James Setouchi

2024.9.7

[経済] 『日本人の給料』浜矩子、城繁幸、野口悠紀雄他 宝島社新書2021年11月

 

1 目次

はじめに

序章 先進国の最新「給料事情」 アメリカの平均年収は20年間で2倍に 坂田拓也(ライター)

第1章 社会保険料の増加で手取り年種は300万円台 北見昌朗(北見賃金研究所長)

第2章 給料上昇を阻む日本型雇用とオジサン世代 城繁幸(人事コンサルタント)

第3章 企業の異常な内部留保の積み増しがもたらす「誤謬」 脇田成(都立大教授)

第4章 日本人の給料が上がらない原因はデジタル化の遅れ 野口悠紀雄(一橋大名誉教授)

第5章 政治家にも経営者にも国民を豊かにするという「魂」がない 浜矩子(同志社大院教授)

第6章 雇用のセーフティーネット不在の影響が大きかった 神津里季生(連合前会長)

第7章 大企業と富裕層に有利な税制が給料格差を広げた 江田憲司(立憲民主党・衆議院議員)

 

2 内容からいくつか引きつつ感想を述べる。→のあとは私の感想。

 

[序章坂田氏の論から]アメリカのケンタッキー州の郵便物集配人の時給は2036円。日本では1000円程度。日本人の平均年収は1997年以来減少傾向。一人あたりGDPは1997年に世界4位だったが平均年収は14位だった。2020年の平均年収は22位。スウェーデン、ニュージーランド、韓国にも抜かれた。(14~17頁)アメリカの正規雇用のフルタイムワーカーの平均年収は2000年には432万円だったが2015年には786万円。NYでは年収2000万円でも「中流層」。(18~20頁)イギリスも2000年の284万6000円が2020年には475万1000円に上昇(22頁)イタリアは1997年から2020年まで平均年収が2.2%下がった数少ない国。(32頁)今日では最低賃金を引き上げていくことが、経済成長に資すると考えられるようになった。先進国は引き上げに舵を切っている。(42頁)最低賃金はNYで1650円、SFで1768円、シアトルで1836円、東京は1041円。37府県で800円台。(44~45頁)韓国は2010年に390円だったが文在寅大統領の政策で2021年に828円。韓国人の平均年収が日本を抜いた原動力はこれだとされる。(46頁)→「日本は豊か」と思っていた幻想が打ち砕かれた。給料が上がらないのは日本だけ(イタリアもだが)とは知らなかった。なぜそうなるのか!? もっとも、給料が高くても物価が高ければ暮らしにくい。また、給料を貰っていない人(失業者、学生、高齢者、引きこもりの人など)の暮らしの豊かさは給料の平均値には反映されない。(心身の不調で会社勤めが出来ず引きこもっている人も安心して暮らせる社会であるべきだ。孟子がいればそう叫ぶはずだ。)そこは勘案すべきだが、なぜ日本人の給料は上がらずむしろ下がっているのか? 株は上がり日本円は大量に流通し物価も高くしようとしているのに!? これは大問題だ。→この本を読んで考察を始めよう。経済学部に行き研究しよう。

 

[第1章北見氏の論から]安倍政権は雇用者数の増加と給料総額の上昇をもってアベノミクス成功を喧伝したが、内実を見ると様相は異なる。(48頁)1997年から2007年で年収300間年以下の人の割合は32%から39%に増えた。年収1000万円超えの人も減った。(50頁)2002年からの「いざなみ景気」の恩恵は大企業の一部の人が受けた。2008年のリーマンショックでは非正規社員は切り捨てられた。(53頁)安倍政権(第2次は2012年から)のもと、2012年から2018年までで、平均年収を見ると、大企業と中小・零細企業、東京と地方(特に四国)、男女の格差が開いた。(54~58頁)平均年収の減少は、消費増税の影響と、中国との貿易量(輸入)の増加が大きい。(65頁)社会保険料の本人負担額も上昇し、手取りベースの平均年収はアベノミクス期もほぼ一貫して低下。(67頁)→アベノミクスで景気がよくなった、と言う人がいる割合には生活は苦しくなっている実感があったが、その理由が数字で示されていた。

