James Setouchi

2024.9.7

経済・社会

 

 筒井淳也『結婚と家族のこれから 共働き家族の限界』

                     光文社新書2016年(社会学)

 

1 筒井淳也:1970年生まれ。一橋大学社会学部、同大学院を経て、現在立命館大学産業社会学部教授。専門は家族社会学・計量社会学。著書『制度と再帰性の社会学』『親密性の社会学』『仕事と家族』など。アメリカ社会学会、アメリカ人口学会、日本社会学会、日本家族社会学会、数理社会学会の学会員。(本書の著者紹介ほかから)

 

2 『結婚と家族のこれから 共働き家族の限界』

 結婚と家族について、世界史的視野を含め歴史的に俯瞰し、社会学のデータを用いて現状を論じ、未来の課題を予測した本。有益なのでお薦めする。某大学の選抜入試の課題図書でもある。平たい語り口で読みやすい。視野は広く、データ(エビデンス)に基づき丁寧な議論をしている。

 

(1)目次:はじめに/第一章 家族はどこからきたか/第二章 家族はいまどこにいるか/第三章 「家事分担」はもう古い? /第四章 「男女平等家族」がもたらすもの/第五章 「家族」のみらいのかたち/あとがき

 

(2)内容からいくつか

第一章では、日本の伝統的な家族像を歴史的に俯瞰する。実は、日本の古代社会では「男女ともに財産の所有権を持」った10世紀くらいから「家父長制的な家族、父系の直系家族」が徐々に浸透した。「男性は外で働き、女性は家庭で家事や育児をする」という性別役割分業は、私たちの社会が近代化するまであまり見られなかった。「昔はお見合いがあったが今は恋愛結婚が一般的」というのも思い込みだ。(16~17頁)古代社会では生活基盤が村落共同体で、血統を守る必要もなく、個々人は数十人規模の集落の中に埋め込まれていた(21頁)。律令制が、家長が女性や子どもを管理するという思想を導入した(29頁)。家父長的な家族のあり方が典型的に見られたのは武家社会だ(31頁)。明治民法でも血統を重視し天皇を中心とした支配体制を強化しようとした(45頁)。工業化が進み個人は会社に従属し「家」から独立するようになった。家制度は根底を掘り崩されることになる(53頁)。

 

第二章:「見合い婚から恋愛婚へ」という図式は必ずしも正確ではない。社会学では「見合い婚」と言わず「アレンジ婚」と言う。1920年~70年のデータでは「伝統的」アレンジ婚が減り「近代的」恋愛婚が増えているが、「親の影響」は常に一定割合以上ある。男性優位社会では女性の幸福が結婚相手の男性にかかっているので、親が娘の結婚について干渉するのだ(79頁)。1960~70年代は「皆婚社会」で、史上特殊な社会だとも言える(87頁)。今は共働き化、シングル子育て家庭や単身者の増加がある(90頁)。経済成長が鈍化し、男性の安定した職が失われると、北欧や北米では共働きで対応しようとした。日本やドイツは女性がフルタイムで働く制度を整備してこなかったので、結婚しない・子どもがいないなど「家族からの撤退」が生じた。(92頁)。家族が崩壊したから貧困が生まれたのではなく、貧困がシングルマザーや同棲を問題化した(93頁)。

 

 第三章:共働き夫婦における家事分担が、日本では圧倒的に女性に偏っている(104頁)。母親が家事を分担しているとそれを当たり前と思いやすい(107頁)。国家(政府)は公的領域には介入するが家事分担など私的領域には介入しにくい(111頁)。母親が同居していると家事は母親に頼りがちになる(116頁)。北米では家事使用人(いわゆる「女中」や「家政婦」など)を用いるが、それは国内外の所得格差を利用している(123頁)。経済成長が進むと所得格差が縮小、家庭から非親族が消え、家事とケア労働はもっぱら妻の仕事になった。が、1980年くらいからは経済成長が止まった(133頁)。日本では夫がフルタイム、妻がパートタイムで所得を補う形が多く、妻が家事とケアを担う分業が維持された。北欧や北米ではフルタイムで夫婦二人で家計を支える共働き社会が到来(134頁)。ケアについては、北米では民間のケア・ワーカーを有償で雇う。北欧ではケア・サービスは政府が供給し、女性の有償労働。民間企業はアメリカに比べればまだ男性的な社会(135頁)。日本はどうすべきか(136頁)。

