃を繰り返す(まるで往事の日本軍の肉弾攻撃のような)ことが要求され、ワグネルはついに反乱、リーダーのブリゴジン氏は2023年8月に死亡(暗殺されたと言われる)。ロシアは弾薬も足りず、北朝鮮から兵士と弾薬を融通して貰ったと言われる。第1次大戦の時はロシアの兵士たちが「もう戦争は嫌だ」と革命を起こした。

(帝政ツアー末期には暗殺未遂が繰り返された。アレクサンドル2世は暗殺された。ニコライ2世のときは革命。プーチンはその前に有力者を次々と粛清しているようだが、果ては有能な人材がいなくなって全体の力が弱体化するのでは? そう、江戸幕府が、要人が暗殺された挙げ句に最後は「人材」がいなくなって近藤勇などを出世させないといけなくなったのを思い出す。)

 

 当初はロシアの方が絶対に強いはずと思っていたが、思うより以上にウクライナが強かった。ロシアは兵力不足をモスクワなどの国民で補おうとしたならば、政権がゆらぐ危険性もありそうだ。ロシアは核を部分的に使おうとしたならば、NATOだって黙ってはいないだろう。恐ろしいことだ。

 

 だが、忘れてはならないことは、こうしている間にも人が沢山死んでいる、という事実だ。インフラは破壊され、食糧は不足する。・・どうやって戦争をとめるのか? いますぐやめるべきだ。戦争など止めて、穀倉地帯を本来の農地に戻し、小麦を生産すべきだ。そうすればお互いに安心して「腹一杯飯が食える」。ロシアにもキリスト教徒が多くいるはずだ。キリストは剣をさやに収めよとペテロに命じた(新約マタイ伝26章51~56)。旧約イザヤ書2章1-5にも「剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする」とある。

 

 私はラスコーリニコフの歩いたペテルブルクの町を歩いてみたいと思っていたのだが、こんな戦争をしている状態では危なくて行けない。

 

 せめて日本くらいは(東アジアくらいは)平和に行きましょうよ。

                                                                               (2024.9.13)