 

[第3章脇田氏の論から]2000年代には世界経済は伸張し、リーマンショック時にも日本経済への影響は大きくはなく、過去最高益を更新する上場企業はコロナ禍まで多くあった。が、日本人の給料は上がらなかった。日本の企業は内部留保を積み上げたのだ。(102頁)2020年度上場企業株の株主構成は外国人投資家が30%で最多。企業は株主への配当を増やしているので、その果実は外国人投資家が得ている。(114~116頁)→私は株や投資については詳しくなかった。日本人がブラックな働き方をして稼ぎ出した金を外国人投資家が持っていってしまう。これでいいのだろうか? もっとも、その外国人投資家とは、アメリカ人か、中国人か、ユーロ・マネーか、オイル・マネーか、外国人のふりをした日本人か、わからないが。

 

[第4章野口氏の論から]日本はデジタル化が遅れている。(128頁)マイナンバー制度が普及しない理由は、国民が国を信用していないからだ。デジタル化も、中央主権的システムで行うと国民監視に繋がる。分散型のブロックチェーンを利用したシステム(エストニアが採用)は参考人になる。エストニアはかつて情報流出事故が起こり、その対処のためにブロックチェーンのシステムに移行した。(147~149頁)→日本は流出事件も多いし、国民の個人データが闇マーケットでかなり売買されている(海外のマフィアから標的にされているとも)という話もある。それで何でもカード決済やマイナンバーでやることを警戒する人が多いのは当然だ。エストニアが導入したブロックチェーン方式というのが比較的安全だと言うのなら、検討してみるべきではないか。

 

[第5章浜氏の論から]日本は今や輸入大国。自国通貨の価値が上がれば(円高になれば)生活コストも生産コストも下がるはず。にもかかわらず円安政策をとったのは、時代錯誤的円安信仰のせいで、誤りだった。(166~168頁)内部留保については、経団連主導で内部留保を集めて「内部留保基金」を作り企業支援をする方法もある。(173頁)日本は債権大国で豊かな国のはずなのに、相対的貧困率は16%で6人に1人が貧困状態。これを是正することが政策のやるべきこと。(177頁)→金を必要とする国で金がないということは生活できないということだ。では、どうすればいいのか? 『こころ』のKも金がなかった。

 

[第7章江田氏の論から]アベノミクスは失敗だった。異次元の金融緩和はやりすぎ。物価変動を加味した実質賃金は下がった。これからは地域分散・分権型国家に進むべきだ。(210頁)アベノミクスの第一、日銀の大規模金融緩和では、東証一部上場企業の2割弱の400社で日銀が事実上の大株主となり官製相場が形成されている。(211頁)2012年から2019年で、ミリオネアが1万3659人から2万3550人へと1万人増えた一方で、実質賃金は5%、世帯消費は10%の下落。貯蓄ゼロ世帯も増えた。(212頁)労働者派遣法の緩和で非正規が増え(216頁)、法人税も減税(217頁)、サービス業の増加(217頁)、国際競争の影響(218頁)、労組の弱体化(217頁)などもあり、悪循環を招いている。(217頁)北欧諸国はセーフティーネットが完備されている。日本は不十分だ。(219~220頁)大学の研究費も不十分。(225頁)エネルギーの地産地消を。(227頁)大企業が法人税を一番負担していない。資本金1億円~10億円の企業は20%だが、資本金100億円超の企業は13%。減税(優遇)措置が超大企業中心に適用されるからだ。(235頁)企業規模に応じて10~40%の累進課税を導入すれば中小企業には減税となりトータルでは増収となる。(235頁)個人所得税も所得1億円なら28%だが100億円超だと19%に下がる。原因は株取引の税率の低さだ。法人税に累進課税率を導入し、高所得者に対する株式分離課税を上げ、所得税の最高税率を例えば50%にすれば、消費税を5%に減税できる。(237頁)→専門の学者と違い政治家は総合的・長期的な視野でものを見るものだと感じた。法人税や所得税についてマスコミでもっと話題にすべきだと思った。安倍氏や他の野党の人はどう言うだろうか? とも思った。なお、企業の研究部門が痩せ細ったのは、90年代以降株主が利益を持っていったからだ、との説を他のところで聞いたことがある。皆さんは、どう考えますか?