 

 第四章:欧米では女性が働きやすくなるためのサポート制度や労働規制が発達した。日本の企業ではまだまだ「実家通い前提」のところが沢山ある(140頁)。イタリアでは親元から自立する割合が低い(141頁)。北米でもミレニアム世代は親との同居を選ぶ(「ブーメラン・キッズ」と言う)。リーマン・ショック以降の経済的不調のためだ(143頁)。前近代のヨーロッパでも経済的に厳しい状況では結婚や出産を控えて親と同居することは多かった(144頁)。北欧では失業給付や職業訓練が手厚く、子は親との同居率が低い(145)。

 

 北米の共働き社会には落とし穴がある

①育児・介護などのケア労働を移民女性などに有償で担わせるのは、経済格差を前提とする(151頁)。移民女性は自分の子は祖国に置き他人に育てて貰う(154頁)。富裕国の共働き社会化が、低所得地域の親と子を引き離す(153頁)。

②家庭は憩いの場ではなく、マネジメントすべき存在となった。育児や介護など家族ケアが苦痛となり、仕事に逃避するケースもある(163頁)。

共働き社会では、高所得者は高所得者と結婚(同類婚)し、低所得者は結婚できず、所得格差を広げてしまう(171~174頁)。アメリカでは異類婚・多様性をよしとする思想のもと、この研究が進んでいる(176頁)。上位の者から順にマッチングしていくことを、「アソーサティブ・メイティング」と言う(179頁)。対策としては、アソーサティブ・メイティングしてもあまり儲からない仕組みを考える(185頁)。個人単位の所得に課税するのではなく、世帯全体に対し課税(累進課税)するのが、格差是正には有効だ、そうすれば低所得共働き世帯や一人暮らし世帯は助かる。さらには、世帯の総所得を、子どもも含めて世帯の人数で割り算して課税するやり方(分割方式)が、出生促進には、有効だ。但し高額所得者でも子どもが多いほど課税が甘くなるので分割方式は所得格差是正には甘くなる。「出生力向上」「共働き推進」「世帯格差是正」のどこに力点を置くかで、政策は変わってくる(185~191頁)。ドイツでは夫婦を単位とした分割方式、フランスでは子どもも数に入れた分割方式(194頁)。

 

 第五章:略。この章はこれから恋愛と結婚を考える若い人に参考になるかも知れない。

 

(3)コメント

 某宗教団体などが、「まずは家族の絆」「親は親らしくあれ」などと道徳的主張をするが、格差是正・貧困問題解決のためにも、女性の社会進出(男女平等)のためにも、出生率・子育てのためにも、それでは解決にならない。社会・経済的な理由で結婚できず子どもも育てられない、弱い側にしわ寄せがいく、という現実をまずは見据え、道徳的に批判する前に、有効な社会・経済的政策を打ち出していくべきだ、というのがよくわかる。また、共働きについて、高所得の人同士で「同類婚」をしがちなので、世帯間所得格差が広がるそれを是正するにはどうすればよいか、という問題意識は、非常に参考になった。アマゾンの書評では、勉強になった、とおおむね高評価だったが、「自由」「自立」「価値」「価値」「労働」といた概念の定義が甘い、という低評価もあった。私見だが、「家事」は大きく取れば地域の世話全般もあり、やるべきことは無限にある。かつては専業主婦や退職後まもない元気な高齢者がこれを担った。が、今や担い手が少なくケアしてほしい人ばかりの現実で、どうすればいのか?                           (R5.9.7)

 

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