 

3 付言 

・私は経済や法律は素人だが、この本には複数の論があって勉強になった。そもそもキリストは「神と富(マンモン)とに兼ね仕えることはできない」と言い、釈尊も金儲けなど教えていないし、孔子も「不義富貴は浮雲のごとし」と言う。が、経済や法律(税制も)は確かに私たちの生活を左右する。現代日本はブラックワーク・格差貧困問題が深刻だ。経済や経営や法学部の人も、「自分が起業して儲ける」というだけでなく、皆を幸せにするという観点で学んで頂きたい。

 

・少し前に「物価を上げよう」のかけ声があった。かつて物価高に苦しんだ経験のある世代からすれば考えられないことだ。今度は「賃金を上げよう」のかけ声だ。物価と賃金が連動しているのは(しないので問題だったのだが)わかるが、高齢や病気や子だくさんで働けない人に「賃金を上げよう」の政策は響かない。全国の中小企業の良心的な社長さんもお困りではないか? (ズルをする人は別として。)それよりもモノやサービスの現物支給(教育、医療、もしかしたら食糧も住宅も?・・大地震の時は仮設住宅をつくりましたよね。あれ、正解でしょう。)の方が効果的では。日本は現物支給が弱い。イギリスをみて下さい。え? 財源はどうするかって? 世帯収入1億円以上の高額所得者から累進課税でがっつりとってはどうですか? 大きな会社も色々ため込んでいるそうですし・・(私は知りません。)そもそも70年代くらいまでは累進課税がもっときちんとしていました。80年代くらいから妙なことにしてしまったのです。この真面目で平和を愛する日本人の多くの人びとのお蔭で彼らは(「私たちは」と書きたいところですが・・)富裕層たりえているのだから、還元すればいいのでは? アメリカのバフェットさんが「私たちから税金を取って下さい」と言っておられました。日本にそういう心ある富裕層はいないのでしょうか? 

 

 

(経済・社会)芹澤健介『コンビニ外国人』、飯田泰之他『地域再生の失敗学』、藻谷・山田『観光立国の正体』、藻谷浩介他『里山資本主義』、井上恭介他『里海資本論』、増田寛也『地方消滅』、矢作弘『「都市縮小」の時代』、スィンハ『インドと日本は最強コンビ』、ムルアカ『中国が喰いモノにするアフリカを日本が救う』、池上彰『世界を動かす巨人たち<経済人編>』、榊原英資『中流崩壊』、大塚信一『宇沢弘文のメッセージ』、堤未果『政府はもう嘘をつけない』『日本が売られる』、富岡幸雄『税金を払わない巨大企業』、神野直彦『「分かち合い」の経済学』、暉峻淑子(てるおかいつこ)『豊かさの条件』、松原隆一郎『日本経済論』、和田秀樹『富裕層が日本をダメにした!』、今野晴貴『ブラック企業』、高橋俊介『ホワイト企業』、斎藤貴男『消費税のカラクリ』、志賀櫻『タックス・ヘイブン』、朝日新聞経済部『ルポ税金地獄』、森永卓郎『庶民は知らないアベノリスクの真実』、中野剛志『TPP亡国論』、小幡績『円高・デフレが日本を救う』、橋本健二『階級都市』、橘木俊詔『格差社会』、堀内都喜子『フィンランド 豊かさのメソッド』、アマルティア・セン『貧困の克服』、宇沢弘文『社会的共通資本』、見田宗介『現代社会の理論』、天野祐吉『成長から成熟へ』、斎藤幸平『人新世の資本論』、『日本人の給料』(浜他)などなど。